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永遠のエレメント ~the eternal knight~  作者: wlmtnk
第一章 ~始まる、運命~
6/11

異世界





考えてはなかった。

否、何も考える事は出来なかった。



ただただ無心のまま駆け抜ける。



見覚えのない草原。

見覚えのない集落。

見覚えのない森林。

見覚えのない山影。



見覚えのない世界。



考えたくなかった。

考えると、真っ黒な感情が湧きあがる。



それが怖くて、怖くて、堪らなくて、薫はただ駆け抜ける。

見覚えのない草原を、集落を、森林を。



それらから目を逸らそうと、必死に。



息が切れる。激しい動悸を感じる。

それでも、立ち止りたくはなかった。

全てを否定するという方法でしか、薫は自己を保てなかった。



辺りは、森林。

鬱蒼とした野草が絨毯の如く生え、背の短い木々と高い木々がお互いに日光を求めているかのように折り重なり、昼間なのにも関わらず、不気味な薄暗さを作り出してしまっている。



足が野草に取られる。蔦が絡みつく。

瞬間、バランスを大きく崩す感覚に襲われる。



「うっ……ぐ……」



バランスを崩した身体は地面へと投げ出され、受け身を取る余裕もなく、ただ無防備に叩きつけられる。



痛い、という感情が芽生え、よろよろとどうにか全身に力を込め立ち上がる。



――――瞬間、響き渡る背の高い野草を揺らす音。そこから出てきた存在は、見覚えのない未知の存在。



「う、な、なんだよ、こいつ……」



そいつは、見た目と大きさは狼のようだった。

だが、それは未知の存在。そいつの体毛は鮮血の如く真っ赤に染められており、口元からは真っ赤な液体が気味悪く零れ落ち、そこから覗く鋭い牙も真っ赤に染まり、腐乱臭のような悪臭さえする。



何よりも薫の知る狼と違った点は、目が三つある事。

通常の目が二つと、額に一つ。その瞳は真っ赤に充血しているかのようで、そこからも真っ赤な液体が零れ落ちている。



気味が悪い。

”魔物”、そう形容する言葉だけが薫の脳内に浮かび、やがて尋常でない恐怖に支配される。



「う、や、やめろ……」



”魔物”がにじり寄る。獰猛な唸り声、腐乱臭を伴う吐息をばら撒きながら。

恐怖を薫に植え付けながら。



「う、うわああああああああっ!」



薫は咄嗟に足元に落ちていた木の枝を拾い上げ、”魔物”に投げつける。

消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ。ただそう念じつつけながら。



それでも、決して消えてはくれない。

”魔物”は投げつけた木の枝をいとも容易く噛み砕き、不気味な雄叫びを上げ、尋常ではない速さで突進してくる。



もう声を出す余裕もなかった。

腐乱臭が、獰猛な唸り声が、鋭い牙が、未知への恐怖が瞬間的に襲いかかる。



もう終りなのだと。

そう心が悟り、もうこれ以上現実を見続ける事にどうしようもない程、嫌気がさして。瞳を閉じた。























「そこのバカ、伏せなさい!」



澄み切った声が響き渡った。

その言葉は微かに心にまで響き渡り、反射的に頭を抱え、地面に伏せていた。



瞬間、不気味な程に甲高い、断末魔の声の如き”魔物”の鳴き声が響き渡った。

どうにか確認しようと顔を上げると、そこには異常なほどに赤黒い血のとうな液体を吹き出しながら、苦しみもがいているように見える”魔物”の姿があった。

そのもとを辿ると、そこは”魔物”の腹部。そこには綺麗な水のような、澄み切った青色の矢が突き刺さっていた。



矢は背後から飛んできたようだ。

それを確認すべく、咄嗟に背後を振り返ると、そこには先程まで一緒にいた、イセカイのヒト、レフィアがいた。



微かな日の光を受け煌めく銀の長髪を靡かせ、その瞳は澄み渡る蒼。その意志のこもった瞳はいまだに”魔物”を見据えているようだ。

そして、その小柄な身体、その手に握られているのは、矢と同じ澄み切った青色の弓。



レフィアは再びどこからともなく矢を取り出すと、慣れた動きで弓にかけ、射出する。

速い。その動きは極めて俊敏で、放たれた矢は即座に、再びの甲高い鳴き声を生み出していた。



それでも、レフィアから目を逸らす事が出来ない。それ程にその動きは美しく、洗練されていた。

そう、それは心の中に生まれ、膨張していた絶望をかき消してしまう程に。



「…あ、ありが、とう」



あまりの出来事に絶句していた中、発する事の出来た唯一の言葉。それは確かに自己の言葉であった。



それがレフィアに聞こえたかはわからない。

ただ、彼女は歩み寄ってきた。意志のこもった瞳をそのままに。



「……さがってなさい。そいつはまだ生きてる」



レフィアは端的に、無表情にそれだけ告げると、薫に背を向け、魔物と対峙する。



そこで確認した魔物の姿は、先程よりも遥かに弱り切っているが、確かに息はあった。よろよろと身体を引きずりながらも、いまだに鋭い牙を剥き出しにし、襲いかかる機会を窺っているように見える。



