15話 覇道を極めしその先に
北の軍事帝国ガリアの鉄騎兵一万が、ローゼンブルク経済特別帝国の国境線に到達した。
大地を揺らす蹄の音、陽光を反射する無敵の魔導合金。彼らはこれまで、その圧倒的武力で数多の小国を蹂躙し、歴史を塗り替えてきた。
対するローゼンブルク側。そこに軍隊の姿はない。
ただ一人、タキシード姿の執事マックスが、国境のゲートの前にポツンと机を置いて座っていた。
「止まれ! 我が帝国軍の進軍を阻む者は、何人たりとも容赦せん!」
ガリアの将軍、ボロディンが咆哮する。だが、マックスは眉一つ動かさず、手元の懐中時計を確認した。
「……ちょうど三時間。エリオット様が貴公らの陣営で『ゴミ拾い外交(時間稼ぎ)』を終えられた時刻ですな。……では、CEOより伝言です」
マックスが指を鳴らす。その瞬間、信じられない光景が広がった。
進軍していた一万の鉄騎兵の鎧から、ブシュゥゥゥ……と蒸気が噴き出し、全ての駆動音が停止したのだ。
「な、なんだ!? 動かん! 馬(魔導機馬)が動かんぞ!」
「報告します! 鎧の制御OSに『未払いライセンス料の催促』という警告文が表示され、全機能がロックされました!」
混乱する兵士たち。そこへ、上空に滞空していた巨大な魔導飛行船から、私の声が魔法拡声器を通じて降り注いだ。
『ガリア帝国の諸君。……無断で我が社の特許技術を使用するのは、重大なコンプライアンス違反よ。……今この瞬間をもって、貴方たちの全装備は「差し押さえ」対象となりました』
私は飛行船のテラスから、眼下の「鉄の塊」と化した軍勢を見下ろした。
『それから、将軍。貴方の本国にあるガリア中央銀行は、五分前に我が「ローゼン・ホールディングス」によって買収完了したわ。……つまり、貴方たちの給与振込口座は現在凍結中。……これ以上一歩でも進めば、貴方たちの家族の住宅ローンも即座に一括返済を要求するけれど、どうかしら?』
「ば、馬鹿な……! 剣を交えずして、我が帝国を破産させたというのか……っ!」
ボロディン将軍がその場に崩れ落ちる。
戦争。それは前世のビジネス界においても、最も効率の悪い資源消費だった。私はただ、彼らの兵站を私の掌の中に書き換えただけ。
『……さあ、賢明な判断を。……今すぐ降伏して我が社の「物流部門・下請け業者」として再雇用契約を結ぶなら、今日の夕食代くらいは経費で落としてあげてもいいわよ?』
数分後。一万の無敵の鉄騎兵は、武器を捨てて「ローゼンブルク配送センター」の作業着を着用し、整列した。
これが、歴史上最も「低コスト」で終わった世界大戦の結末だった。
博覧会の最終日。ローゼン・タワーの頂上にある空中庭園。
私は、全人類の称賛と、そして相変わらず暑苦しい視線を送ってくる「不良債権」たちに囲まれていた。
「セシリア! 君こそが真の救世主だ! 世界を一つの経済圏で結び、争いを根絶した……ああ、なんて偉大な女性なんだ!」
エリオットが、ゴミ拾いで鍛えられた逞しい腕を広げて叫ぶ。
「……エリオット。貴方、まだゴミが一個落ちているわよ。……それからアルヴィス、ディートリヒ、カイル。……貴方たちも、いつまでそこに突っ立っているのかしら? 次の四半期報告書の準備は終わったの?」
私が冷たく言い放つと、彼らは一斉に幸せそうな顔で跪いた。
「「「もちろんです、CEO(セシリア様)!!」」」
「……はぁ。寄るなイケメンっ! 私は私の道を行くって言ったでしょ! ……愛だの恋だの言っている暇があったら、月面開拓の収支シミュレーションを出しなさい!」
私は踵を返し、さらなる高みへと続く階段を上り始めた。
王妃になんてならなくてよかった。
悪役令嬢として破滅しなくてよかった。
私は、前世でも辿り着けなかった「世界の管理者」という地位を、この手で掴み取った。
背後では、誰が一番先に私に叱られるかを競い合うイケメンたちの騒がしい声。
足元には、私の発行した通貨で潤い、平和を享受する世界。
「……マックス。次のアジェンダ(議題)は?」
「はい。……『全人類の幸福度の数値化と、その利益還元計画』についてでございます」
「……ふん。いいわ。……ただし、私の取り分は七割。……いいわね?」
私は不敵に微笑み、紅い夕日に染まる世界を見つめた。
覇道を極めし悪役令嬢、セシリア・ヴァン・ローゼンバーグ。
彼女の「効率化」という名の征服劇は、もはやこの星だけでは収まりそうにない。
——寄るなイケメン! 私の未来に、貴方たちの入る余地はないのだから!




