続・異世界でお菓子を作ってみる
始めに、以前「異世界でお菓子を作ってみる」というエッセイを書いたけれど、あらためてみると色々書き足りておらず不完全さが感じられてしまい続編ということで補完することにしました。
今回は、前作の補足とパン作りについて色々考察してみます。
まずは材料から小麦粉について、前回では中世ヨーロッパの小麦粉は小麦を単挽きした中力粉と結論付けた。水車などで挽いた小麦粉を目の細かいふるいでふるって白くしたものを貴族が食べ、庶民はふすま入りそのままを食べていた。
でも、そもそも中世ヨーロッパではあまり小麦は採れなかったから小麦粉自体が高級品なんだよね。卵や砂糖ほどではないけれど。だから庶民は普段、ライ麦とか大麦とか燕麦のパンや粥なんかを食べていた。小麦が貴重品なのはヨーロッパでは降水量が少なかったから連作が難しかったというのと、品種改良が進んでなくて一粒蒔いて取れるのがやっと三粒とかで生産性がものすごく低かったから。
その気候のことだが、異世界だったら別にそこまでヨーロッパの西岸海洋性気候とか地中海性気候にこだわらなくてもよいと思う。実際ヴェネツィアあたりは温暖湿潤気候なのでその辺をイメージしたっていいと思うのだ。
次にバターについて、前回では牛乳にこだわらなくてよいことや作り方などについて書いた。それでもって冷蔵庫が無いからバターは塩入りだと書いた。その前回、有塩バターについて結構色々書き忘れていたのでここに書くことにする。
現代でお菓子作りに使うバターは基本的に食塩不使用のバターだ。どのお菓子作りの本にも大抵そう書いてある。中世ヨーロッパでは自前でバターを作っていない限り食塩不使用のバターの入手は難しいと思われる。ただし、日本で販売されているレベルの塩分濃度の有塩バターであればお菓子を作っても普通においしく食べられます。ちょっと塩気を感じるくらいです。ガレットというクッキー風のお菓子なんかはむしろ有塩バターのほうがいいくらいだったりするし。
問題は中世のころのバターの塩分濃度なのだが……。5パーセントから10パーセントくらいだったらしい。ちなみにうちの冷蔵庫に入ってたバターの塩分は1.4パーセントだった。中世のバターはかなりしょっぱい。それでしょっぱいバターの塩分対策なのだが、溶かして上澄みを使えば少しはましになると思う。正直、トリップ主人公なんかが異世界でお菓子を作ったらなぜかしょっぱくて失敗するとかあってもいいと思うんだ。
話は変わってバター作りの際、牛乳などの乳を放置しておけばクリームが分離してくるのでそのクリームをすくってバターを作ると書いた。クリームが分離するまで結構時間がかかるので冷蔵庫が無い環境下でやったらクリームが醗酵する。もしかしなくても中世のバターは醗酵バターだということにあとから気がついた。(おそらく、クリームを取り除いた残りの部分はヨーグルトだね)なんとも奥が深い。
それから、卵と砂糖は前回のこと以外であまり書くことが無いので割愛する。しいて書くとすれば鶏とかを放し飼いするのは結構な広さが必要だってことくらいかな。鶏10羽で10アールくらい広さが必要だ。1アールは100平方メートル。10アールだと坪にして約300坪。広さで飼える羽数が結構制限されるね。材料については以上です。
それでもって今回はパン作りについて述べたい。中世の庶民はパンを数日分まとめ焼きしていた。なんでまとめ焼きしていたか、それが結構問題である。
中世の庶民の家にはオーブンがなかった。だからご領主様のところや修道院、パン屋などにオーブンを借りにいった。もちろん使用料を取られた。卵とかバターとかお土産に持っていってオーブンを借りたらしい。いちいちそんなものをとられるんじゃまとめ焼きになるのも仕方ない気がする。
それなら自分の家にオーブン作れる金銭的余裕がある人はオーブン作ればよかったのにと思うだろう。私もそう思う。これって実はオーブンを家に作る許可がもらえないとオーブンを作れなかったからなのだ。アホみたいな話だ。封建社会ってこれだからねぇ。
それともうひとつ、中世のパンは天然酵母パンであり作るのに時間がかかった。まず、酵母のことだがイーストが発明されたのは第一次世界大戦頃のドイツで思いっきり近代の話になる。それ以前はみんな天然酵母。
パン作りに使う天然酵母の作り方は結構簡単である。小麦粉などの粉に水を加えて混ぜて放置して、一日経ったらまた少し小麦粉を加えて放置して醗酵臭が立つまで繰り返し、醗酵が進んできたら一日一回小麦粉と水を1対1であわせたものを加えて混ぜること3~4日くらいすると天然酵母の生種のできあがり。ただし作り方は簡単だけどこのように時間がかかる。もっと早く作りたい場合には一番最初に粉や水と一緒にりんごやにんじんなどの摩り下ろしなんかを加えると醗酵を補助してくれる。また、小麦粉にワインやビールを加えて同じようにしても作れるし、他にも調べれば作り方がでてくるが、まずは酵母を作るだけで時間がかかることを念頭に入れておいてほしい。
実際のパン作りなのだがこれもまた時間がかかる。天然酵母はイーストと違って醗酵力が強くない。イーストだったら一次醗酵が40分~50分、二次醗酵が30分ぐらいとかで済むところが、天然酵母の場合は一次醗酵だけで5時間~10時間くらいかかるし二次醗酵だって2時間とかざらでかかるのだ。現代のオーブンみたいに醗酵モードがあって冬場の寒い時期も醗酵が楽々なんてこともないのである。冬場に精一杯暖かい所において自然醗酵、考えただけで時間がかかりそうだ。捏ねるのだってパンニーダーなんかの機械がないから手作業だしどう考えても一日仕事である。ただ醗酵時間の合間には他のことが出来るだろうけどさ。
このパン窯の問題とパン作りにかかる時間から庶民はパンをまとめ焼きしていたと思われる。まとめ焼きのため日にちが経って硬くなっちゃったパンをちぎってスープに浸して食べていたとか悲しい話だ。
中世ヨーロッパ風異世界では別にオーブンについて本当の中世ヨーロッパと同じにする必要はないので庶民の家にオーブンがあってもいいと思う。おいしそうな食事のシーンは読んでいて楽しい。
それから、前回書いたが、中世では卵やバターが入ったパンは贅沢品でお菓子の扱いだった。パンは小麦粉などの粉と塩、水で作るものでその辺は社会的なレベルから中世ヨーロッパ風異世界でもあまり変わらないほうが自然だと思う。
以上で今回の考察はお仕舞いです。
前回、「異世界でお菓子を作ってみる」で分からないといっていたスープやソースを何で漉してたのかが分かりました。モスリン使って漉してたとは……盲点だった。(モスリンは綿などを平織りにした布です。要は布巾で漉してたってことですね)漉しにくそうです。
また、小麦粉についてですが、イギリス、フランスなどのヨーロッパの国ではご家庭用の小麦粉って基本1種類しか無いようです。薄力粉とか強力粉とかが家庭用で売ってるのって日本と韓国くらいらしいのです。
しかもイギリスなどで売られている小麦粉って準強力粉よりやや少ないグルテン含有量のものでどうもいまだに(いまでも?)単挽きの小麦粉みたいです。昔から食べなれてるものがいいってことなんでしょうかね。もちろん家庭用じゃなくて業務用ならヨーロッパもちゃんとパン用や製菓用などの種類があります。
※3/11に続編書きました。