廊下で出会いがしらの恋なんてあるわけない
宝仙高校教師、真下真希、二十九歳絶賛彼氏募集中(超重要!)はまだ訪れていないつかの間の平和に、必死に調べ物をしていた。扉の外、廊下から響くうるさい生徒たちの喧騒を尻目に、デスクでパソコンと向き合い仕事をするふりをしながら、インターネットの海に潜り婚活サイトを巡回していく。女はクリスマスまで、というのはもう過去の話。最近じゃあ晩婚化が進行し、彼女の年齢でも結婚していないものは多い。しかし、だ。
(年収はこの際ある程度は妥協する。面だってイケメンなら文句はないけど、それは絶対じゃなくていいから。十人前でもいい、とりあえず性格良さ気で、それであまり神経質な性格じゃないのを……)
前提として相手がいるかどうかというのは深刻な問題だ。同じ二十八歳でもゴール目前であるか、そもそもスタート地点に立っていないかでは大きな差がある。
(恋愛は理想を、結婚は妥協の産物。高望みはだめよ、真希!)
教職なんて出会いは全くと言っていいほどない。同僚は妻子もちかオヤジしかおらず、伝手がなければ合コンの誘いもない。田舎ゆえに回りの友達は早々と社会の荒波から抜け出し、のうのうと専業主婦という安全地帯に避難している。久しぶりに会った友人の愚痴という名の惚気話に殺意を覚えた。深夜に非通知で無言電話をかけてやる。絶対にだ!
心からの誓いに胸を燃やしながら、しかし相変わらず視線は目の前の画面から動かない。その必死な様子に周りの他の教師も声をかけようとしなかった。その姿はまるで絶食状態の肉食獣を連想させた。男日照り、という意味ではある種間違ってないだろう。
ここが普通の学校なら問題なかった。素行に問題がある生徒を止めるのは体育会系の男性教師だし、華奢な女である真希が何かあったときに急いで止めに走るなんて事はない。ここが宝仙高校で、悪童、鷲塚縷々率いる悪童たちがいなければ。
突然、廊下がざわつきだす。少し疑問に思うも、画面からは目を離さない。ギュイイインと響くモーター音。それでも無視。「がはは、行くぞ諸君!」無言でノートパソコンを閉じる。傍らに置いてあるお手製仕置き武装、愛扇「雪の嬢」、またの名をハリセン、を手に取り急いで廊下に向かう。
扉に手をかけ、幾ばくもおかず彼女は
「このおバカどもッ! 今度は何をしへぶッ!」
ローラーブレードで疾走する縷々の体当たりをくらい、失神した。