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選ばれた夢  作者: はいぼーる
第一章
4/13

自分の未来を選択する時なのです①

 帰り道とは憂鬱なものである。ハルトは気落ちしながら学校から長く続く下り坂を降りていく。


 あの後、屋上で教師たちに見つかった後、ハルトは生徒指導室で生徒指導の体育教師をはじめとする教師たちから、ありがたいご高説と親身な指導を頂いた。ハルトは何度も何度も状況を説明しようとしたが、教師たちにはその理不尽さは届かなかった。


「いいか、浦上。お前はあそこに一人でいたんだぞ。女子生徒と一緒に話し合いをしていたなんて訳のわからない言い訳はやめて、素直にサボリだったと認めろ」


 初めのうちはハルトも己の身にふりかかった不幸を説明しようと試みた。しかし、青い髪の美少女と話し合いをしていたなどと供述すれば、生徒指導室でなく、保健室に連れて行かれかねないと考えたので、ハルトは困った。リタを何と言えばいいのだろう。そもそもリタはここの生徒ではない、いや、人間でもないとハルトは考え始めている。


「いや、ホントに女の子と話をしていて、時間を忘れてしまっただけで、サボるつもりはなかったんですよ」


「じゃあ、その女子生徒の名前を言ってみろ」


 言えるわけがない。ハルトはリタのことを教師たちに説明する言葉を持っていなかったので、途中からは諦めて教師に言われるがまま、己の罪として認めていった。冤罪事件はこんな風にして作られるのかもしれないと後にハルトは回想している。


 幸いにも、日ごろ問題を起こすような生徒ではなかった点と、サボリの初犯という点が考慮され、厳重注意と反省文の提出の判決が下った。放課後に原稿用紙三枚に渡る形式だけの反省文を書きあげて提出した頃には、寒空の夕暮れとなっていた。


 ハルトは部活帰りの生徒たちの波に交じりながら、一人帰路についていた。長い坂道を下った先には駅があり、大半の生徒はその駅から自宅の最寄り駅まで帰るので、通学や帰宅の時間帯には同じ学校の制服を着た人間たちが同じ方向を歩いている。


 中学以来帰宅部のハルトは一人坂を下りながら、昼休みのことを考えていた。


 リタは男子トイレでハルトを待ち伏せしていた。そして、男子トイレで危機を脱した後、屋上で昨日の補足説明を随分と落ち着いた様子で話をしていた。契約の期限についての落ち度があったからというが、トイレでの悪ふざけが過ぎる様子とは明らかに違っていた。そんなリタ自身の様子も気になるが、リタとの会話の内容の方がハルトは気になった。ハルトはひとつ一つ吟味していくことにした。


 『上の者に確認をとりましたところ、あなたは本日中に仮契約を結ぶ『運命』になっていたそうだったのです』


 まず、ハルトが気になったのは、契約のことである。どうやら、今日中にハルトは仮契約を結ぶ『運命』にあるらしい。それは別れ際の『本日中にもう一度お会いするとは思いますが、いったんお別れです』というリタの言葉からも考えられることであった。他にもリタは契約には条件があって契約できる機会は人生で一度きりと言っていた。また、対価も必要だそうだが、今回はハルト以外の人物がその対価を支払ったそうだ。世界を選択する権利とかいう大層な権利の対価を。


 ・・・世界を選ぶ権利をオレにくれるやつってどんな人間だよ。


 そもそも、世界を選ぶ権利なんて大層なものが実在するのかどうかが怪しい。また世界を変える具体的な方法をしらない。自分より年が幼く見える女にそんなことができるとは思えない。


 しかし、彼はそのことを夢物語として切り捨てることができなかった。いくら人を疑えないハルトとはいえ、リタのことを完全に信じている訳ではない。しかし、リタの行動には不自然な点も多々あるため、リタの言葉を嘘だとは思えなかった。


 例えば、彼女がどのようにハルトの前に現れて、どのように退場していくのか、ハルトには想像がつかなかった。これまで二回とも何の前触れもなく現れて、何の痕跡も残さずに去っていく。今日にいたっては、屋上から突如として消えた。四階建ての建物の屋上だから、ビルの五階に相当する部分から飛び降りたら、千数百人がいる学校で誰か一人は気づくだろう。しかし、誰も気づかなかった。


