13話 仕事の邪魔よ、恋の罠
万国博覧会の成功により、ローゼンブルク経済特別帝国は名実ともに大陸の心臓部となった。
『ローゼン・フォン』の普及率は、発売からわずか三日で主要都市の人口の四割を超え、世界中の情報が、私のデスクにあるマザー・クリスタルへと秒単位で集約されている。
「……ふむ。東方の穀物相場が三パーセント下落。北方の鉄鋼ギルドでストライキの兆候あり、か。……マックス、先手を打って鉄鋼の在庫を買い占めて。一週間後、彼らが泣きついてきたら倍値で売りつけるわ」
深夜二時。ローゼン・タワー最上階の執務室。
私は、魔導オイルの微かな燃焼音だけが響く静寂の中で、冷徹に「世界を最適化」していた。前世でも、この時間帯の孤独な意思決定こそが、数兆円の利益を生む源泉だった。
だが、今の私には「静寂」を許さない、極めて高コストなノイズがつきまとっている。
カチャリ、と窓の鍵が開く音がした。ここは地上五百メートル。当然、鳥か暗殺者以外に侵入できる場所ではない。
「セシリア様。……今夜は月が綺麗ですね。貴女の瞳に映る、魔導オイルの虹彩よりも」
現れたのは、宰相の息子カイルだった。彼は王都での激務を放り出し、いつの間にか「セシリア様専用・夜間セキュリティ顧問(自称)」を名乗り、自作の飛行魔導具で私の部屋に不法侵入することを日課にしていた。
「……カイル。貴方、侵入罪で訴えられたいのかしら? それから、その詩的なセリフ。一文字あたりの生産性がゼロだわ。……今すぐそこにある、三千件の苦情処理メールを仕分けて。……三十分でね」
「……っ。三千件を三十分。……なんて甘美な無茶振りだ。脳細胞が歓喜に震えているよ、マイ・プレジデント」
カイルは眼鏡を冷酷に光らせると、猛スピードでキーボード(魔導入力機)を叩き始めた。その速度は、熟練の事務官十人分に匹敵する。有能なのは認めざるを得ないが、そのモチベーションの源泉が「私にこき使われること」であるのが、最大の問題だ。
ふと視線を落とすと、私の机の脚元で、アルヴィスが奇妙な体勢で固まっていた。
「……アルヴィス。貴方、そこで何をしているの?」
「セシリア様! 〇・〇一ミリのブレも許さない、完璧な執筆環境を提供するため、俺の広背筋で机の脚を固定しているところだ! ……さあ、遠慮なくペンを走らせてくれ! 俺の筋肉が、貴女の覇道を支える礎となる!」
「……机の水平器なら、もう魔法で固定してあるわ。貴方の筋肉は、今この瞬間、完全なデッドストック(在庫過剰)よ。……邪魔だから、そこにあるローゼン・フォンの基地局アンテナを素手で支えていて。……感度が上がるまで、一歩も動かないでね」
「アンテナ……! 電波を全身で受け止めるというのか! 最高のトレーニングだ! お任せを!」
……もう、嫌。
私が深いため息をつくと、扉からひょっこりとリリィが顔を出した。
「セシリア様ぁ! 朗報ですぅ! セシリア様の公式ファンクラブ『覇王に踏まれ隊』の、今月の会費徴収額が、目標の一億ゴルドを突破しましたぁ! あと、エリオット様がゴミ拾いの合間に書いた『セシリア様称賛ポエム』が、全米……じゃなくて全大陸でベストセラーになってますぅ!」
「……そのファンクラブ、今すぐ強制解散させなさい! あと、エリオットにはゴミ拾いのノルマを三倍にして、ポエムを書く指の筋肉を奪ってきなさい!」
有能すぎる変態たちに囲まれ、私の覇道は「最高効率」と「極限カオス」の狭間で迷走し始めていた。
だが、そんな平和(?)な日常を壊す、真の「経営リスク」が北の空から近づいていた。




