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ようこそ異世界へ 5

「あーもうダメっ。これ以上は入んない!ぐはぁ、ぐるじいぃ」


タルトのようなもの、ムースのようなもの、モンブランのようなもの、フィナンシェのようなもの…。

色とりどりのアルタヴェルガ産スイーツを、夢に見そうな位これでもかと食べまくったわたしは、ふかふかのソファにだらしなく寝そべった。


はい、お行儀悪くてすみません。

扉前にいる護衛の、呆れたような冷たい視線はこの際無視する。



女三人寄ればかしましいとはよく言ったもので、それが年頃の若い女の子とくればなおのこと。

女二人であっても、服とかお菓子とか遭遇した面白い事とか、そんな他愛も無い事で私たちは盛り上がった。


中でも一番ティアが興味をしめしたのは、わたしが通っていた女子高の話だった。

この国には、貴族の子息が入る学校っぽいのはあるようだが、女の子が通うものではないらしい。だから女性だけが集まって学問を学ぶ機関があることに驚いていた。


反対にわたしが驚いたのは、こちらの世界の結婚適齢期の早さである。

男女共に16歳で成人とみなされ、女の子の場合は20歳過ぎれば行き遅れ扱い。

話を聞く限り、女は結婚して子供産んでなんぼ、というか…それが幸せという価値間が普通のようだ。

現代日本で育ったわたしには、そういう一昔前のような考えは古臭く感じるし、どうにもしっくりこなかった。


何はともあれ、そんなこんなでガールズトークに時間を忘れ、気付けば窓の外は暗くなっていた。



「どうしよう。結構余っちゃったなぁ」


テーブルの上には、まだかなりのお菓子やケーキが残っていた。

さすがのわたしも、ケーキバイキング並に盛られた山盛りスイーツを全て食べ切ることは出来なかった。


最初は、三人の侍女さん達にも一緒に食べないか声を掛けたのだが、「主と同じ席に着くなど、とんでもありません」とすげ無く断られてしまった。

ティアといえば、これまた小鳥並に少食で、そのウエストの細さの秘密を垣間見た気がしたものだが、おかげで戦力には全くならなかった。


「日持ちしそうな焼き菓子系はともかく、生菓子はなぁ…。捨てちゃうのは勿体無いし」


一ノ瀬家には、“食べ物を粗末にするな”という家訓があるのだ。


どうしたものかと悩んでいると、いつの間にかティアが勉強机の前に立ち、何かをジッと見ているのに気付いた。


「なんか面白いもんでもあった?」


ぱんぱんの腹を摩りながら、ひょいと覗き込む。


「あっ!申し訳ございません勝手に。あの…わたくし、こういった絵は初めてで、珍しくて」


「絵?……ああ、もしかして」


そういえば置きっ放しにしてたっけか。


愛と絶望の舞踏会。

私が魂込めて書き上げた、漫画の原稿だ。


「……何やら不思議な手法で描かれた絵ですわね」


「まあね。これは漫画っていう我が国日本の文化だよ」


ちょっと得意げに言ってみる。

少し大げさか?いやいや、漫画は日本が世界に誇るジャパニーズカルチャーなのだ。


「マンガ…不思議な響きの言葉ですわ。絵画とは違うものなのですか?」


「いや、そんな高尚な物じゃないんだけど、娯楽というか…とにかく色々な種類があって、私の世界では世界中で読まれるくらい人気なんだよ」


「まぁ!凄い!それに、〈読む〉ということは、これは書物ですのね!」


うお!?凄い食いついてきたな、おいっ。

思わぬ勢いに、背中が仰け反ってしまった。


「いや、書物って言えばそうなんだけど。説明が難しいな、漫画は漫画だし」


例えていうならアニメの書物版か?って、アニメも存在しないか、多分。


「はぁ…なんだか想像がつきませんわ。でも、リオ様の世界の大勢の方が、このマンガという書物を読んでおりますのでしょう?きっと、素晴らしく素敵なものなのでしょうね」


「……じゃあ、試しにちょっと読んでみる?」


そんなに言うなら、と提案すると、ティアの顔に大輪の薔薇のような笑みが咲いた。


「よろしいのですか!?」


「ひ、姫様っ」


侍女の一人が、慌てて声をあげた。

その顔には「そんな得体の知れぬものを手に取るなんてっ」と書いてある。

その心配はあながち間違いではない。


オタクの道は蛇の道。

特にBLは、底なし沼のように一度嵌ればズブズブと沈むのみ。

はてさて、このお姫様はどういう反応をしめすのか。

純粋培養の王女様を、未知の世界へご案内だ。



「えーと、確か一番下の引き出しの中に……」


どうせ読んでもらうなら最初からのほうがいいだろう、と机の引き出しを漁って、販売用に本にしてあった〈愛と絶望の舞踏会〉第一巻を取り出したところで、わたしはある事に気付いた。


漫画はもちろん日本語で書いてある。

そして、ここは異世界だ。


「ねえティア、これなんて書いてあるか分かる?」


取り出した一巻の表紙を、試しにティアに見せてみた。

書いてあるのは、イラストと題名、そして下のほうに書かれたペンネーム。


「……これはリオ様のお国の文字?なんと書いてあるのですか?」


「うーん…やっぱり日本語は分からないか」


「あのう、やはり文字が読めないと、マンガを読む事は出来ないのでしょうか?」


恐る恐る、といった感じで、ティアが聞いた。


「そりゃあ、絵だけでも話の流れはなんとなく掴めるかもしれないけど、やっぱ字が読めないと本当の面白さを味わう事は出来ないよ」


そんなものはイチゴのないショートケーキ、炭酸の抜けたコーラ、溶けきったアイスクリームのようなものだ。


「そ、そんな……」


ガーンッという文字が、ティアの頭上に見えた気がした。

ごめん、ティア。ぬか喜びさせて。


そうだよなぁ、異世界アルタヴェルガ王国の人間が、日本語読めるはずないもんなぁ………って、ちょっとまて。



だったら、言葉は?



「ほんと今さらなんだけど……」


ここまでまったく不都合なくきてしまったので、疑問にも思わなかったのだけれど。


「わたし達っていま、何語で会話してるわけ?」




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