19話 砂漠の金は「砂」に等しい
北の軍事帝国ガリアを「吸収合併」し、ローゼン・ホールディングスの北ガリア支社へと再編してから一週間。私のデスクには、次なる「不採算国家」のデータが積み上がっていた。
「……マックス。この南方の商業国家フェルゼン。彼らの自慢は『世界最大の金保有量』だそうだけど、バランスシートを見る限り、資産の流動性が著しく低迷しているわね。金塊を地下に眠らせて悦に浸るなんて、中世のドラゴン並みの経営感覚だわ」
「左様で。彼らの商法は、砂漠のオアシスという独占資源を盾に、旅人から法外な通行税を毟り取る『ゆすり・たかり』の延長です。……ですが、CEO。彼らから一通、非常に『高慢な』招待状が届いております」
差し出されたのは、金粉がまぶされた悪趣味なほど重い招待状だ。
『ローゼン・ホールディングス代表、セシリア殿。貴殿のオイル事業は興味深いが、砂漠の掟は金が作る。我が国の金本位制に跪くなら、オアシスの水一杯を金貨一袋で売ってやろう』
「……プッ、クスクス。水一杯を金貨一袋? ……面白いわね。フェルゼンの商人王は、自分の足元が『砂』でできていることを忘れているのかしら」
私は立ち上がり、壁に投影された地形データを拡大した。
「カイル。フェルゼン全域の地質調査結果は?」
影から音もなく現れたカイルが、端末を操作する。
「完了しています。……驚くべきことに、フェルゼン全土を潤す七つのオアシス、その地下水脈の源流はすべて……我がローゼンブルク領から続く北部の連峰に集中しています」
「……完璧ね。マックス、直ちにプロジェクト『ドライ・デザート』を始動なさい。源流地点に、我が社特製の『魔導吸水ダム』を二十四時間以内に建設。一滴の漏れもなく、水をせき止めるのよ」
「……フェルゼンを干上がらせるのですか?」
「人聞きが悪いわね。私はただ、『資源の適切な棚卸し』をするだけよ。……これまで無償で流していた水が、どれほどの資産価値を持っていたか……彼らに身をもって教育してあげるの」
二十四時間後。
フェルゼン王国の中心地、黄金の都エリュシオン。
そこでは、信じられない光景が広がっていた。数千年間、一度も枯れたことのない「聖なる泉」が、音を立てて干上がり、底に溜まった泥がひび割れていく。
「な、何が起きたのだ! 神の怒りか!? 早く、代わりの水を運んでこい!」
商人王ザッハークが、脂ぎった顔を歪めて叫ぶ。しかし、井戸を掘っても出てくるのは熱い砂ばかり。街中の貯水槽は空になり、黄金のカップに注ぐべき水がない。
そこへ、空から巨大な魔導飛行船『ローゼン・キャリア』が姿を現した。
船体には、私の巨大なポートレートと『水、あります。一リットルにつき金貨一〇枚(時価)』という広告が冷酷に踊っている。
「……セ、セシリア・ヴァン・ローゼンバーグ! 貴様の仕業か! この悪魔め!」
拡声魔法を通じて、私の声が砂漠の空に響き渡る。
『あら、ザッハーク様。……悪魔だなんて、せめて「敏腕経営者」と呼んでくださる? ……貴方の国では、水一杯が金貨一袋なのでしょう? 私はその半額で売ってあげると言っているのよ。……とってもリーズナブル(合理的)だと思わないかしら?』
「くっ……! 全財産を差し出せというのか!」
『いいえ、財産なんて興味ないわ。……私が欲しいのは、フェルゼン全土の「地下水利権」と、全貿易ルートの「管理権」。……そして、貴方のその黄金の王宮。……あそこ、ちょうど我が社の「サウナ施設」に改装しようと思っていたのよ』
その時、飛行船の甲板で、上半身裸のアルヴィスが巨大な氷の塊(自社製)を担いでポーズを決めていた。
「セシリア! この氷を地上に投下して、衝撃で人工的な雨を降らせるデモンストレーションか!? 俺の筋肉が、砂漠に恵みの雨をもたらしてやるぞ!」
「寄るなイケメン! 貴方の熱気で氷が溶けたら、輸送ロスが発生するでしょうが! ……今すぐその氷を抱いたまま砂漠のど真ん中に飛び降りて、自らの体温で氷が溶けるまでの時間を計測する『耐久実験』に従事しなさい!」
「……っ! 灼熱の砂漠で氷の抱擁! なんという甘美な拷問だ! 逝ってきます、セシリア様ッ!!」
彼はそのまま「ドーン!」という轟音と共に砂丘へ激突した。……放置でいいわ。
「……さて、ザッハーク様。……選択肢は二つ。……私の下請けになって生き延びるか、その金塊を抱いたまま干物(不良在庫)になるか。……三、二、一——」
「ま、待て! 降参だ! 契約書にサインする! だから、水を……その、冷たいローゼン・ウォーターをくれええ!」
フェルゼン王国。大陸随一の富を誇ったその国は、一滴の水を求めて、全国家機能をローゼン・ホールディングスに譲渡(譲渡)した。




