8話 交渉という名の「公開処刑」
かつて私を「悪女」と呼び、婚約破棄を突きつけたあの王宮の謁見の間。
皮肉なことに、私は再びその扉の前に立っていた。
だが、前回と決定的に違うのは、私の背後に控える面々だ。
右には、領地開発で野生の猛獣のような精悍さを身につけたアルヴィス。左には、眼鏡の奥に冷徹な計算を宿したディートリヒ。そして後ろには、私の「覇道」を支える有能な事務官たちが、分厚い帳簿と契約書を武器のように抱えて並んでいる。
ギィィ……と重厚な扉が開く。
上座には、顔色の悪い国王と、焦りを隠せないエリオット王太子。そしてその傍らで震えるリリィ。
「……よく来たな、セシリア。辺境での君の活躍、風の便りに聞いているぞ」
エリオットが、精一杯の威厳を保とうとして口を開いた。だが、その声は微かに震えている。
「殿下、お久しぶりですわ。……お顔の艶がよろしくありませんわね。王宮の予算不足で、美容にかけるマジックアイテムも買えなくなりましたの?」
「な……っ! 不敬だぞ! ……いいか、セシリア。今日は、君の持ち込んだ『ローゼン・オイル』について、王家としての裁定を言い渡すために呼んだのだ」
エリオットは一つ咳払いをし、仰々しく書面を広げた。
「君が開発したそのオイルは、王国のエネルギー市場を混乱させている。よって、王家は公共の利益を鑑み、その製造法および独占販売権を『接収』することに決めた。……もちろん、タダとは言わん。君を私の側室として迎え、ローゼンバーグ家の地位も安泰にしてやろう。これで文句はないだろう?」
……静寂。
私の後ろに控えるアルヴィスの拳が、ミシリと鳴った。ディートリヒの周囲には、物理的な殺気が渦巻いている。
だが、私はただ、優雅に扇子を広げて口元を隠した。
「……プッ。ふふ……あははははは!」
「……何がおかしい!」
「おかしくて涙が出ますわ、エリオット殿下。貴方のその『おめでたい脳内収支』。……接収? 側室? 冗談は顔だけになさってくださる?」
私は一歩、また一歩と、玉座に向かって歩を進めた。
衛兵たちが遮ろうとするが、アルヴィスの一瞥だけで、彼らは石のように固まった。
「いいですか、殿下。現在、王都の魔導灯、王宮の厨房、騎士団の演習場……そのすべてのエネルギー供給源は、我がローゼンブルク領のオイルに依存しています。……そして、その代金支払いの延滞金。王家が我が家に負っている債務は、本日時点で一億二千万ゴルドに達していますわ」
「一……一億……!? バカな、そんな数字!」
「カイル様、計算書を」
私が合図すると、いつの間にか私の陣営に加わっていた宰相の息子・カイルが、スラスラと数値を読み上げ始めた。
「……正確には、一億二千五百三十万ゴルドです。殿下がリリィ様のために浪費した遊興費、および魔石ギルドへの無駄な補助金が、利息を含めて雪だるま式に膨れ上がっています。……殿下、今の王家に、この債務を即座に返済する能力は……『ゼロ』です」
カイルは眼鏡をクイと上げ、哀れみすらこもった目でエリオットを見た。
「な……カイル! 貴様までセシリアの側に!」
「私は『数字』の側にいるだけです。……殿下、貴方はもはや、セシリア様に条件を出せる立場にはない」
私は、絶望に染まるエリオットを冷徹に見下ろした。
「条件を出しているのは、私の方です。……一つ、王家はローゼンブルク領の完全なる独立と、独自通貨の発行権を認めること。二つ、今後百年に渡り、我が領地からの輸入品に関税を一切かけないこと。……そして三つ」
私は、エリオットのすぐ目の前まで顔を寄せた。
「二度と、私の視界にその『無能な顔』を入れないこと。……わかったかしら、不良債権の塊?」
「……っ……ぁ……」
エリオットは、あまりの気圧に椅子から転げ落ちそうになった。
だが、屈辱に震える彼の瞳は、恐怖を通り越して、ある種の「恍惚」に囚われていた。
(……なんだ、この感覚は。今まで誰も、私をここまで叩きのめした者はいなかった。……セシリア、お前は……お前こそが、真に私を支配すべき……)
「寄るなイケメンっ! 思考のゴミを私に飛ばさないで。……さあ、国王陛下。サインをいただけますわね?」
青ざめた国王は、震える手で独立承認の印章を捺した。
こうして、一介の「悪役令嬢」は、自らの手で「王」を経済的に屈服させたのである。




