コトバノモンダイ 2
迷路のようなお城の中を、右に曲がって左に曲がってあっちへ行ったりこっちへ行ったり……。
もう三十分位歩いているのではなかろうか。
「……ねえ、魔法使いなら一瞬にしてクラウスさんの所に移動出来るような魔法ってないわけ?いや、あるよね?あるはずだよね!?だって人間一人、異世界から召喚出来ちゃうんだもんね!?」
物言いに少々トゲがあるのは許しほしい。
別に歩くのが嫌なわけじゃないんですよ?好きなわけでもないけどさ。基本インドアだし。
たださっきから、誰かとすれ違う度にものすっごくガン見されまくりなわけで、振り返って二度見とかされちゃうと、もうね……。
自分がこの煌びやかな王宮で浮きまくりの格好をしてるのは分かっているので、まあ理解出来なくはないのだけど、注目されている原因の半分はエルのせいだと確信している。
まわりの反応を見るに、どうやらエルは非常に目立つ存在らしい。
なのに、これだけ注視されていても平然と気にせずにいられるとは、冷静なのか鈍感なのか心臓に毛が生えているのか……。
とにかく、この状況をどうにかしてほしい。
なのに……
「確かにそういう魔術はありますが、今それを使うつもりはありませんよ」
「なんでっ」
「なんでって……自分の胸に手を当ててよく考えなさい」
………………
「……エルの嫌がらせ?」
斜め前を歩いていたエルが、まるで出来の悪い子供を見るような目でわたしを見た。
「そうではなくてですね……。貴方は先程、ありえない位の量の甘味を口にしていましたね?」
言われて、わたしは目を瞬いた。
「私は貴方の後見人として、アルタヴェルガでの生活の便宜をはかるよう王から命を受けました」
「……はぁ」
「つまり、私は貴女の保護者として貴女を監督する義務があるということです」
「だから?」
「その役割の中には、貴方の健康管理も含まれていると私は考えます」
その瞬間、エルの目がギラリと光った(ような気がした)。
「常識的に考えて、あれだけの菓子をバクバク食べれば、健康的にも体系維持にも問題があるのは自明の理。別に食べるなとは言いません。適量の範囲でしたら問題はないでしょう。しかし、摂取してしまったからには消費しなくてはなりません。見たところ貴女は特に太ってはいませんけど、頭脳労働が得意なようにも見えませんので、食べたものを消費するには運動をするしかないでしょう。どうも筋肉には乏しいようですし、まだ成長期なのですから少し運動の習慣を取り入れたほうがいいように見受けられます」
もはや何から突っ込めばいいのか分からない。っというか、軽く馬鹿にされているような気さえする。
「……つまりご親切にも、わたしの健康の為にわざわざ歩かせていると?」
「その通りです。貴女の為にこうして遠回りまでして歩いているんですから、感謝して欲しいくらいです」
頭のどこかで、プツリと何かが切れる音がした。
「そういうのを大きなお世話っていうんだボケーーーー!!!」
お城の長い長い廊下に、私の絶叫が響き渡った。
その後、わたしが「青の魔術師を怒鳴りつけた恐れ知らずの女」として有名になったのは、また別の話である。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「やっと着いた……」
あれから沢山沢山歩いて、途中、庭みたいな所も通らされ、ようやくクラウスさんが居るという医局塔とやらに辿り着いた。
土地勘も帰り道も分からない為この小姑男についていくしかなかったが、頭に血が上がり過ぎたせいで、あまり周りの視線が気にならなくなったのは、いいのか悪いのか……判断に苦しむところだ。
こころなしか、少し痩せたような気さえする。多分気のせいだけど……。
「やあ、よく来たね」
人好きのする笑顔で迎えてくれた宮廷医のクラウスさんは、栗色の柔らかそうな髪と穏やかな茶色の目をした、20代後半くらいの優しそうな男の人だった。いわゆる癒し系というやつだろうか。
漫画的定番を考えれば、女を「子猫ちゃん」呼びするキザなフェロモン撒き散らし医師とか、露出過度な不二子ちゃん系セクシー女医がお約束だが、インパクトには欠けるものの、これはこれで(妄想には)美味しいキャラだし、これから診察を受ける身とすればこういう優しげな人のほうが安心出来る。
やはりエルと同じような白いローブを羽織っているので、恐らくこの人も魔術師というやつなのだろう。
「話は聞いてるよ。大変だったようだね」
クラウスさんは微笑みながら、わたし達を応接間のような場所に案内してくれた。
フカフカのソファーに座らされ、その隣にエルが腰掛ける。
相変わらずの無表情だが、どことなく疲労しているように見えるのは気のせいだろうか?
まぁ……魔法使いが運動をしてるイメージってあまりないし、エルも疲れたのかもしれない。自業自得だけど。
「じゃあ、最初は自己紹介だよね。僕はクラウス・セファドール。役職は…一応ここの王宮医で白の魔術師ってとこかな」
「えーと、一ノ瀬……じゃなくて、リオ・イチノセです。学生兼、異世界人です」
わたしの言葉に、クラウスさんがブフッと噴き出した。
「いやぁ、なかなか冷静だね。普通はもう少し状況に戸惑っていそうなものなんだけど」
「十分戸惑ってますよ」
「ははは、それはそうか。でもまぁ、この気難しいエルレイディオとも仲良くやっているようだし、あまり心配はいらなそうだね」
「「それは気のせいです」」
わたしとエルの声が同時にハモった。
それを見たクラウスさんが、また噴き出す。エルの顔には、心外だと言わんばかりの憮然とした表情が浮かんでいた。多分、わたしも同じような顔をしているだろう。
「ぷぷ…ぷ。君はなかなか面白い子だなぁ。随分と順応性が高い。それとも……スール・ラヴィラティというのは皆そういうものなのかな?」
後半は独り言のような呟きだったけれど、わたしの耳はしっかりとその言葉を聞き取っていた。
「その世界の祝福ってなんですか?」
軽い気持ちで聞くと、クラウスさんは驚いたように目を見開いた。
「……君、今の言葉がわかったの?」
「は?」
クラウスさんは面白そう……というか、興味深気な様子でまじまじとわたしを見た。
すると、エルがわたしの代わりに説明してくれた。
“理由は分からないが、何故かこちらの世界の言葉が分かるようになったらしい”という事を。
「……なるほどなるほど。だけど、レイシア古語は今は使われていない言語だ。それすらも解るというのは実に面白いね」
「レイシア古語?」
「既に何千年も前に滅んだレイシア帝国という国があってね、そこで使われていた言語のことだよ。今では滅多に知っている人のほうが少ない、かなり古い言語なんだ」
クラウスさんの説明を引き継ぐように、エルが言葉を繋いだ。
「実は魔術記号や呪文は、このレイシア古語が下敷きになっているものが多いんです。でも今は古代魔術を使える人間も少ないですし、魔術で使う古語もかなり形を変えてしまっていますから、現代では研究者以外で知っている人間は少ないでしょうね」
「それで、さっき言っていた世界の祝福って?」
クラウスさんは何かを思い出すように空を見つめると、スッと息を吸った。
「古代レイシア帝国時代の古い書物にこういう記述があるんだ。
“異なる世界より招かれし稀人、其は与えられし変革、正しく世界の祝福なり”ってね」