 だから、ハルトはリタの言うことを嘘だと思えなくなっていた。リタの言う世界の選択というものが実際にあるのかもしれない。そんな風に思いはじめていた。


 ・・・でも、あったらオレはどうするんだ?選ぶのか、世界を。


人を疑えないハルトは自分の行動に関しては全く信用していない。人に頼りすぎる性格はいつからだろうと考えているが、あんまり、考えないようにした。


 学校から最も近いコンビニの前に差し掛かった。コンビニの前で話をしている同じ制服の生徒たちの横を通り過ぎる。このコンビニは坂の中腹にあって学校の御用達の店となっている。まだ駅までは遠い。ハルトは次のことを考えることにした。世界を選択した時の影響についてである。


 世界の選択をした時、周りの人間には程度の大きさが色々あるにせよ、影響があることとリタは言っていた。記憶の書き換えから生死まで、幅の広い影響があるようである。


 ・・・オレは、一人の人間の生死を左右するほどの決定をするのか?


 考えたくない、とハルトは今までの考察を放棄しようとしたが、自分を信用しない代わりに、一つのことを考え続けるのが好きな彼の性分がそれをさせなかった。


 そもそも、世界の選択とはえらく形式化された制度になっているらしい。世界を選ぶ『契約』には仮契約と本契約の二段階になっており、仮契約の後に本契約するのかどうか考えるための資料が提供されるとリタは説明していた。もっとも、リタは『「世界」という言い方は『可能性』とでも言い換えが可能』、『未来を自分で決定していただくというのが今回の契約の趣旨』と言っていた。また、ハルトは『夢の世界』へと行くだろうとリタは説明していた。それは『私の運命の使者としての経験』からあくまでも私見ということだが、今日中に契約する『運命』だ、などと言っている彼女であるから、そんなことは分かっているのだろう。


 ハルトは腑に落ちないことがあることに気づいた。『運命』とか『事実』という言葉をリタはよく使っているが、彼女の用法とハルトたちとの用法では若干齟齬があるように思えたのだ。ハルトは持っているスマートフォンを取り出すとまず『運命』を検索した。辞書がヒットしてそこにはこう書かれていた。



うんーめい【運命】(※1)

①人間の意志を超越して人に幸、不幸を与える力。また、その力によってめぐってくる幸、不幸のめぐりあわせ。運。「―のなせる業」「―をたどる」

②将来の成り行き。今後どのようになるかということ。「国家の―」


 

 次に『事実』を同じように検索した。



じーじつ【事実】(※2)

①実際に起こった事柄。現実に存在する事柄。「意外な―が判明する」「供述を―に照らす」「―に反する」「―を曲げて話す」「歴史的―」

②哲学で、ある時、ある所に経験的所与として見いだされる存在または出来事。論理的必然性をもたず、他のあり方にもなりうるものとして規定される。



 この検索結果をみてハルトは自分が感じていいた違和感の正体が分かった。リタは『運命』という言葉を『変えられないもの』として使っていたが、それは正しい。確かに、『運命』とは人の意志ではどうしようもできないものである。しかし、それ以上に『事実』を『変えられるもの』なんてことはありえない。起こったことが『事実』である以上、それを変えることは過去を変えてしまうことである。歴史を都合よく変えられる術をハルトは知らなかった。


 そんな当たり前のことも、容姿と胸のアンバランスな少女の語り口と雰囲気にのまれてしまって、気づかなかった。ハルトは、自分がリタにかなり影響を受け始めていることに気づいてきた。


 ・・・やっぱり、リタは関わらない方がいい人間なのか?


 ハルトがそんな風に思い直していると、前方が騒がしいことに気づいた。何やら人だかりが出来ている。そこは朝、二度も信号待ちをした横断歩道であった。



※ ※ ※ ※ ※



 ハルトがさらに近づくと、そこに救急車とトラックが止まっているのが見えた。


 ・・・なんだ、事故か?


 トラックが横断歩道の上に止まっていた。帰路を急ぐハルトは人混みを避けるため回り道をしようとした。別の横断歩道まで歩こうと方向転換をした時、視界の端に映ってしまったのだ。


 オレンジ色の自転車と緑色のリボン。


 ハルトは信じたくなかった。そして、ハルトは立ち止まって車道に投げ出された自転車とその上にあるリボンをもう一度、確認した。少し距離がある上に、夕日に照らされているので、確かめづらいが、ハルトが良く見慣れたもののようだった。ハルトはもっと近くで誤りであることを確かめたかった。その持ち主が別人であることを確かめたかったのだ。


