襲撃 ~ 鴉の影 ~
薫は街を出て、草原を駆け抜けていく。
何が出来るかなんてわからない。助けられる自信なんて全くない。何よりも、レフィアは誰よりも強そうに見えて、助けなんて必要がないようにさえ思える。
それでも、足は止まらない。
ローザおばさんの言葉が、ただ気持ちを駆り立てる。同時に、嫌な予感を感じさせる。彼女はきっとレフィアの強さを知っているはずなのだから。
そんな事にも関わらず、ローザおばさんは“レフィアを助けて”といった。
だから薫は後ろを振り返らずに、ただ村への道を突き進む。無力と知りつつも、何か、何かがあるのではないかと考える。
広い草原、村までは果てしない距離があるように思える。魔物が出てくる可能性だってある。
それでも、一刻も早く辿り着こうと、薫は草原を走り抜けていった。
グルルゥゥ……ッ。
草原も中程まで走り抜けた辺りであろうか。
何やら、獣の唸り声のようなものが薫の足を止め、心を震わせた。
恐い。
出てこないでくれ。
そんな気持ちも虚しく、正面からは五匹程の魔物の群れの姿があった。
それは、狼型で、三つ目から赤黒い液体を垂れ流す気味の悪い魔物、“ヴォルブ”の姿。薫の深層心理に刻まれているかのような、根源的な恐怖を生み出してくる魔物。
「どう、すれば……」
足が震える。
頭では“すぐに逃げろ”という警鐘が鳴り響いているように思える。
一歩、また一歩と後退る。
それに合わせるように、魔物は距離を詰めてくる。
“逃げればいいじゃないか”
“きっとレフィアは大丈夫だ”
“出来る事なんて何もない”
そんな感情が次から次へと浮かび上がり、心を満たしていく。
(そうだ、逃げればいい。そうすれば全部、……解決なんだ……。
でも……)
満たされた心に残る僅かな感情。
それが葛藤を起こし、それでーー。
「そんなの、……まさにヘタレだよな」
薫は後退る事を止めた。
前方の恐ろしいものを、初めて直視した。
「……助けてくれた女の子も救えないなんて、
そんなの、ヘタレそのものじゃねえかよーっ!!」
薫は魔物に向かって足を踏み出し、駆け出した。
突破する為、そして、助けに行く為に。
獰猛な唸り声、鋭敏な牙が近づく。
それでも、ただーー。
「ははっ、合格だよ」
何処からともなく聞こえてきた声。
それと同時に全ての魔物の腹部が切り裂かれ、血液らしきものが吹き出していた。明らかに致命的な量のそれを吹き出した魔物は間もなく、地面に崩れ落ちてしまっていた。
「……えっ?」
薫は何が起こったのかわからないまま、周囲をキョロキョロと見渡す。
すると、背後に人がいる事に気付いた。
「お前は、いったい……?」
その人物は全身を黒いローブで包み込み、その黒はまるで深淵の闇を連想させる程に濃いものだった。
また、そのローブのために人相や表情さえも見えず、不気味なものを感じさせる。
「通りすがりの愛の探求者さ」
「……はぁ?」
訳のわからない事を言いながら、その人物は黒のフードを取り払い、素顔をあらわにした。
その人物は、年は薫とあまり変わらないように見える少年で、容姿は非常に整っていると言えるだろう。何よりも、そのレフィアのような銀色の、肩にかかるほどのセミロングの髪が印象的だった。
「いいのかい? 早くしないと、レフィアを助けられないと思うけどな」
警戒気味に様子を伺っていた薫に少年からそんな言葉を投げかけられる。
その通りだ。
今は何より、早くレフィアの元に辿り着かなければならないのだから。
「誰か知らないけど、ありがとうっ」
薫は手助けしてくれた少年に感謝すると、再び駆け出した。
レフィアの元に向かって、全力疾走で。
次話
襲撃 ~ 契約 ~