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選ばれた夢  作者: はいぼーる
第一章
5/13

自分の未来を選択する時なのです②

「先程も申し上げました通り、ハルト様にはこの『事実』を変える機会が与えられているのですよ」


 リタは止まったままの世界を一人歩いていく。ありとあらゆるものが、止まっている。画像の動かないテレビや針の動かない時計、笑ったまま固まっているおばあちゃん二人、慌ただしく走ったままの看護師などがまるで彫刻品のように並んでいる。


「あまり人や物に触らないでくださいね。時間を戻した時の影響が大きいので」


 リタは動かなくなった彫像物を避けるように歩いて行った。ロビーから外に出る。タクシーに乗りかけた中年男性が中腰で止まっていた。音のない世界で、風に舞っていたはずの枯れ葉も空中に浮いている。


「お前どこへ行くんだ?」


「この先の公園です。多分、誰もいませんから」


 リタとハルトは止まった世界の中で一人歩き続けている。人や物だけでなく空気も止まっている光景に恐れを感じていたハルトであったが、リタに置いてかれまいとついていった。彼女の言う公園は病院のすぐ裏にあった。


「では、お話の続きをしましょう。ここなら時間を戻しても誰も来ないでしょう」


 そういうと、また指を鳴らした。と同時に街の喧騒が聞こえてきた。寒い北風がハルトの頬を伝う。どうやらもとに戻ったらしい。


「お前、そんなことができるのか?時間を止めるなんてことが」


「まぁ、あたしたちの世界では乙女の嗜み程度のことですが、ハルト様たちからしたら、何が何だかわからないですよね。まぁ、あたしにもそんな能力もあるんだってことを示しておきたかったこともあります。なんせ、あたしに世界を選ばせる能力がないと思われていらっしゃいましたからね」


 リタの一人称が営業用から私用に変わっていた。


「お前、なんでそんなことを知っているんだ?」


 ハルトはさっきから驚かされることばかり続いていて、頭が混乱しそうになっていた。リタに世界を選ぶ能力がないのではないかという疑問をぶつけた覚えはなかったからだ。


「そんなに驚かないでください。世界の一つも変えられるのに、どうして時間を止めたり、人の心を読んだりすることができないと思うのですか。あたしはそんなに無能に見えましたか?どっちが難しいと思っているんですか」


 ハルトには理解できない次元ではあるが、どうやら、時間を止めたり、人の心を読んだりすることは、世界を変えることよりも簡単らしい。


「まぁ、細かいことはさておいて、お仕事の話をしましょう。ハルト様、契約の期限が迫ってきました」


 リタは屋上の時のように歩きながら説明をしている。冬なのにノースリーブ、ミニスカートは寒いはずなのに、平気そうである。


「今こそ、決断の時ですよ。夏野マユ様をお救いになるには、契約なさるしかないのですよ」


「そんなこと言って、お前はオレに契約をさせたいだけだろう」


 ハルトはこんな時にも契約の話を出してくるリタに怒りを感じているが、先程の経験から迂闊に近づけなかった。


「ハルト様、まだ自分の置かれた状況が分かっていないようですね。夏野マユ様はもうまもなく亡くなるでしょう」


「お、お前。勝手なことを言うな!」


 リタは今日の夕食のメニューを答えるかのように、ハルトの癇に障ることを言った。前言撤回、ハルトは我慢し切れなくなってまた、リタに掴みかかろうとした。リタは何も言わずに、ため息まじりで指を鳴らした。音がすると、今度はハルトだけが動けなくなった。北風が枯れ葉を舞い上げる。ハルトは動けなくなっただけでなく、自分の身体が勝手に動き出したことに気づいた。リタに近づこうとする自分の意志とは異なって、ゆっくりと歩いてゆく。公園の端にあるベンチまで歩いて行き、背筋を伸ばし、両手で軽い握りこぶしを作って両膝の上に置く、理想的な着席の姿勢でベンチに座った。


「全くこんな時にまで手間をかけさせないでくださいよ」


 リタはため息に混ぜてハルトに不平を言う。


「あなたは思慮深い点が唯一の取り柄なんですから、その点を忘れないでくださいよ。もう、あたしに手を上げようなんてマネはしませんよね?」


 ・・・ふざけるな。マユが死ぬなんてことをぬかすな!