 ハルトは避けようと思っていた人垣に分け入った。赤いサイレンが回るもとの方へ。蒼ざめるよりも確かめることが先だった。部活帰りの生徒、帰宅中のサラリーマン、買い物帰りの主婦、彼らは今、ハルトの障壁でしかなかった。


「どいてくれ、頼む、どいてくれ」


 人を押しのけるようなことはハルトにとって初めてかもしれない。一人の肩を掴んで払いのけ、新たに出てくる肩をまた払いのける作業は、わずか数秒のことであるのに、ハルトにとっては、ただただ長い苦役のように思えた。


 人垣の先には、救急車に担ぎ込まれる一人のけが人がいた。


「マユ!」


 頭を固定され、担架に乗せられた夏野マユはなんの反応もしない。留めるリボンを失った髪が彼女の肩までかかっている。いつものように、やたら大きな声で話しかけることもなかった。運動神経抜群の彼女がまた、こんなことにあうなんてことはハルトには信じられないことだった。


「マユ、大丈夫か!おい、マユ。」


 ハルトは人垣から出て、マユに近づこうとした。だが、現場で野次馬の誘導をしていた警察官に止められた。ハルトが叫ぶ声もむなし響く中でマユは救急車に乗せられた。すぐに救急車は走り去っていった。


「君、彼女の知り合いかい?彼女は今、市立病院に搬送されたからそこに向かうといい」


 警察官は暴れるハルトを制止させながらこんなことを言った。


「マユは、夏野マユに何があったんですか」


 ハルトは今にも泣きそうになるのをこらえて、警察官に尋ねた。


「彼女は自転車でこの横断歩道を渡ろうとした時に信号無視のトラックにはねられたそうだ。詳しくは調べてみないと何とも言えないけど・・・」


 ハルトはその先の言葉を理解することができなかった。何やら説明しているようだが、彼の感覚では時間がゆっくりと進んでおり、唇だけ動かす警察官が何を言っているのか、分からなかった。


 やがて、警察官はハルトを規制線の外へ連れていくと、野次馬の誘導に戻っていった。ハルトは茫然とその場に立ちすくんでいた。車道に置かれたままの自転車とリボンをじっと見つめながら。


 ハルトにできることは事実を整理することしかなかった。目の前にあるオレンジの自転車はマユが高校に進学するときに二駅を自転車で登校するといって買ってもらったことをハルトは一年生の春の間ずっと聞かされたことを覚えている。緑色のリボンに至っては、ハルトが小学生の時からマユのトレードマークみたいなもので、いつも髪を結うとつけていることをハルトは覚えている。そういった過去の記憶をひとつ一つ照合し、間違えがないかを確認する作業は、ハルトの得意とする分野であるが、この時ほど自分を信じられないかったことはなかった。


 ・・・あれは、夏野マユ、オレの幼なじみのもので間違いないのか?


 たしかに、オレンジ色の自転車はこの世に何百万台も存在するだろうし、緑色のリボンも数えきれないくらい存在するだろう。しかし、それらが一人の持ち主であり、この近くに住んでいる可能性は?これでもまだ、多くの人間が該当するだろうが、たった今救急車で運ばれた人間は夏野マユであった。少なくとも、小学生の時以来十年近い付き合いをしている幼なじみの顔を彼は間違えないだろう。


 ・・・オレンジ色の自転車、緑色のリボン、そしてあの見知った顔を持つ人間が、夏野マユでない確率はいくつだろうか?


 ゼロ。自ら答えの分かっている問題を解く時ほど、自らに対して不信感を抱いてしまう。


・・・あいつはマユだったのか。マユに間違いないのか。


 自分を信じきれないハルトの周りでより信じたくないことが次から次へとハルトを襲う。


「俺、見ちゃってさ、マジですごかったわ」


「あの女の子大丈夫かね、倒れている間はピクリとも動かなかったけど」


「トラックが悪いんだけど、あの子は助かるかな?」


 あちらこちらで、他人事の会話がなされている。彼らには関係のない人物の事故であるから誰にも気を使わない、鋭い言葉が使われている。それは、ハルトの胸に刺さってきた。


 ハルトは走りだした。その場に留まっていても何もできない自分には、我慢することもできなかった。とにかく、病院へ。ハルトは駅へと走り、電車に飛び乗った。



※ ※ ※ ※ ※



 ハルトが病院に着いた頃には日が完全に落ちてしまっていた。病院の受付で尋ねると彼女は一階奥の手術室でまだ手術中とのことだった。ハルトは手術室に向かうとそこにはマユの両親が寄り添って座っていた。切れかけて点滅を繰り返す電灯の下で小さくなっている。