ただ、レフィアに対して警戒しているのだろう。先程のように突進はしてこない。

当のレフィアは特に怯える事も、震える事もなく、凛とした姿だけをそのままに、魔物と対峙している。



瞬間、魔物が動いた。先手を取ろうとしたのか、場に満ちた緊迫感に耐えられなくなったのか、赤黒い血をばら撒きながら、レフィアに飛びかかる。



「……チェイン、モデル”sword”」



レフィアが避ける事もなく、短く言葉を零した刹那、一瞬の青の光が辺りに満ちる。



まさに、一瞬の出来事だった。

魔物の身体から大量の赤黒い血が吹き出し、地面に崩れ落ちる。一目で致命傷だとわかる程の血。加えて、異常な程に甲高い断末魔の叫び声。

腹部を切り裂かれたらしい。そこから止め処なく流れる赤黒い血が、その魔物の確かな絶命を物語っている。



そこで、ようやくレフィアに目を向ける余裕が出来た。

その表情は先程までと変わらず、凛々しいまま。ただ、その手には先程の弓とは異なり、弓と同色の、澄み切った青色の剣を握りしめている。



そのレフィアの小柄な身体にあった小さめの剣から零れ落ちる魔物の鮮血が、今現在起こった出来事の一部始終を露わにしている。



薫はただ目の前の状況を認識は出来ていても、上手く理解することは出来ず、発する言葉も見つからず、情けない沈黙を貫く事しか出来ない。



その眼前にいる、異世界に生きている少女、レフィアはまたも不可思議な力で握りしめていた剣を一瞬で微かな光とともに消滅させると、腰が抜け、立つこともままならない薫に歩み寄ってきた。



直後ーー



ピシィ……





響き渡る乾ききった音。

頬に感じる確かな痛み。

振われたレフィアの掌。



それが、叩かれた音、痛みだと気づく前に、レフィアの般若の如き形相が目の前に現れ、絶句する以外に出来る事が考え付かない状況に陥る。



「ーーバカじゃないのっ! 武器も使えない一般人がこんなとこ入り込んだら普通死ぬわよ!」



響き渡る怒声。本来の可愛らしい容姿を思わせない程の形相。

それらが全て怒りの感情を基にして放たれている事は明らかだった。



そしてなにより、薫という少年に対して向けられている事は。



「…………仕方ないだろ。……何も、何もわからないんだよっ! 何なんだよ、一体何なんだよっ、これっ!」



「……まったく、仕方ないじゃないわよ。今はとにかく私に付いてきなさい。ここは危ないわ」



少し和らいだ表情を浮かべて話しかけてくるレフィア。



命の危機をも経験している今、彼女に従う以外道はないように薫にとっては思える。

だからこそ薫は揺れる気持ちを無理やり押さえつけて、ふらふらと立ち上がり、レフィアに導かれるままに走り抜けてきた道を戻り始めた。




















ーーーーーー



先導するレフィアにどうにか付いていき、ようやく家まで戻ってくる事が出来た。



薫は帰り着くなり、ふらふらと木製の質素な椅子に座り込むと、ただぼんやりと思考を働かせる。



(……わからない、何も,何もっ……)



薫は乱れる気持ちをどうにかしようと、レフィアの用意してくれた紅茶のような飲み物を飲み干すと、

呼吸の乱れを静めようと努める。



「……少しは落ち着いた?」



「……一応、なんとか」



「そう、ならいいけど」



薫はようやく気持ちの落ち着きを感じる事が出来た。



未知のものが満ちた、命の危険さえあるこんな謎の世界であっても、助けてくれる人はいる。決して孤独ではない。



薫はそう何度も何度も心に言い聞かせた。



「まったく、あんたのせいでまた余計な魔力使っちゃったわよ」



薫の正面に座り込み、明らかに不機嫌な表情を浮かべているレフィアの言葉には一々トゲがある。



それでも、長い銀髪と人形のような可愛らしい容姿がそれをどこか気品あるものに変えているような感じもする。



「……ごめん。それに、助けてくれてありがとうな」



それでも、助けられた事は確か。

いくらこのレフィアという少女が小生意気だとしても、助けられた事は感謝しなくてはならない。



「……困った人を放っておいたらダメだって言われてるから仕方なく助けてあげてるだけよ」



レフィアは少し顔を逸らして言う。



(本当に、生意気なやつだな……)