「はぁ~もぉ。いっそのこと、人生の夢の島へ送って差し上げましょうか?まぁ、親しい人が亡くなるってことにショックはあると思いますが、冷静に受け止めてください。少し落ち着くまで身体の拘束は必要ですかね」


 そういうと、リタは指を鳴らした。すると、ハルトは顔だけ動かせるようになった。


「しばらく、この状態でお話ししましょう。お互いのためです」


「ふざけるな。さっさと動けるように・・・」


「にぃちゃん、笑顔で話そうか。ス・マ・イ・ルは大事だぞぉ(はぁと)」


 リタは絶対零度の笑顔で話しながら、ハルトの口元を手でぐいっと持ち上げて笑顔を作っていた。何度も何度も頬を上げ、ハルトに反論の機会を封じた。


「とにかく、この状況を冷静に受け止めてください。あたしだって、マユさんを救いたいですよ。そのための方策を今あなたに伝えようとしているんですから」



※ ※ ※ ※ ※



「で、何なんだよ、その方策っていうのは」


 ハルトは渋々彼女の言葉に従うことにした。


「それは、あなたに与えられた世界の選択権を行使すればいいのです」


「まさか、マユの死なない世界へ行けばいい、なんて言わないよな」


「そのような選択肢もございますが、あなたには世界の選択権がありますから、どんな方法でどんな世界を選ぼうとも、あなたの自由です」


 リタは座っているハルトの前を右へ左へと歩きながら説明をつづける。


「ただ、覚えていてほしいことは、あなたの選択は一度きりであり、その瞬間に他の世界の可能性は消滅してしまうということです。あなたは『事実』を変えるために世界を変えるのです。ただし、それは他の可能性を排除するという代償をともってなされることですので、覚えておいてください」


 北風は容赦なく二人に吹き付ける。ハルトは風上にいるリタの顔をよく見たかったが、風が巻き上げる砂埃のせいで、表情を読み取ることはできない。


「いいですか、ハルト様。あなたには夏野マユさまを救えるチャンスがあるのです。これを活かさない手はないんですよ」


 まるで小さな子どもに学習するにはまだ早い知識を伝える優しい姉のように、リタはハルトに話しかけた。だが、ハルトには気がかりなことがあった。世界を変えた時、自分はどうなってしまうだろうか。そして、周りへの影響もあるらしいという昼間のリタの話が、人様に迷惑をかけない生き方しかしてこなかったハルトには重大な関心ごとであった。


「でも、周囲の人間に大きな影響が出るんだろう?もしかしたら、オレが死ぬことだってあるかもしれないし、マユが助かっても、今のような性格や関係をもっていないかもしれないんだろう?そんな多くの人に迷惑のかかること、オレがしていいのかよ」


 手が動くのなら、ハルトは頭を抱えて丸くなっていただろうが、手が動かないので頭だけ自分の動かない手を見ていた。ハルトには世界の選択は重荷でしかないように思えてきた。


「もぉ、ホントに。開いた口が塞がらないとはこのことですね・・・」


 ハルトの目線にリタの太ももが入ってきた。顔を上げるとリタはハルトの正面に立っていた。そして、リタはハルトを見下ろしながら、紅い瞳を見開いていった。


「この大馬鹿野郎!」


 ハルトの両耳の鼓膜がこの破壊的な刺激を脳に伝えると、ハルトは頭を後方に倒した。リタは、ハルトの髪をつかむと、後ろに倒れた頭を無理やりもとに位置に戻し、自分も顔を近づけた。目は大きく見開いて、眉は逆八の字型で怒りを表現しているが、瞳を潤ませ、頬を赤く染めている。


「あのですね、こんなことを言うのは運命の使者としては過干渉として不適切な発言かもしれませんが、言わせていただきます。こんな時まで赤の他人の心配をしている場合ですか?」


