必要であるかと聞かれたら必要ない。しかし無くちゃだめだろ
「む、今何か轢いたかな?」
縷々は自身に何かが当たったかのような気がしたため、少しだけ速度を落とし後方を確認する。ちなみに轢いたはずの彼女は全くと言っていいほど姿勢を崩していない。彼女は現在ローラーブレードをはき、廊下を疾走している。当然、普通に立つよりも安定はし辛いはずだ。
けれど彼女はそんなことでバランスが取れなくなるようなことはない。彼女の平衡感覚は長年やっていた合気道で養われたものだ。武道で体幹が鍛えられたおかげで少しくらい何か当たったぐらいでこけるほど柔な鍛え方はしていない。
「わはは、何をよそ見しておるか!」
「油断大敵、ね」
「なッ! き、貴様ら、卑怯だぞ!」
しかしそれでも速度を落としたのは事実。ほんの少し脇見した隙を突き、嘉人と八重が彼女を抜き、前に出る。
『障害物の処理もレースの基本だぞ、ほら、急いだ急いだ』
校内にこっそりと仕掛けた監視カメラを見つつレースを観戦する敬二の声が耳に届いた。今回の彼の役所は審判兼、胴元である。彼は現在別室でこのレースの模様を中継しているのだ。
「く、なに、この僕にとってはこれくらいは丁度いいハンデだ。貴様らザクと僕を一緒にするなよ! ゆくぞマグナム!」
そういって、彼女は赤いマシンに指示を飛ばす。
「……縷々、それってどちらかと言えばソニック」
「細かいことは気にするな! それに赤いと三倍早いとグラサンかけたロリコンも言っているではないか!」
前を走る二人に特に苦でもなさそうに追いついてきた縷々。そんな彼女に対して、じと目で問いかけてくる八重にがははとガサツに笑いながら縷々は答えた。
「しかし所詮は軟弱なワンシャーシ、ワシのFMシャーシで踏み潰されたらぺしゃんこよ! 見よ原作再現! いけ、ブロッケン!」
嘉人は今が好機と言わんがばかりにマシンに指示を出す。すると、彼の声に反応するかの様に車体の前輪が浮き上がる。
「食らえ、必殺のフライング~ブロッケン~クラッシュ!」
「「飛んでないじゃん」」
「む」
要はただののしかかりである。しかしこういうときは仰々しい言い回しをするのがお約束なのである。少しくらい大げさに盛るのがいいのだ。プロレスだってただのラリアットでも、本人が必殺といえば名前もちになる。
様式美というやつだ。
「とはいえ、このままでは僕大ピンチ。しかし僕は主人公! この程度の逆境では負けないのだ!」
『誰が主人公だ、誰が』
ヘッドセットから声が聞こえた気がしたが、縷々はそれをさらっと聞き流した。