ああ言えばこう言う。

天邪鬼のようなその言動にはなかなかついていけない。



「それで、あんたはこの世界の事、知りたいの?」



「……うん、頼む。教えてくれ」



薫はようやく落ち着いてくれた思考で精一杯考える。



未知の、何もわからない世界では不安を感じる一方だ。

それならば、少しでも知って、この世界に僅かでも適応して、家に帰る方法を模索する。これ以上気持ちを暴走させない為にも、この方法が最も良いだろう。



「なら、特別に教えてあげる。この世界は”シギラス”っていうところは言ってたっけ?」



「ああ、それは聞いたよ。ここは、……俺のいた世界とは違う……。つまり、異世界って事だよな?」



「その通りよ。それくらいは理解できる頭あるのね」



「……お前、俺になんか恨みでもあるのかよ?」



「べっつにー。どこかのバカのせいで山賊相手に無駄に体力使っちゃったー、とか、どこかのバカのせいで魔物相手に無駄に魔力使っちゃったー、なんてことは思ってないわよ」



「絶対思ってるだろ、お前」



上擦った声色と、悪戯っぽい笑みを浮かべたレフィアからは明らかな悪意しか感じられない。



どこをどうみても、先程までの薫の行動に根を持っているのは確かだ。



(確かに、迷惑はかけたけど……)



何か言いたくても、レフィアは仮にも命の恩人。

反論するのにも、どこか遠慮がちになってしまう。



「まあ、私は寛大だからそんな事は気にせず教えてあげるわ。とりあえず、あんたがこっちに入り込んでしまった理由からね」



「うん、頼む」



いちいち言葉に高慢さがあるように感じても、薫にとって今は大人しく聞く以外に選択肢はない。



生きる為に、家に帰る為に、まずは今の状況について詳しく知らなければならないのだから。



「原因としては、あんたの付けてるその指輪よ」



「指輪って、これの事かよ」



薫が小さな子供の頃に、今は失踪してしまった母親からもらった指輪。

唯一、母親に繋がるものだと思って、ずっと大切に身に付けてきた赤い石の埋め込まれた、綺麗な指輪。

それでいて、サントという謎の少女が奪いにきた、謎に満ちた指輪。



「そう、それよ。それはミリアクロスっていって、世界を跨ぐ力があるって噂の貴重な指輪よ。なんであんたが持ってるのかはわからないけど」



「……世界を、跨ぐ……?」



「バカにもわかるように説明してあげるわ。ミリアクロスは古い文献にだけ詳細が書かれている古代魔導具なのよ。その力はいろいろあって、その一つに世界を跨ぐ力があるって言われてるの。おとぎ話みたいな話だからあんまり信じてなかったけど、あんたの世間知らずで情けなーい様子を見ていたらもしかしたらって思ったわけ」



(ところどころで刺々しいのはどうにかならないのかよ……)



幼げな笑みを浮かべながら話してくるレフィアを見て、薫はそんな事を思うが、今は我慢。

今はこのレフィアという少女だけがこの世界と薫を繋いでくれているのだから、ここは機嫌を損ねないよう、ただ聞き流しておこう。



「……いろいろとわからない単語があるんですが」



「バカだからよ。適当に解釈しなさい」



(教える気あるのかよ、こいつ……)



さすがに少しだけイラっとしてくる。

今は我慢、今は我慢。薫はひたすら自分に言い聞かせる。



要するに、この指輪が原因でこのシギラスという異世界に入り込んでしまったという事だろう。



いまだに半信半疑といった気持ちではあるが、信じる他にないのかもしれない。

それ以外にこの世界に信じられる情報がないのだから。



とはいえ、薫にとってはそれしかわからないといった気持ちでもある。

入り込んでしまったという事は、元の世界に帰る方法もありそうなものではあるが。



「……この指輪の力でこの世界に入り込んだっていうなら、もう一回指輪の力を使えば帰れるって事なのか?」



「さあ、そこまではわからないわ。でもあんたからは魔力が感じられないし、ミリアクロスの力を発動させるのは無理なはずなんだけどね。それに、そんなに簡単にミリアクロスで異世界に行けるなら、私も行けるはずだし」



「……? どういう事だよ?」



薫にとって相変わらず”魔力”やらなんやらとゲーム用語などでしか聞いた事のない言葉がポンポンと出てくるが、今聞いても教えてくれそうにはない。



それよりも、聞きたい事があった。



「どういう事って、私もミリアクロスを持ってるから、その力で行けるならとっくに行けてるはずって事よ」



「……は?」



「ホントにバカで鈍いわね。私もあんたと同じものを持ってるって言ってるのよ。ほらっ、これよ」



対面に座るレフィアがその左手をお互いの中間に置かれている木製のテーブルに差し出すと、その指には薫のものと酷似した、色違いのミリアクロスらしきものが収められていた。



その色は、青。



薫自身の持つ赤のミリアクロスと、レフィアの持つ青のミリアクロス。

世界を跨いで存在しているらしいそれらの指輪。



何か意味があるのだろうかと思考を巡らせても、薫に思い付ける考えは何一つなかった。



「わかった? この指輪の力で異世界に簡単に行けるって言うなら、私があんたの世界の事を何も知らないわけがないのよ。それよりも私は、あんたがどこでミリアクロスを手に入れたのかが気になるんだけど」



