12話 ローゼン・フォン、世界を繋ぐ(物理)
万国博覧会の会場は、人々の熱気と魔導オイルの香ばしい匂いに包まれていた。
会場中央に設置された、ローゼン・タワーを模した特設ステージ。そこには大陸中から王族、大商人、そして名だたる魔導師たちが集結し、一人の女性の登場を今か今かと待ちわびていた。
「皆様。……手紙が届くのを何日も待ち、便りが途絶えて不安に夜を過ごす……そんな原始的な時代は、今日で終わりです」
スポットライトを浴びて現れた私の姿に、会場から地鳴りのような歓声が上がる。
私は、手に持った手の平サイズの水晶の板——『ローゼン・フォン』を掲げた。
「この板一つで、遠く離れた恋人の声も、市場の最新相場も、一瞬で手に入ります。……さあ、世界を手の平に収める準備はよろしくて?」
会場がどよめきに包まれる中、私はデモンストレーションを開始した。
ステージ上の巨大スクリーンに、数百キロ離れたローゼンブルク領内の訓練場にいるディートリヒの姿が映し出される。
『……聞こえるか、セシリア。君の声が、この耳元ではっきりと……。ああ、素晴らしい。まるで君の冷徹な吐息が直接耳朶を打っているようだ』
スクリーンの中のディートリヒは、頬を赤らめ、ローゼン・フォンを愛おしそうに頬に押し当てていた。
『……このまま君の罵倒を二十四時間ライブ配信してくれないか? 月額一万ゴルド……いや、俺の全財産を課金してもいい。君に「無能」と呼ばれるためだけに、俺はこの端末を持ち歩こう』
「……通信終了。ディートリヒ、貴方は公衆の面前で我が社の企業イメージを毀損したわ。……帰国後、減給と十時間の正座よ」
私は即座にスイッチを切った。
本来なら通信失敗と言われかねない挙動だが、観衆は違った。
「おお……! なんという決断の速さ! そして、あの騎士を黙らせる圧倒的な強制終了! これこそが我が国に必要な機能だ!」
「セシリア様! その魔導具、我が国ですべて買い取りたい!」
「独占販売権を! 我が商会に独占販売権をください!」
群がる男たち。彼らの目には金と欲望、そして壇上の私への畏怖が入り混じっている。
これよ。この、人々の欲望を掌の上で転がす感覚。前世でシリコンバレーの猛者たちを跪かせた時と同じ高揚感が、私の背筋を駆け抜ける。
その時。会場の後方から、人混みをかき分けて一人の男が叫びながら走ってきた。
「待て! その女は私の婚約者……だったはずの女だ! 優先権は、誰よりも先に私が持つべきだ!」
現れたのは、最近すっかり影の薄くなっていたエリオット王子だった。
かつての煌びやかな礼服はどこへやら、今の彼は、なぜかローゼンブルク領の作業員が着る安価なジャンパーを羽織っている。隣にいたはずのリリィの姿はない。
「……エリオット殿下。以前、貴方のプライドを二束三文で買い叩いたはずですが。……まだ何か『売れるもの』が残っているのかしら?」
「あ、ああ……。私は……私は、君に捨てられてから気づいたんだ! 甘い言葉を囁き合い、リリィと愛を語る日々がいかに退屈だったかを! 私は、君に正論で殴られ、数字で詰められ、一睡もさせずに書類仕事を命じられる……あの日々こそが、真の幸せだったと! セシリア、頼む、私を君の……君の『社畜』にしてくれ!」
……静まり返る会場。
王都の最高権力者が、大勢の前で膝をつき、求婚ならぬ「求職」を叫んだ。
「寄るなイケメン! ……と言いたいけれど、今の貴方の資産価値はマイナスよ。……ただし、この博覧会会場の『ゴミ拾い担当』なら空きがあるわ。時給は一ゴルド。もちろん、残業代は一分単位で切り捨てるわよ? どうかしら?」
「一ゴルド……! 安い……安すぎる! 最高の搾取だ! 喜んでやらせてもらおう!」
エリオットは、まるで至高の栄誉を授かったかのように、輝く笑顔でゴミ袋を手に取った。
人々は、かつての婚約者を一瞬で最低賃金の労働力へと変えるセシリアの圧倒的な「覇王の器」に、ただただ平伏するしかなかった。
「……マックス。エリオットの働きぶりをローゼン・フォンで生配信しなさい。タイトルは『転落王子:一ゴルドからの再出発』よ。……アクセス数で一千万ゴルドは稼げるわね」
「畏まりました、CEO。……悪魔的な収益モデルですな」
こうして、博覧会は私の完全な勝利で幕を開けた。
世界中の人々の懐から「通信費」という名の名目上の税金を徴収する。そのシステムが、今この瞬間から稼働し始めたのだ。