「ハルトくん?どうしてここへ?」


 マユの母親が驚いた表情で問いかけた。ハルトも幼いころはよくマユの家に行き、マユの母親にも世話になった。ここ数年はそんなこともなかったので、会うのは久しぶりだった。


「おばさん、マユは?オレ、学校の帰りにマユが運ばれるところを見て、それで、とにかく行かなくっちゃって思って」


 息を切らせながらハルトはマユの母親に答えた。マユの父親に抱えられながら、ハルトの方を見ている。


「そうなの、ありがとう。マユは今、手術中で、難しい手術になるって。まだ時間がかかるそうよ」


 おばさんは、こんな時でもハルトのことを気遣ってくれている。親子そろって自分よりも人のことを第一に考える性格は、変わっていない。


「夏野マユさんのご家族の方はいらっしゃいますか?」


 手術室から慌てた様子で看護師がでてくる。マユの父親が答えると、すぐに手術室に来るようにという医者の話を伝えた。


「ハルトくん、悪いが私たちは呼ばれたので行かなくてはならない。君が来てくれたことにはすごくうれしいが、こんな状況だ。いつまでかかるか分からないし、君のご両親も心配なさるだろうから、先に帰りなさい」


 ハルトはずっとマユのことを待っていたかった。しかし、人に抱えられる様にして椅子から立ち上がるマユの母親と彼女を抱えながら、感情を押し殺して一家の主としての体裁を保っているマユの父親を見ていると、ハルトは素直に言葉に従うしかなかった。


「君が来てくれたことはマユにも必ず伝えるから。本当にありがとう」


 ハルトが頷くと、マユの両親は手術室に消えていった。蛍光灯が青白く照らす病院の廊下にはハルト一人だけが残された。点滅を繰り返す電灯はハルトを照らす。


 ・・・結局、オレは何もできないのか。


「いいえ、あなたには『事実』を変える機会があります」


 青白い光の中、青い髪と自ら光輝く紅い瞳の少女がハルトの前に立っていた。


「ハルト様にはこの『事実』を変える機会が与えられているのです」


 ゆっくりと近づくヒールの足音は廊下によく響いた。


「リタ、今はお前のそんな話を聞いている場合じゃあない」


 ハルトに今、リタの相手をする余裕はなかった。


「私は運命の使者としてハルト様に申し上げます。いまこそ仮契約を結ぶ時です。自分の未来を選択する時なのです」


「リタ、頼む、やめてくれ。お前のおふざけに付き合っている余裕はないんだ」


「では、今のハルト様に夏野マユさんをお救いになる力があると?」


「なっ、お前、いいかげんにしろ!」


 ハルトはリタに近づいて胸倉をつかもうとした。が、できなかった。それは日ごろ、ハルトがケンカをしないからではない。身体が動かないのだ。


「女の子に手を上げる殿方は関心致しません。よく話を聞いてください」


 リタは腕を組みながら微笑みを浮かべながら動かないハルトを眺めている。ハルトは視線の先にある切れかけの電灯が点灯したまま点滅をしていないことに気づいた。注意して見るとリタ以外の様子がおかしい。自分の身体もそうだが、時計の針も動いていない。また、先程まで聞こえていたロビーのテレビの音もしない。


 ・・・お前、何をした?


「えっ、『お前、何をした?』ですって。少し、時間の進行を止めただけですよ。ハルト様が少々取り乱されておりましたので。もう暴れたりしないですか?」


 口も動かないハルトが思ったことをすんなりと言い当てたリタはハルトに問いかけた。もちろん、動かないハルトは心の中で言うしかなかった。


 ・・・わかった、もう暴れたりはしない。


「分かりました。その言葉を信じますよ」


 そう言うとリタは指を鳴らした。パチンっという大きな音が響いた。するとハルトは動けるようになった。急に動けるようになったせいで一瞬、バランスを崩した。


「面倒ですので、ハルト様だけ動けるようにしておきました。場所を変えてお話を続けませんか?」


 ハルトは従うしかなかった。リタは笑みを浮かべて提案に同意してくれたことを感謝した。

※1goo辞書、『うんめい【運命】』より

URL(http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/21685/m0u/%E9%81%8B%E5%91%BD/)

※2goo辞書、『じじつ【事実】』より

URL(http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/96192/m0u/%E4%BA%8B%E5%AE%9F/)

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