11話 博覧会は「宣戦布告」の香り
ローゼンブルク経済特別帝国。かつて魔物が徘徊していた辺境は、今や昼夜を問わず魔導オイルの灯が消えない、大陸一の不夜城となっていた。
その象徴たる「ローゼン・タワー」の最上階、地上五百メートルの位置にあるCEO室。窓の外には、緻密な都市計画に基づいて配置された魔導工場の煙突が、整然と煙を吐き出している。
「……ふむ。西の商業国家フェルゼン、東の軍事帝国ガリア。どちらも我が社の『ローゼン・オイル』なしでは冬を越せない体質になったわね」
私はホログラム式の投影地図に指先を滑らせ、物流の動脈を赤い光で染めていく。
王家を事実上の「子会社」として傘下に収めてから三ヶ月。私の覇道はもはや一国の枠を超え、大陸全土のエネルギー利権を掌握しつつあった。前世で、敵対的買収を仕掛けてきた多国籍企業を返り討ちにし、その取締役会を三十分で解散させた時に比べれば、この程度の版図拡大は想定内の進捗だ。
だが、成功には常に「ノイズ」がつきまとう。それも、極めて厄介で、物理的な強さを伴うノイズが。
「セシリア様! 失礼します!」
秘書のギルバートが、息を切らして駆け込んできた。彼の持つタブレット(もちろんローゼン社製)には、警告灯が点滅している。
「どうしたの、ギルバート。一秒につき一万ゴルドの機会損失を発生させている自覚はあるかしら?」
「申し訳ありません! ですが、緊急事態です! 隣国ガリア帝国の特使が、通商条約の更新……実質的なオイル価格の引き下げ交渉のために、正門前まで来ているのですが……」
「それが何か? 妥当な要求なら、アルゴリズムで弾きなさい。不当な要求なら、ガードマンに追い返させればいいでしょう」
「そのガードマン……アルヴィス殿が、特使を『物理的に』排除してしまったのです! 『セシリア様は今、重要な経営戦略を練っている最中だ! その神聖な時間を奪う無能な男は、この俺が引導を渡してやる!』と叫んで、特使の馬車ごと城壁の外へ投げ飛ばしてしまいました!」
私は手に持っていた羽ペンを折った。
「……あの不良在庫、また勝手な福利厚生(警備)を。……ギルバート、アルヴィスは『警備用重機』として雇ったはずよ。なぜ外交ルートを物理的に遮断しているのかしら?」
「それが……アルヴィス殿だけではありません。ディートリヒ殿も『特使の持ち込んだ貢ぎ物が低俗すぎる。セシリア様の瞳を汚す罪は万死に値する』と言って、特使が用意していた国宝級の宝石を、魔導シュレッダーにかけようとしています!」
……溜息しか出ない。
有能なはずの部下たちが、私への「忠誠(という名の重度の勘違い)」を深めるたびに、私の仕事効率が目に見えて落ちている。彼らは、私が彼らを「使い捨ての資源」としか見ていないことを、いつになったら理解するのだろうか。
「……マックス! 今すぐアルヴィスを地下の魔石粉砕室に送って。手作業で一万個の魔石を砂状にするまで、食事もプロテインも抜きよ。ディートリヒには、領内すべての公衆トイレの清掃管理を任せなさい。……一分以内の清掃完了率が九十九パーセントを切ったら、即刻クビだと伝えなさい」
「畏まりました、CEO。……ですが特使はどうしましょう? 完全に気絶しておりますが」
「……放置しなさい。いえ、もったいないわね。気絶している間に、彼らの服に我が社の新型防寒具の広告を縫い付けておいて。帰国したガリア皇帝への、生きたパンフレットとして活用するわ。……それから、慰謝料という名目で、我が社の新型魔導ストーブ十万台の購入契約書に指印を押させておきなさい。……寝ぼけている間にね」
「流石です、CEO。慈悲の欠片もない素晴らしい判断です」
ギルバートが深く頭を下げて退出する。
私は椅子に深く腰掛け、次のプロジェクトの資料を広げた。
「さて、次は……大陸最大の『万国博覧会』の準備ね」
今回の博覧会の目玉は、ただの新技術の展示ではない。
私が前世で最も嫌い、かつ最も愛した「支配の道具」――通信魔導具『ローゼン・フォン』の発表だ。
これまでは、情報伝達には早馬か、精度の低い遠隔魔法が必要だった。だが、私の開発したローゼン・フォンは、魔導オイルの波動を利用し、大陸のどこにいてもリアルタイムで声と情報を共有できる。
情報。それこそが、次の時代の真のエネルギーだ。
私は窓の外を見下ろし、不敵に笑った。
「寄ってくるイケメンたちを『無料の労働資源』として使い潰しながら、私は世界の頂点へと駆け上がる。……愛なんていう不確かな通信規格より、よほど確実な繋がりを、この世界にインストールしてあげるわ」
博覧会の開催まで、あと一週間。
私の覇道は、もはや一国の王座などという小さな目標を通り越し、世界という名の巨大なサーバーの管理者(OS)になろうとしていた。




