4話 辺境領地は「宝の山」でした
ガタゴトと馬車に揺られること三日。
辿り着いた「ローゼンブルク領」の光景は、一言で言えば「倒産寸前の零細企業」だった。
ひび割れた大地、倒壊しかけた民家。そして何より、住民たちの目に宿る絶望の影。
出迎えたのは、かつて父に左遷されたというヨレヨレの老代官、ギルバートだ。
「……セシリアお嬢様。よくぞこんな地獄へ。見ての通り、ここは魔石の採掘も底をつき、土壌は汚れ、明日食うパンにも事欠く有様です。王都の華やかさが恋しくなる前に、お引き返しを……」
ギルバートが力なく首を振る。
だが、私は馬車から降り立ち、肺いっぱいに辺境の空気を吸い込んだ。
「……素晴らしいわ」
「えっ?」
「この空気の重み……高濃度の魔力残渣ね。そしてあの山。地質学的に見て、特殊な熱源が眠っているはずだわ。……ギルバート、ここは『地獄』なんかじゃない。磨けば光る『ダイヤモンドの原石』よ」
私は前世で培った、プロジェクトの勝算を見極める「鑑定眼」で周囲をスキャンする。
確かに食料自給率はゼロに近い。だが、ここには王都では高値で取引される「魔導熱水(温泉)」の兆候と、希少な魔力触媒となる植物が自生している。
「マックス、すぐに測量班を出して。アルヴィス、貴方はそこの騎士たちをまとめなさい。やる気のない顔をしている奴は、私の前に引きずり出して。……三十分以内に」
「はっ! かしこまりました、セシリア様!」
アルヴィスが、無駄にキレのある動きで駐屯地へと駆け出す。
彼は道中、私が「荷物の積み方が甘い」「移動効率が悪い」と叱り飛ばすたびに、「……なんて合理的なんだ! 俺の無駄を削ぎ落としてくれる!」と顔を輝かせていた。もはや手遅れのポジティブモンスターだ。
私は、不安そうに遠巻きで見ている領民たちの前で、一段高い岩の上に立った。
「聞きなさい、ローゼンブルクの民たちよ!」
私の声が、魔力に乗って領地に響き渡る。
「私は本日をもって、この地の全権を掌握しました。これまでの無能な統治は終わりです。私の下で働く者には、相応の対価と、明日を生きる保証を与えます。……ただし、一つだけ条件があるわ」
私は冷徹な笑みを浮かべた。
「私の指示は絶対よ。甘えも、妥協も、非効率も認めない。……私についてくる覚悟があるなら、一週間以内に『飢え』という言葉を辞書から消してあげるわ」
領民たちがざわつく。
そこへ、一頭の巨大な魔狼が森から飛び出してきた。飢えた魔物が、新入りの「獲物」を狙って襲いかかってきたのだ。
「セシリア様、危ない!」
アルヴィスが剣を抜こうとしたが、私はそれより早く、右手をそっとかざした。
「……邪魔よ。定時退社(業務終了)の邪魔をしないで」
私の指先から放たれたのは、圧縮された超高密度の魔弾。
ドォォォォン! という爆音と共に、魔狼の眉間が正確に撃ち抜かれ、背後の岩山ごと粉砕された。
静寂が訪れる。
私は煤ひとつついていない手袋を整え、事も無げに続けた。
「今の魔物、素材価値が高いわね。解体班、すぐに回収して。毛皮は防寒具に、肉は今夜の配給に回します。……さあ、仕事(覇道)の時間よ」
領民たちは、その圧倒的な武力と、「魔物を即座に資源として計算する」異常なまでの冷静さに、恐怖を通り越して「救い」を見出した。
「お、おお……。これこそ、俺たちが待ち望んでいた『強き指導者』だ……!」
「セシリア様! 万歳! セシリア様!」
沸き起こる歓声。
だが、私は冷めた目で彼らを見ていた。
(……やだ、ただの福利厚生の一環なのに、何この熱狂。……まあいいわ。忠誠心は最高の労働意欲に繋がる。コストパフォーマンスとしては最高ね)
その夜、私は領主館のボロボロの机で、深夜まで「領地再建計画」を書き上げていた。
私の覇道は、まだ始まったばかり。
その頃、王都では。
セシリアのいない夜会で、エリオット王子たちが虚無感に襲われていた。
「……セシリアがいないと、ワインがまずい。……誰にも叱られない夜が、こんなに寂しいなんて……」
「……彼女の罵倒が足りない。僕の脳が、彼女の論理的な否定を求めている……」
セシリアが捨てた「不良債権」たちは、彼女の圧倒的な存在感という名の「依存症」にかかっていたのである。