「俺はこれを母さんからもらったんだよ。ていうか、これってそんなにいっぱいあるものなのか?」



「貴重な指輪って言ったこと、もう忘れたの? いっぱいあるわけないじゃない。存在が確認されているのは世界で三つだけって話よ。だから私は気になるの。どうしてこの世界の住人じゃないかもしれないあんたがミリアクロスを持っているのかってことが」



「そんなの俺にもわからないよ。けど、これってそんなに貴重なものなのか……」



世界に三つしか存在が確認されていない、まさに価値が付けられないものがこんなにも身近にある。



レフィアのミリアクロスと合わせると、三分の二が今、ここに集まっているということにもなる。



薫はその事実に心の中で驚愕しつつも、同時にいくつもの疑問が頭の中に浮かんでくる。



(どうして、母さんがこんなものを持っていたんだろう? どうして、俺にそんな貴重なものを渡したのだろう?)



考えても、決して答えは出ない。

深く考えすぎて、頭がクラクラとしてくるだけだった。



「ま、魔力がない人には使えないものだし、あんたにとってはまさしく宝の持ち腐れだけどね」



「……なあ、その魔力ってなんなんだよ? その……、魔法とか使うような、いかにもファンタジーなやつなのか?」



「……魔力も知らないなんて、どれだけ常識知らずなのよ。これであんたに対するレッテルは”バカ””ヘタレ””常識知らず”の三つになったわよ、おめでとう」



明らかに呆れた、バカにしているに違いない表情で言うレフィア。



「し、仕方ないだろっ。魔力なんてそんなもの、俺の世界にはなかったんだから」



「……魔力がない世界、ね。ま、ありえなくもないか。とりあえずあんたの解釈で大体合ってるわよ。魔力は魔法とか、その魔導具、ミリアクロスを使うのに必要な潜在的なものよ」



(……本当に、ファンタジーみたいな世界なんだな、ここは)



信じられない事でも、先程、遭遇した魔物と呼ばれる生き物といい、レフィアの使っていた不思議で未知の力を目の当たりにした今では、信じるしかないだろう。



それを肯定しないと、今起きている事も何もかも説明がつかなくなってしまうのだから。



「俺にミリアクロスが使えないなら、何でこっちの世界に入り込んだんだ?」



「そんなの知らないわよ。あんたの方が詳しいんじゃないの、入り込んだ時の様子とか」



(……とはいってもな)



入り込んだ時の記憶はぼんやりとしていて、あまり記憶には残ってはいない。



やはり印象に残っているのは、あの少女。



突如として薫の日常に現れ、日常を崩れさせた張本人。



思い出すと、寒気がする。

命の危機というものはそう簡単に忘れる事が出来るものではない。



(でも、もしかして、あいつの使っていた変な力は……)



