第13話 目覚め
『ようやく……目覚め始めたか』
その声は、頭の奥から直接響いていた。
低い。
冷たい。
でも、監視者とは違う。
もっと“生きている”感じがした。
「……誰だ」
思わず呟く。
「え?」
少女が振り向く。
「いや……」
聞こえてない?
周囲を見ても、誰も反応していない。
つまり、この声は俺だけに。
『まだ不完全だな』
声が続く。
『感情に引っ張られすぎている』
「ふざけんな……」
思わず返す。
今まで全部、感情がきっかけだった。
怒り。
恐怖。
拒絶。
それがなきゃ何も起きない。
『当然だ』
声は静かに言う。
『お前は“感情そのもの”で世界へ干渉している』
その瞬間。
背筋が冷えた。
今までの出来事が繋がる。
契約が壊れる。
固定が崩れる。
感情を強く持った瞬間だけ、世界が揺れる。
『契約は世界を固定する』
『だが感情は、本来固定できない』
声が少しだけ笑った気がした。
『だから恐れられた』
「……お前、何者なんだよ」
返事はなかった。
代わりに。
『右だ』
「え?」
反射的に身体を動かす。
次の瞬間。
銃弾が、さっきまでいた場所を貫いた。
「っ!?」
下の建物。
追ってきていた武装集団の一人が、屋上から狙撃していた。
「避けた!?」
男が驚く。
俺も驚いていた。
今の、完全に分かってた。
撃たれる前に。
『まだ浅いが、“揺れ”は感じ取れるようだな』
声が言う。
『感情は契約より先に動く』
意味は分からない。
でも。
身体は理解していた。
危険が“分かる”。
世界の固定が“見える”。
「君!」
少女が叫ぶ。
「止まると囲まれる!」
「……っ!」
走る。
屋上を飛び越える。
背後から銃声。
契約弾。
だが、今度は見えた。
弾丸の周囲に、黒い紋様。
契約固定の軌道。
「……そこか」
自然と身体が動く。
避ける。
飛ぶ。
屋上の端を蹴る。
自分でも信じられない動きだった。
「なんでそんな動けるの!?」
少女が叫ぶ。
「知らねぇよ!」
本当に知らない。
でも。
感情が高まるほど、“世界が遅くなる”。
固定された流れが見える。
『目覚め始めている証拠だ』
声が淡々と言う。
『だが今のお前は、まだ壊すことしかできない』
その言葉が妙に引っかかった。
「……壊す?」
『拒絶だけでは、いずれ自壊する』
「何の話だよ」
『今はまだ知らなくていい』
その瞬間だった。
空気が変わる。
ぞわ、と全身が粟立つ。
「止まれ」
声が言う。
『前を見るな』
「は?」
だが、反射的に見てしまった。
そして。
息が止まる。
前方の屋上に、“誰か”が立っていた。
白い外套。
銀色の仮面。
そして、周囲に浮かぶ無数の契約紋様。
今までの連中とは格が違う。
「……あれ」
少女の顔色が変わる。
「嘘でしょ」
「知ってるのか?」
「契約庁直属、“執行官”」
執行官。
その単語だけで、空気が凍る。
白い外套の人物が、ゆっくりこちらを見る。
仮面越しなのに、視線が刺さる。
「確認した」
低い声。
「黒色反応保持者」
その瞬間。
周囲の空気が“固定”された。
「……っ!?」
身体が重い。
動けない。
空間そのものが固まっていく。
「領域固定……!」
少女が歯を食いしばる。
「まずい、これ逃げられない!」
執行官が、一歩前へ出る。
空中に巨大な契約式が展開される。
監視者ほどではない。
だが、人間が扱う規模じゃない。
「抵抗は無意味」
淡々とした声。
「感情干渉型は危険指定されている」
感情干渉型。
それが俺の分類か。
「従え」
「拒否した場合、人格固定を実行する」
人格固定。
その言葉に、背筋が冷える。
「……断る」
即答だった。
執行官が静かに首を傾ける。
「理由を問う」
「勝手に人を決めるな」
胸の奥が熱くなる。
「お前らは、全部固定しようとする」
「怒るな」
「逆らうな」
「感情を消せ」
一歩前へ出る。
固定された空間が軋む。
「そんなの、生きてるって言わねぇだろ」
その瞬間。
執行官の周囲の契約式に、ひびが入った。
「……」
初めて、執行官が沈黙する。
少女が息を呑む。
「領域固定を……押し返してる?」
俺は止まらない。
胸の熱が強くなる。
右目が熱い。
黒いひびが、視界の端へ広がっていく。
『制御しろ』
頭の中の声が言う。
『今のままでは暴走する』
「知るかよ……!」
怒鳴った瞬間。
世界が、ひっくり返った。
空気が割れる。
執行官の契約式が、一斉に砕け散る。
「な――」
執行官が初めて動揺する。
その瞬間だった。
俺の右目から、黒い光が走った。
一直線に。
執行官へ向かって。
【次回予告】
次回、第14話「黒の感情」
契約を壊す力は、ついに“攻撃”として世界へ現れ始める。




