プロローグ
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「ずっと好きでした。付き合ってください!」
・・・なんというラブコメ展開だろうか。そして、はじめからこんな展開があっていいのだろうか。
桃のように頬を染めた少女が『はると』の目の前に立っている。視線をそらし、うつむき加減で恥じらいを隠そうとする仕草が彼女をより一層ひきたてる。
「先輩の彼女ではなく、いきなりお嫁さんにしてください!」
・・・なんと大胆な。
と、『ハルト』が思うのも束の間、彼女は『はると』の胸に飛び込んできた。小柄な彼女は『はると』腕の中に収まってしまった。『はると』は優しく彼女の頭を撫でた。彼女の早い息づかいは、『はると』に撫でられるたびに落ち着いていく。と、同時に彼女は『はると』にさらに体を押しつけた。
「先輩、わたし・・・」
今にも泣きそうな彼女が顔をあげると、そこには『はると』の顔があった。お互いの息が感じあえる距離であった。彼女が浮かべた笑みに『はると』も笑みで答えたのだろう。
「先輩、優しくお願いします・・・」
そう言うと彼女は目を閉じた。彼女の合図に答えるべく、『はると』は彼女の唇へと近づき、まもなく、二人の距離はゼロへと達した・・・。
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・・・いや、いくらなんでも夢だからってこんな展開はヒドイだろう!
やはり、目覚めはよろしくない。真っ暗な部屋の中で『ハルト』は目覚めた。近くに置いてあるケイタイで時刻を確認すると午前二時を回っていた。
寝返りをうちながら、彼は今回の『悪夢』について考えた。相手の女の子は知らない子(そもそもあまり顔が見えなかった)だし、自分の容姿、普段の行動などを鑑みても今回のことが正夢となる確率が限りなくゼロに収束していることは明らかだ。
・・・そもそも、夢というのは、たまにいい夢をみるからいいのであって、現実離れした夢を、いや、現実では無縁の夢をそうそう何度も見せられていい思いはしない。これこそ『悪夢』というべきではないか。
このような不満を持つ少年がこの物語の主人公である。主人公、浦上ハルトはごく平凡な高校二年生だ。いや、今の時代ならば平凡であることが非凡なのかもしれないが、彼の身体的な特徴は全国の高校生の平均身長、平均体重、平均座高であり、容姿、成績共に中の中。金持ちでもなく、貧乏でもなく、友達が少ない訳でもなく、むしろ友人と呼べる人物がいる時点で恵まれていると言った方がいいだろう。
しかし、彼が唯一平凡でないとするならば、それは『運』がないことであった。それは毎日通学時に必ず信号に引っ掛かり、踏切に引っ掛かり、電車のドアが目の前でしまったりするなどの些細なことから、親しい人間と同じクラスになれず、テストの前の日には風邪を引き、さらにはヤマをはずしたりするなどまだ許せるもの、はたまた、こんな現実とは無縁の『悪夢』を長年見続けなければならない不可解なものまで様々だ。
とくに、この『悪夢』はハルトをずっと悩ませている。リアリティのある場面ではあるのだが、そこに登場する『はると(彼は夢の中の自分をこう呼んでいる)』は自分とは似ても似つかない能力と『運』の持ち主であった。ある時は、体育祭でクラスを優勝に導く活躍をし、またある時は、勉強でクラスメートから頼られていて、そのまたある時は、今回のような異性からの愛の告白を受けていた。
はじめのうちは『ラッキーな』夢であったが、次第に彼にとって悩みの種へとなっていった。体育祭ではクラスの旗振り係であり、クラス平均点をとる彼は『平均点の予想屋』であり、そして、異性からは嫌われていない分マシという現実の彼が、『夢のスーパー超人はると』を妬ましく思うのに時間は掛からなかった。
小学生のうちは『嫌だなぁ』と漠然と思うだけだったが、中学生になると彼の人並みの嫉妬心がそのことを明確にし、高校生になるとそれは彼が背負うべき重荷となった。
ハルトはベットから身を起こした。一度起きてしまうとなかなか寝付けない彼は、トイレに行くことした。まだ寒い季節なのでベットから出ると冷気が彼を襲う。椅子にかけていた上着を着て廊下へ出て、用を足しに行く。二階の廊下は真っ暗でひんやりとしている。ハルトは頭の中をからっぽにすることを心がけた。これは彼が編み出した『悪夢撃退法』であり、しばらく何も考えずにいることで、何もなかったことにする方法である。今回のようにあまりに非現実的な、マンガの世界の出来事はこうしているのが一番であることを経験則から知っているのだ。
・・・はぁ、あまりにあり得ないとかふつうの夢じゃないか。こんなんで悩むなんて愚かしい。
用を足し、部屋に戻る途中、ハルトはこんなことを考えていた。取るに足らない夢なのだ、そんなことよりも早く寝て明日の一限目の体育に備えなければ、と。少なくともドアを開けるまでは。
そして、ドアを開けることでこの物語は始まるのである。
夢以上にお決まりの展開で。