先程、魔物を仕留めたレフィアの持っていた力。

それにとても似ているように思える。



「実は、俺はこの世界に入り込む直前に襲われたんだよ、サントっていうお前と似た力を使うやつに。それが何か関係あったりするのか?」



「……わからないわよ、そんなの。でも魔力のない世界にいた魔力の持ち主か……。それに、その名前どこかで……」



レフィアの表情が少し真面目なものに変わり、何かを思い出そうとしているような様子だが、やがて諦めたように首を振る。



「……ま、説明はざっとこんなものね。質問は受け付けないから」



「あ、うん。ありがとな」



明らかにまだ情報が不足しているように感じられるが、これ以上レフィアが話してくれそうにもない。



整理してみると、ここは”シギラス”という名前の魔法などが存在するファンタジーな世界であり、ミリアクロスが原因となって入り込んでしまった可能性が高いという事だ。



薫にとって、半ば信じがたい事ではあるが、認めなければまた感情が暴走してしまいそうだ。

ここはどうにか受け入れて、冷静に帰る方法を考えるべきだろう。



「それで、あんたはこれからどうするの?」



「そうだな……、とりあえず、帰る方法を探す為にもっと情報を集めようと思うんだけどな」



「ふーん。情報収集なら今いるこの”カルガリ”っていう村を出て、最寄りの街に行くのが一番だと思うけどね。街道沿いに行けば、たぶん魔物も少ないし」



「そっか、ありがとな。じゃあ早速向かおうかなーー」



「ーーちょっと待ちなさい。今から行くと途中で日が暮れるし、あんたみたいなヘタレバカが行くのは自殺行為よ。魔物は基本的に夜行性だから」



薫が席を立とうとした矢先、レフィアの手が行く先を遮っての罵倒混じりの言葉が投げかけられた。



窓から外を覗くと、確かにいつの間にやら日が大きく傾いている。

暖かな夕日が、まもなく訪れる夜を知らせてくれていた。



「そっか、じゃあ出発は明日にしたほうが良さそうだな……」



またもあんな魔物に襲われてはひとたまりもない。

あんな恐怖は、二度と味わいたくはないのだから。



「……いろいろと大変そうだし、一日だけなら私の家に泊まっていってもいいわよ。明日には絶対出て行ってもらうけどね」



薫はレフィアの驚愕発言に思わず目を丸くさせてしまう。



恩人ではあるが、明らかに冷酷の化身のように見えていたこのレフィアという少女が寝床を貸してくれるというのだ。

それに驚愕を感じずにはいられないだろう。



「……あんた、なによりいっそう変な顔してるのよ」



「いや、明らかに冷酷なお前がそんな事をいうことに計り知れないほどの驚愕を覚えたというか、なんというか」



「一回殴り飛ばしたい気分だけど、今回だけは特別に許してあげるわ。それに……、……別に、そのへんでのたれ死なれて村に変な曰くがつくのも嫌だし、ただのついでみたいなものよ」



「でも、ありがとな。助かるよ」



薫にとって、今日は色々な事がありすぎて休みたい気分が次から次へとわき上がってくる。

気持ちを一旦整理する為にも、一息つく事は大切な事だろう。



「ま、せいぜいこの私の慈悲に感謝しなさい。とりあえず夜ご飯を確保しに行かないとダメだから……」



「確保って……、その辺の動物とかをとって食う気かよ?」



「あんたには私がどう見えてるのかしらね……。一度調教の必要がありそうね……」



顔を伏せ、何やらどす黒いオーラを出して、拳を固く握りしめているレフィアの様子には恐怖を感じずにはいられない。

少しだけ見えた表情は般若そのもののように見えて。



薫はすかさず椅子から下り、日本人としての最大最高の保身手段、土下座を行使した。



どんな名誉も誇りも、命ほどの価値はない。



「え、と……、どのように食料を確保なさいますのでしょうか? お料理なさるのですか?」



「……いいわ、その従順な態度に免じて今回だけは調教を免除してあげる。とにかく、私は今から知り合いの人から料理を分けてもらいに行くのよ」



薫は九死に一生を得た気分だ。

このレフィアという少女の力はどこか計り知れないものがあるように感じる。そんな彼女の調教とやらを受けてしまっては、五体満足ではすまないように思える。



「……分けてもらうって、自炊とかはしないのかよ?」



「別に、めんどくさいだけだし。……そうっ、料理なんて労力の無駄よ」



レフィアは一瞬だけ俯いて、少し躊躇いがちな表情で言った。

薫はそれを見て、内心ニヤニヤとほくそ笑む。



この高慢な少女の弱みをついに掴めたかもしれないのだ。



「料理、出来ないんだろ?」



「な、何を言ってるのかしら、このバカは。わ、私に出来ないことなんてないわよっ!」



「そっか、出来ないのかあー。バカの俺でも出来るのになー。



そっか、…………出来ないのかあー」



薫は言い切った瞬間、後悔した。



目の前には椅子から目にも止まらぬ速さで立ち上がり、再び歪みきった般若の表情を浮かべたレフィアがいる。



その身体は明らかにピクピクと震えていて、その原因が何なのかは明らかで……。



「……こ、このバカは、い、居候のくせに、家の主人たる私になんてことを言うのかしら……。ふふ、ふふふ、やっぱり一度、その身体に、みっちり世界の道理っていうものを叩き込んであげる必要があるようね……」



じりじりとにじり寄ってくるレフィアを見て、薫は後ずさっていく。

安全を求めて。それでも、やがて壁に背が付き、目の前の般若に気圧されたかのように腰が抜けてしまう。




「……あ、あの、レフィアさん? ……怒ってます?」




「…………」



無言が怖い。

これほどに怖いものはない。



「……言い残すことはある?」



「……生きたいです」



「無理よ」




















数秒後、レフィアの家から断末魔の叫び声が響き渡った。





















ーーーーーー




「……身体が、弾ける……」



「うるさいわね。死ななかったんだからいいじゃない」



前方から投げかけられる、慈悲のかけらもないお言葉。



そのような中、薫は悲鳴を上げている身体をどうにか鼓舞して、この”カルガリ”というらしい村の中を歩く。



先程までの事は、思い出したくない記憶として早くも薫の頭に登録されてしまっている。



恐ろしい。ああ、恐ろしい。

拳は飛んできたり、明らかに怪しげな小道具を取り出してきたりと、思い出しただけで身震いが……。



(おっと、考えるな、考えちゃダメだ……)