 リタの顔はハルトの鼻の先にまで近づいている。紅い目線はハルトをまっすぐ捉えている。


「ハルト様、あなたはどうしたいのですが?どんなことをしてでも夏野マユさんを助けたいと思っていないのですが?今のあなたには夏野マユさんを助ける方法はありません。正直言って、今のまま夢の世界へ行ったところで、夏野マユさんを救えるとは思えません」


「夢の世界を選んだら、確実にマユを救える訳ではないのかよ。話が違うじゃないか」


 確実でないことが今のハルトには余計な不安を煽る材料となっていた。


「ハルト様、私は何と言いましたか?昼間、私は『世界』は『可能性』と言い換えることができると言ったのですよ。それは要するに、私が提供できるのは、あなたにこの『世界』の『事実』を変えられるかもしれないという『可能性』だけなのです。世界を選ぶということは、どの『事実』を選択して、どの『事実』を捨てるのかということです。あなたにはそのことを提供する資料を参考に、時間をかけて考え抜いてほしいのです」


 リタはハルトの髪から手を離すとポケットからあの錆びた金の懐中時計を取り出した。状況についていけていないハルトを気にも留めず話をつづける。


「ハルト様、残念ながら契約の期限が近づいてきたようです。まもなく、夏野マユさんはお亡くなりになるでしょう。あと、五分三十二秒です」


「そんなこと、オレが信じると思うのか?」


 ハルトは信じたくなかった。と同時に、リタにそんな脅しに屈しないという姿勢を示そうと思った発言だった。だが、リタはため息交じりに続ける。


「ならば、その瞬間をお見せいたしましょう」



※ ※ ※ ※ ※




 リタは右手を前に突き出すと、指を鳴らした。音の響きと同時に、公園の中央に巨大な映像が現れた。砂利が一面に広がる公園の中央に突如として映像が浮かび上がったのである。映写機に映し出されたような映像の発信元を探ろうとハルトは周りを見渡したが、それらしきものはなかった。これもリタの能力なのだろうか。


「能力かどうか、そんなことはどうでもいいのですよ。あと四分五十、いや四十九秒。この映像を見ながらお別れしますか」


 映像には病室らしき場所が映っていた。そこには一人の少女が横たわっていた。マユだ。手術室ではなく病室のようであるから、どうやら手術は終わったらしい。ただ、太い管がマユの口に挿入されており、点滴や無数のコードが少女の体にまとわりついていた。


「おい、やめろ。やめてくれ!」


 ハルトは叫んでいた。身体が動いていたらまた、リタに殴りかかっていただろう。


「ハルト様がこの世界を選択する瞬間ですから、私はそのことを確かめる必要があります。あと、四分十六秒ですね」


 リタは懐中時計を見ながら話を進める。


「ハルト様はこの運命を変える機会があるのです。他のことを投げ出してでも手に入れたいものがないのですか?このまま何もしないことが、ハルト様にとって最良の選択であると言えるのですか?」


「お前はどうしても、オレに世界を選ばせたいのか?この『事実』を変えるチャンスを活かせといいたいのか」


 リタは何も言わない。時計の針を見ながらハルトの話を聞いている。


「オレは怖いんだよ。マユが死ぬことも世界を選ぶなんてことも。マユは救いたい。けど、世界を選ぶなんて得体の知れないこと、どうしてオレが引き受けねばならないんだよ」


「あと三分三十七秒」


「黙れ!」


 ハルトは叫んだ。しかし、リタは動じない。


「オレは普通の高校生だ。平凡な生活、単調な毎日。オレはそんな生活が好きなんだ。その生活を、そんな毎日を変えろっていうのか?お前、オレは夢の世界を選ぶだろうとか言っていたよな。夢の世界の『はると』は毎日が忙しく、期待され、それに応えるべく努力していた。そんこと、オレにできるわけがない。オレは無理なことはしない、安定したこの世界が好きなんだよ!」


