さらば愛しき日常よ
その日、私は新作の構想を練るべく愛用の勉強机に座っていた。
この机、小学校に上がった時に祖父に買ってもらったものなのだが、重厚、渋い、古臭いという言葉が似合う、小学生女児にとってはあまり嬉しくない代物であった。
当時はこんなオッサンくさい机より、サンリオの某キャラクター机が欲しくてたまらなかったが、高校生になった今となっては、愛着もあるし使い勝手のいいこの机を気に入っている。
机の上には、3日前ついに画き上げた長編漫画「愛と絶望の舞踏会」の原稿と、午前中に画材屋で購入した真新しい原稿用紙、そしてメモ帳代わりにしている広告の裏紙と、ついでに口寂しい時の相棒のお菓子が並んでいた。
今日から学校は三連休。
両親は仕事で居らず、小うるさい弟は部活の試合とやらで出かけている。
家には私一人。静寂が心地良い。
これならいいアイデアが浮かびそうだ、とペンをクルクルまわしてみる。
私は漫画書きだ。
アマチュアとはいえ一応こいつで小金を稼いでいるし、少ないながらも応援してくれるファンもいるため、ヘタなものは描けない。
「愛と絶望の舞踏会は現代ものだったから、今度はファンタジーにしてみようかな……」
剣と魔法の物語。誘い受け王子に鬼畜なドS魔法使い、無愛想だが可愛げのある軍人……
おっと、いけない。想像でニヤけてしまった。
つらつらと思いついた事をメモしながら、左手をお菓子に伸ばそうとした時、突然目の前の白い壁がぐにゃりと歪んだ。
目の疲れ…じゃない。
足元になにやら魔方陣的なものが見えた。
怪しげな光が下から浮かび上がり、どんどん大きくなる。
呆然とする私をよそに、歪みは大きく広がり、突然ぱちんっと消えた。
本当に、あっという間の出来事だった。
こうして私の日常は、あまりにも簡単に失われてしまった。