今はようやく解放され、先導するレフィアの後をとぼとぼと追いながら、言っていた通りに晩ご飯を求めて知り合いの家へ向かっているところだ。



背の低い草に覆われた小高い丘の上にあったレフィアの家を出て、赤土が剥き出しとなっている小道を歩いていく。



この”カルガリ”という村は豊かな自然に囲まれた、辺境の地であるらしい。

地平線の彼方まで深い緑に満ちた森が広がっているようで、その中心部を切り開いて村にしたといったところだろうか。



レフィアの家からの小道の途中でも脇には畑や花壇といったものが広がり、自然に満ちた和やかな光景は落ち着きを与えてくれるように感じる。



薫にとって、それらは元の世界と共通するものであり、確かな安心感が胸の内に芽生えている事を感じる事も出来た。



五分ほど歩いた頃だろうか。

小高い丘を下りた先には、レフィアの家とよく似た一戸建ての数軒の家がまばらに建ち、小さな集落を形成している。



そのうちの、一番手前の家。

そこにレフィアは入っていき、薫もそれに続いた。




















「ローザおばさん、いるー?」



レフィアが何やら呼びかけている中、薫はレフィアの家よりも一回り大きいその家に入り、落ち着かない気持ちで辺りをキョロキョロと見渡す。



玄関の木製の年季の入った扉に、いくつかの部屋を仕切っている、またも木製の扉。

どこか暖かみを感じるその家には、どこか芳しい、食欲をそそる香りに満たされており、急激に空腹感を覚える。



外から差し込む真っ赤な夕日を見たところ、今はもう日暮れ時。空腹になる事も仕方ないだろう。

何より、薫は夕食を食べる前にあの少女に襲撃され、この世界に迷い込んでしまったのだ。間違いなく、それもこの急激な空腹感の一因となっているのだろう。



「……レフィアかい? 奥まで入っておいで」



家の奥の仕切り扉の向こうから聞こえてきた穏やかな声。

それに従いレフィアは奥へ向かい、薫も躊躇しながらも彼女に追従する。



おそらく、レフィアは荷物運びか何かをさせる為にわざわざ薫をつれてきたのだろう。



仕切り扉を通り抜けると、左手にはレンガ造りの暖炉があり、右手にはテーブルや椅子が置かれ、リビングらしき空間が広がっている。

その奥にある見た事もない様々な調理器具が置かれている場所がキッチンなのだろう。



その証拠に、そこでは一人の女性が動き回っており、先程から感じる芳しい香りもこの場から生まれている事がわかる。



「ローザおばさん、来たよ」



レフィアが呼びかけると、ローザというらしいその女性が手を止め、振り返った。



50歳前後の女性だろうか。

少しシワを浮かべた顔に、どこか感じる年老いた雰囲気。

それでも、レフィアを見て柔和な笑顔を浮かべるその様子はとても優しいもので、心地よさを感じる。



「おやおや、いつも通り夕食を取りにきたと思ったけど、今日はお友達も一緒かい?」



「ち、違うわ。こいつはただ今日だけ保護してあげてるだけのやつよ」



「そうかいそうかい。それにしても、こんな果ての村にお客さんなんて珍しいねえ」



「……えっと、俺、雨霧 薫っていいます」



「ご丁寧にどうも。私はローザと言いまして、この子の育ての親みたいな立ち位置ですよ」



柔和な笑顔はそのままに歩み寄り、手を差し伸べてきたローザおばさんと薫は握手を交わす。



(……育ての親?)



薫にとって気になる事ではあるが、無理に聞く事でもないだろう。

この世界の常識というものもわからない中、レフィアの事に関して口を出せるかどうかもよくわからなかった。



「せっかくお客さんもいるんだし、今日はここで食べていったらどうだい? みんなで食べた方がご飯はおいしいものだよ」



「ローザおばさんが言うなら、それでもいいけど……」



レフィアの様子が明らかに違うように感じる。



先程までの高慢で暴力的な様子はない上、どこか素直な様子に見える。



それは薫にとって、身の安全の上でも非常にありがたい事であり、レフィアの家に帰らずこの家で食べるという事は大賛成であった。



レフィアのこの変貌の原因は、このローザおばさんという人物である可能性があるのだから。



「俺もここで食べていきたいって思ってます。…………食事中に誰かさんの暴行を受けるのは嫌ですから」



「んなっ! あ、あんた、何言ってっ!?」



「いいや、別に、誰とは言っておりませんよ」



「ーーーーくうっ……」



薫の予想通り、あまり言い返してはこない。

ローザおばさんという人物は育ての親であるらしいから、その前では大人しくなってくれるようだ。



ただ、小声での「後で氷結させてやる……」といったどこか物騒な言葉が聞こえてきた気がするが、今は考えないでおこう。



「それじゃあ、決定だね。レフィアは納屋から足りない食材を取ってきてくれるかい?」



「わかったわ。適当に取ってくる」



と言って、レフィアは外に出ていった。



薫に向けられている表情は明らかに笑顔ではなかったが、この家にいる限りは危害が及ぼされる事はないだろう。



レフィアとは対照的に、ローザおばさんは親しみやすい柔和な笑顔を浮かべている為、見知らぬ他人の家でも妙な心地よさを感じる事が出来た。



(育ての親はこんなに優しいのに、その娘ときたら……)