 リタはハルトから顔を背けて懐中時計を見続けている。しかし、重々しく口を開いた。


「では、ハルト様は、そのためにはマユ様がお亡くなりになってもよろしいと?自らの怠惰な生活を守るために、かけがえのない人を失っても構わないと?」


「だから、選べないんだよ!マユを救うために世界を選びたい。けど、そのことで失うかもしれないことが多すぎるんだよ」


 ハルトは危惧していたのである。まだ合格点が与えられるこの世界を失ってまで選ぶ世界にまた合格点がつけられるのかということを。現状の生活を続けていけば、実力相応の大学に進学し、可もなく不可もない就職ができるのではないかと考えているこの世界が、いざ失われるとしたら怖くなったのだ。その代わりに手に入れられる世界がこの世界よりもいい世界である可能性は未知である。現状を変えたくない。でも、幼なじみを救いたい。そんな二律背反の考えがハルトの頭を支配していた。


「・・・・・・」


 リタは無言でハルトを見ている。


「なあ、お前、リタ。今だけ時間を止めてくれないか?もう少し、じっくりと考える時間を作ってくれないか?」


 ハルトは泣きそうだった。不甲斐ない自分と命が尽きようとしている幼なじみ、入れ替わることができたら。平凡な将来を持つ自分よりも将来有望なマユが死ぬのは理不尽だ。そんな考えに支配されていた。


 そんなハルトを知ってか知らずのリタは彼にゆっくりと近づき、ハルトの前で立ち止まる。表情は暗くて伺うことができなかった。



バチン!



 乾いた音が乾燥した冬の夜に響く。ハルトの顔がリタの右ビンタによって左に向いた。



バチン!



 今度は右手の甲でハルトの右頬をリタは叩いた。



バチン!



 もう一度右手の平でハルトの左頬を叩くと、リタの目から涙がこぼれた。


「なぜ、あの人はこんな人間に任せたのでしょうか?あなたのような人間に、どうしてあのような素晴らしい方が惚れこむのか、全く理解できません!」


 営業スマイルを振りまいていた時とは違い、紅い瞳にはリタの燃えるような溢れんばかりの感情がこもっていた。そして、そのまま両膝を地面につけて座り込んでしまった。


「あの方は違った。あなたを救うために自分が将来こうなることも分かっていた。けど、それでもあの方はあなたを信じて、自分が犠牲になることを恐れずに契約をなさっていました。なのに、どうして」


 リタは砂をつかむと両手で地面をたたいて悔しさを表していた。


「おい、リタ。どういうことなんだ?」


 両方の頬に痛みがあったが、そんなことよりもリタの言っていることが気になっていた。


「あの方って誰なんだ?」


 リタは方を上下に大きく動かしながら泣いていた。


「だから、誰なんだよ。そいつがオレに世界の選択を託したのか?」


 リタは下を向きながら息を整えていた。そして、落ち着いたのか、ゆっくりと立ち上がるとハルトの正面に立って言った。そして、一呼吸入れてからゆっくりと口を開いた。


「あなたに対価を払った人物は、あなたの命を救うことために契約を結んだ人物は、夏野マユ様です。今亡くなりかけている夏野マユ様なのです」



※ ※ ※ ※ ※



「契約前に契約にまつわる情報を提供することは禁止行為であり、運命の使者としては失格なのですが、言わせていただきます。今回、あなたに世界の選択権を与えた方は夏野マユ様です」


 リタは一つひとつ言葉を選びながら話している。北風がリタの蒼い髪を泳がせている。


「私は以前に夏野マユ様とお仕事をさせていただき、その際に個人的な約束をさせていただきました。今回はその約束を果たさせていただくために、あなたの前に現れたのです」


「ちょっと待て。マユは以前にお前と仕事をしたってことは、マユは世界を選択したということなのか?」


 リタが興奮してから落ち着くまでの間に、ハルトも少し冷静さを取り戻した。身体の拘束は解けていないが、頭だけを動かしながら、視線でリタを追っている。


「そのことは・・・うぅっ!」


 リタは何かを話そうとしたが、その時、両手で頭を抱えてその場にうずくまってしまった。そして、両膝も地面に着けると、とうとう、公園の砂利の上に寝転がってしまった。それでもなお、苦痛に表情を歪めながら何かを話そうとする。


