17話 ハイパーインフレの調べ
ガリア帝国へのオイル供給を停止してから、わずか四十八時間。
ローゼン・タワーのモニターには、北の大地に広がるパニックの光景がリアルタイムで映し出されていた。
街灯は消え、工場は沈黙し、魔導列車は線路の途中で鉄の塊と化して立ち往生している。そして何より、市民たちが手にしている紙幣――ガリア帝国発行の「インペリアル・マルク」が、文字通り紙屑と化していく様子が、株価チャートの垂直落下として示されていた。
「……マックス。ガリアのパンの価格、現在は?」
「一斤で一万二千マルクです。昨日の朝の、およそ六百倍。……もはや、パンを買うためにリヤカー一杯の札束を運ぶより、その札束を燃やして暖を取る方が熱効率が良いという冗談のような状況ですな」
私は、最高級のダージリンを一口啜り、溜息をついた。
「……無能ね。自国通貨の信用をオイル一本で担保していたなんて。経営基盤が脆すぎるわ。……それで、皇帝陛下のご様子は?」
「はい。現在、皇帝ルーデンスは『軍事介入』を閣僚に命じておりますが……。肝心の戦車も魔導鎧も、燃料がなくて一歩も動けません。……さらに、兵士たちの給与振込先である我が社の決済アプリ『ローゼン・ペイ』に、システム障害(という名の意図的な凍結)が発生しておりまして。……現在、ガリア軍の離職率は一時間ごとに一二パーセントずつ上昇中です」
私は、手元のホログラム・ディスプレイをスワイプした。
そこには、空腹に耐えかねたガリア兵たちが、武器を捨てて「ローゼンブルク臨時炊き出し所」へ並ぶ姿が映っていた。そこでは、リリィがプロデュースした「あざといスマイル付き特製炊き出しセット」が、ガリアの全軍事機密と引き換えに配られている。
「……リリィ、いい仕事をしているわね。……あの子の『無自覚な搾取』は、時として私の論理よりも残酷だわ」
その時、執務室の直通回線がけたたましく鳴り響いた。
モニターに映し出されたのは、あまりのストレスで髪が真っ白になったガリア帝国の外務大臣だ。
『セ、セシリア・ヴァン・ローゼンバーグ! 貴女は何を考えているんだ! これは非人道的な経済虐殺だ! 今すぐ供給を再開しろ! さもなければ、国際連盟に訴えるぞ!』
「あら、外務大臣。……国際連盟? 奇遇ね。……あそこの事務総長、先月の理事会で私の『個人融資』を受けたばかりよ。……訴状が受理されるのに、そうね……およそ三百年はかかると思ってちょうだい」
『な、なんだと……っ!』
「それより、大臣。……貴方の後ろにある、その豪華な金縁の額縁。……それ、我が社の『美術品リース契約』の対象外だったかしら? ……今この瞬間をもって、その額縁を含むガリア王宮内の全動産の『即時返済』を要求するわ。……支払えないなら、その椅子から立ち上がってくださる? それも我が社の資産よ」
大臣が椅子から転げ落ちる。その滑稽な姿を眺めながら、私は冷徹に最後通牒を突きつけた。
「……いいですか。ガリア帝国という『商品』は、もはや市場価値がゼロ……いえ、負債なの。……救ってほしければ、プライドという名の不燃ゴミを捨てなさい。……一時間後、貴方の皇帝を連れて、我が社の『受付』に並ぶこと。……もちろん、一般客の列の最後尾によ?」
通信を遮断する。
背後で、カイルが影から音もなく現れた。
「セシリア様。……ガリアの過激派が、貴女の暗殺を企てて国境を越えようとしています。……いかがいたしますか?」
「……暗殺? コストがかかるわね。……カイル、その暗殺者たちの『実家の住所』を特定して。……彼らの親が組んでいる住宅ローンの金利を、今すぐ上限まで引き上げなさい。……親の泣き顔を見れば、仕事どころじゃなくなるはずよ」
「……畏まりました。……相変わらず、血を流すより深い傷を負わせるお方だ」
私は、再びペンを執った。
ガリア帝国という、歴史ある「大企業」の解体ショーは、いよいよ佳境。
次に私が手にするのは、彼らの「領土」という名の固定資産だ。
「……寄るなイケメン! アルヴィス、貴方もよ! 覗き込んでいないで、発電機をあと一〇〇〇回転上げなさい! ガリアを吸収した後のサーバー負荷を、今のうちに稼いでおくのよ!」
「……っ! 銀河一厳しい上司だ! 全力で回すぞ、セシリアッ!!」
王都に響くタービンの音。
それは、古い時代の終焉と、新たな「経済覇権」の産声でもあった。