「薫さん、ちょっと手伝ってくれるかい?」



「は、はい」



ローザおばさんの手招きに応じて、薫はキッチンに歩み寄る。



見慣れた感じの調理器具もあれば、見た事もないような調理器具もある。



元々、自炊生活を送っていて、料理も比較的得意な方だと自負している薫にとっても、それらは全くもって未知なものであり、どこか心を躍らせてくれるものでもあった。



「薫さん、料理は出来ますかい?」



「まあ、人並みには出来ます」



「そりゃあよかった。この具材を煮込んでおいてくれるかい?」



「あ、はい。わかりました」



キッチンの中央の、積み上げられたレンガの上に置いてある鍋。

そこに置いてある大きな鍋には見た事もない具材とトマトソースのような液体が入っており、そこから芳しい香りが漏れ出している。



「火はついてるから、沸騰するまでかき混ぜといておくれ」



薫は頷くと、再び鍋を観察する。

仕組みがよくわからない。鍋の底下から火が出ているわけでもなく、オール電化のような設備があるわけでもない。



ただ熱気は感じる。

鍋の下には一枚の紙が敷かれているだけだというのに、どこからこの熱気が生み出されているのだろうか。



もしかすると、これもレフィアの言っていた魔力や魔法といったものの力なのかもしれない。



「いやあ、助かるねえ。あの子は料理させると大惨事になるから、こういう事は手伝えないんだよ」



薫の横でなにやら仕込みをしているらしいローザおばさんが言う。



「みたいですね。本人は否定してましたけど」



「おや、もう知っていたのかい。あの子はとことん素直じゃない子だからねえ。根は優しい子なんだけど、ちょっと人間不信がひどいから……」



「それ、本当の事ですか?」



薫にとって、”根は優しい子”という言葉には疑問を感じずにはいられない。

確かに命の危機を救ってもらったりと、お世話にはなっているが、あの明らかに高慢で我侭そうな性格を見てしまっては、そんな疑問を感じてしまうのは仕方ないことのように思える。



それに、人間不信という言葉。

そこまでひどいようには見えないようにも感じられた。



「本当さ。まあ、表には全く出さないけどね。それに、あの子の人間不信は仕方のない事なのかもねえ……」



「仕方ない事?」



「育ての親だって言っただろう? あの子には両親がいないんだよ。いや、正確には両親がわからないんだ」



「……どういう事ですか?」



「…………あの子にはこの村に来る以前の記憶がないんだよ。それで、あの子は人付き合いが苦手なんだってわたしは思ってるのさ」



(記憶が……ない?)



記憶喪失という事だろうか。

それは、薫にとっても関心の強い話であり、どこか心が揺さぶられるものであった。



「……どうして俺にそんな事を話してくれるんですか? 俺は今日レフィアに会ったばかりのほぼ他人ですよ」



「薫さんはレフィアにとっての初めてのお友達になるかもしれないからねえ。レフィアがこの家に知らない人を連れてくるなんて、初めての事だから」



「友達って……、レフィアはさっき思いっきり否定してましたけど」



薫は先程のレフィアの速攻否定を思い出し、レフィアが薫を友達だと思っているわけがないと感じる。



何より、あれほど高慢で、暴力的な態度を友達に対してとるわけがないだろう。

こちらとしても、あんな友達は遠慮しておきたい。



「ふふっ、長く付き合ってると、あの子の性格もわかってくるものなんですよ。それに、あの子の人間不信はそれだけが原因じゃないから……」



「…………?」



何やら、意味深な笑みとどこか寂しげな表情をローザおばさんが浮かべているが、一体何を考えているのだろうか。



そんな時、鍋の中の液体が沸騰し、同時に背後の扉が開く音が聞こえた。



リビングに入ってきたのは、当然のことながらレフィアであった。

レフィアは見た事もない多種多様の野菜のような食材をローザおばさんに渡している中、薫に対しては、相変わらずツンとした、不機嫌な態度で接してくるところを見ると、とても友達と思っているとは感じられない。