「うぅ・・・・・」


「おい、どうした!」


 声にならない悲鳴を聞いたハルトはリタに近づきたかった。しかし、身体が動かないことによって、もどかしさだけが彼を焦らせた。その様子を見たリタは、右手を震わせながら伸ばすと、指を鳴らした。と、同時に、ハルトには身体の自由が戻った。


「リタ、大丈夫か!」


 ハルトはすぐにリタの両肩を抱えて起こした。


「まったく、いつ、あたしのことを名前で呼んでいいなんて言いましたか」


 リタは憎まれ口を言っているが、呼吸は荒く、左手で頭を押さえている様子からまだ苦痛に耐えていることが分かった。


「あたしは、大丈夫ですよ。ただ、運命の使者としての禁止行為をしたことが上にバレたみたいで、これ以上重大な機密が漏れないようにロックがかけられてしまったみたいですね。これは何らかの処分が下されるかもしれません」


 リタはゆっくりと右手でハルトの手を握った。寒い冬の空の下、人の手の温もりが、ハルトに直接伝わってきた。


「それより、ハルト様、ご決断してください。時間がもうありません。あと一分十秒です。これは運命の使者としてではありません。あたし個人からお願いです。あたしの友人夏野マユの願いを聞いてあげてください。そして、彼女を救ってください」


 リタは握った手に力を込めて話していた。先程までの勢いはなく、一つ一つの呼吸がもはや重労働であるようだ。


 ハルトは握られた手を握り返した。


「オレが世界を選ぶのは、マユの願いであるのだな」


「それは、うぅっ、こ、答えられません」


 リタは答えようとしたが、再び頭を抱えて苦しみ出した。必死になって痛みに耐えている。どうやら重大な機密とやらでロックがかけられた影響なのだろうと、ハルトは考えた。


「悪かったな、リタ。お前に無理な答えをさせようとして」


 ハルトはリタの身体をもう一度しっかりと支え直した。リタの額に流れる汗の粒が見え隠れする。この寒空で汗をかくのは気温のせいでないから、リタは相当苦しんでいるとハルトは気づいた。


「リタ。お前もマユを助けたい気持ちは一緒なんだな」


 リタはゆっくりと小さく首肯した。呼吸も乱れがちだが、ハルトの手を握る力はまだ残っている。


「はい。あたしもマユを助けたい。その気持ちはあなたと一緒です」


 リタの紅い視線はまっすぐハルトの瞳に届いていた。


 ・・・もう、迷わない。


 ハルトは思い切った行動ができない人間であると自覚している。それは、思慮深く慎重な行動をしていると好意的な見方もできる。しかし、今の彼にとって、その考え方は、いうなれば、今までの人生で培ってきた生き方は、捨てなければならない産物となってしまった。


 ・・・何が一番大事なのか考えろ。


 今のままなら何者にも左右されず、何の事件もない人生をこのまま歩んでいけそうな気がする。しかし、今、彼の前にはその人生を捨ててでも得たいものがある。夏野マユ。かけがえのない人の命。そして、ハルトを信じている命。それを、ハルトは是が非でも手に入れたいと思ったのだ。


「ハルト様、早くご決断を。あと二十秒!」


 リタは懐中時計に目をやりながら、訴えている。冷たい北風が彼女の髪を滑って行く。


 ・・・マユを助ける。


 それだけを考えていこうと、ハルトは心に決めた。すると、今まで心の中にはびこっていた周りの人間や自分への影響などが非常に小さなことに、ハルトは思えた。ハルトは少し軽くなった肩を上下させて深呼吸をした。


 ふと、公園の中央に映し出されたマユの姿がハルトの目の端に入ってきた。目を閉じて生死を彷徨っているマユにハルトは話しかける。


「マユ、待ってろ。今、助けてやる」


 そして、リタにこう告げた。


「リタ。オレは世界を選ぶぞ。お前と世界を選ぶ契約をしてやる」

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