ローザおばさんが言っている事はきっと勘違いなのであろう。




















ローザおばさんは手際良く夕食の準備を済ませてしまい、数分後にはテーブルに芳しい香りを放つ料理が置かれていた。



薫の対面にローザおばさんとレフィアが隣り合わせて座り、夕食に手をつけ始める。



先程まで鍋で煮込んでいたのは”ルガルービュ”という、特有の郷土料理であるスープであるらしく、その味はとても美味しいものであった。

他の料理も薫にとっては馴染みのないものであったが、その味はどれも良く、空腹感に満たされていた薫は自身の取り分け分を一気に平らげていった。



「……それで、薫さんは故郷に帰る為に明日は街で情報収集するって事かい?」



「そうですね、そのつもりです。早く帰らないと、いろんな人に心配がかかりますし……」



満腹感を感じ始めている中、ローザおばさんは少し憂いを帯びた顔つきで薫に問いかけてくる。



異世界から来たというのは突拍子がなさすぎるので、薫は遠い田舎の地から迷い込んでしまった旅人(レフィアが提言)という設定になっている薫。

そんなでまかせが通じるものなのか、と薫は思っていたが、ローザおばさんはあっさりその作り話を信じてしまったようだ。



「……そうかい。最近は魔物も多いし、魔導師でもない旅人が護衛もなく出歩くのは危険だと思うけどねえ」



「大丈夫よ、ローザおばさん。バカは簡単には死なないものだって言うでしょ」



レフィアは”ルガルービュ”というスープを啜りながら、相変わらずトゲのある言葉を投げかけてくるが、最早慣れてきたようにも感じる。



「こらっ、お客さんに向かって失礼だよ。何なら、レフィアが薫さんに最低限の自衛用魔力をあげたらどうなんだい?」



「ーーぶっ!」



ローザおばさんが何か提案をした瞬間、レフィアが口に含んでいたスープを吹き出してきた。

加えて、むせこんでさえいるようで、そのせいかその表情は真っ赤に染まっている。



「何だよ、汚いな」



薫の文句がレフィアに届くはずもなく、当の本人はむせこみながら何か言いたそうに口をパクパクとしている。



「……そ、そんなの絶対にイヤよ! こんなヘタレバカ微生物とそんなことっーー」



何ともな言われよう。

どんどん人としての格付け、否、人ですらない格付けへと評価が暴落しているように感じる。



「何だよ、自衛用魔力って? それがあれば安全なのか?」



「あんたには関係ないっ! 勝手にのたれ死ねっ!」



さらなる、何ともな言われよう。



「レフィアさーん、さっきまでと言い分が変わってますよー」



「あーもうっ! うるさいうるさいっ! わかった、わかりました! 明日は街まで私があんたの護衛につく! それでいいのよね、ローザおばさん!?」



「そうかい、じゃあ頼むよ。”迷い人には助けを”、それがこの村の掟だからね」



「なあ、自衛用魔力って……」



「忘れなさい……、3秒以内に……。1……2……」



「はい、忘れました、忘れましたよ! だからレフィアさん、フォークを人に振りかざすのはやめて下さい!」



立ち上がっても大して見下せない程度の小柄な身体であるはずなのに、今立ち上がって、真っ赤な顔と固く握り締められたフォークとともに睨みつけてくるレフィアからは異常なほどの威圧と恐怖が感じられて、薫は自己保身に走る事で精一杯だった。



対するローザおばさんは相変わらずの柔和な笑顔。



もしかすると、見事に手の平の上で踊らされていたのかもしれない。




















------



薫はローザおばさんの家で風呂にも入らせてもらい、家にあった男性用の簡単な寝間着に着替え、レフィアの後ろについて彼女自身の家へと帰ってきた。



長い一日をともに過ごした、傷の目立つ学生ズボンとカッターシャツを抱えて戻ってきたレフィアの家。

ローザおばさんの家に男性用の普段着はあまりなかった為、どこかで服も手に入れなければならないのかもしれない。



一方、相変わらず不機嫌そうなレフィアも普段はローザおばさんの家で風呂に入っているらしく(今日も同様)、今は日中着ていた青のスカートと白の襟付きのシャツ、まとっていた黒のマントとは異なり、同じくローザおばさんの家に置いてあったらしい、その性格に似合わないピンクの可愛らしいパジャマのような服を着ている。



そんな冬なら湯冷めしてしまいそうな格好で家に帰りつき、今は夏である事に感謝しつつ、薫は椅子に座って一息つく。



ようやく訪れた安息、そんな感覚が胸の内を満たす。



「なあ、俺はどこで寝ればいいんだ?」



仮にもここは女の子の家なのだ。一応、気を払っておくべきだろう。

このレフィアという少女は、容姿だけはとても可愛らしいのだから。



「……ここよ」



レフィアの指差した先は、椅子とテーブルのある居間の床。

そこにはただ木製の、冷たそうな木目調の床があるだけ。



「……何もありませんが?」



「床があるじゃない」



見ればわかります。



「敷き布団とか、毛布といったものはないのでしょうか?」



「あるのは私の分のベットと毛布だけよ。それじゃあ、そういう事で」



レフィアはそれだけ端的に、あまりに冷酷に言い残すと、居間の奥の扉を開いて、その先の部屋へと入っていってしまった。



もう一度確認しておこう。

このレフィアという少女は、容姿だけはとても可愛らしい。容姿だけは。



「言い忘れてたわ」



ひょいと扉から顔を覗かせてくるレフィア。

薫はもしや毛布などを分けてくれるのではないかという淡い希望を抱いて、レフィアの顔を、必死に物欲しさをアピールする表情を作り出そうとしながら凝視した。










「私の部屋に侵入したら凍結するように魔法トラップをかけてるから。それじゃ」










そう、あくまで良いのは容姿だけ。

その性格は高慢、我儘、傍若無人、天邪鬼。





「寒いよ、心が……」





異世界に迷い込んでの初めての夜。

それは、冷たかった。






















































































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