1話 断罪の夜、私は「覇王」を思い出した
「セシリア・ヴァン・ローゼンバーグ! 貴様との婚約を破棄し、真実の愛に目覚めたリリィとの婚約をここに発表する!」
シャンデリアが眩いばかりに輝く卒業パーティーの真っ最中。
第一王子エリオットの声が、華やかな音楽を切り裂いて響き渡った。
会場の視線が一斉に私——セシリアへと突き刺さる。
隣には、勝ち誇ったような笑みを浮かべる男爵令嬢のリリィ。そして、彼女を守るように囲む「攻略対象」と呼ばれた高スペックな美形男子たちが、冷酷な眼差しを私に向けていた。
本来の私なら、ここで顔を青くし、身に覚えのない罪を否定して泣き叫んでいたはずだ。
実際、数秒前までの私はそうしようとしていた。
だが。
(……え、何この非効率な茶番?)
その瞬間、私の脳内に濁流のような「記憶」が流れ込んできた。
前世。私は二十一世紀の日本という国で、弱肉強食のビジネス界を生き抜いた実業家だった。
三つの会社を上場させ、敵対的買収を仕掛けてきた多国籍企業を逆に飲み込み、「鉄の女」あるいは「経済界の覇王」と呼ばれた記憶。
死因は——ああ、そうだ。新事業の立ち上げで三日三晩徹夜し、最高級のブランデーを煽りながら「次は宇宙を支配しようかしら」と笑った直後の心不全だった。
……今の状況と照らし合わせてみる。
目の前で鼻を膨らませて私を罵倒しているエリオット王子。
前世の感覚で言えば、親の七光りだけで役職につき、お気に入りの秘書と不倫して会社の機密を漏らしている二代目バカ息子にしか見えない。
「聞いているのか、セシリア! 貴様がリリィに行った数々の嫌がらせ、証拠は挙がっているのだぞ!」
エリオットが突きつけてきた数枚の書面。
私はそれを無造作にひったくり、一瞥した。
「……計算が合いませんわね」
「は? 何を言って——」
「この『教科書を破いた』という嫌がらせの日時。私はその時間、公爵領の会計監査に立ち会っていましたわ。物理的に不可能です。それからこの『階段から突き落とした』という件。リリィ様が落ちたとされる場所の傾斜角と彼女の体重、落下速度を計算すれば、無傷で済むはずがありません。自作自演にしては、物理法則を無視しすぎていて反吐が出ますわね」
私は書面を、ゴミを捨てるように床へ放り投げた。
「なっ……! 往生際が悪いぞ!」
横から口を出してきたのは、近衛騎士団長の息子、アルヴィスだ。燃えるような赤髪のイケメンだが、今の私にはただの暑苦しい障害物だ。
「アルヴィス様。貴方も少しは脳細胞を稼働させたらどうです? 騎士道精神を謳う前に、基本的な論理的思考力を身につけるべきですわ。それとも、その立派な筋肉はただの飾りですか? タンパク質の無駄遣いにも程があります」
「な……ッ!?」
アルヴィスが絶句し、顔を赤くして後退する。
会場が静まり返る。これまでの「しおらしいが悪役」だったセシリアとは明らかに雰囲気が違う。
私はドレスの裾を軽く持ち上げ、エリオット王子に向かって優雅に、しかし氷のように冷たい笑みを向けた。
「エリオット殿下。婚約破棄の件、承知いたしました。謹んで『受理』いたしますわ」
「……えっ?」
拍子抜けしたようなエリオットの声。
「ただし、条件があります。今この瞬間をもって、我がローゼンバーグ公爵家が王家に融資している三千万ゴルドの即時返還、および、我が家が独占契約している魔導石の供給ラインを停止させていただきます。これは正当な契約解除に伴う『清算』ですわ」
「な……何をバカなことを! そんなことをすれば、王都の魔導灯が半分以上消えるのだぞ!」
「ええ、知っていますわ。ですが、それは『他人』になった私には関係のないこと。どうぞ、そちらの『真実の愛』とやらで、王都を照らしてご覧なさい。愛があれば、夜道も明るいのでしょう?」
私はくすりと笑った。
「セシリア! お前、そんな性格だったのか……!? これまではもっと、私に寄り添って……」
エリオットが狼狽しながら一歩近づいてくる。その整った顔が、今はただのコストに見える。
私は彼の手が届く前に、扇子でピシャリとその手を制した。
「寄るなイケメンっ! 安易に触れないでくださる? あなたのその無能な病気が感染ったら、私の経営判断が鈍るわ」
「……む、無能……? この俺を、無能と言ったのか……?」
「ええ、はっきりと。愛だの恋だのにうつつを抜かし、最大の支援者を自ら切り捨てる経営者など、私の会社なら試用期間でクビですわ。……ああ、せいぜい頑張ってくださいませ。私は、私の道を行きますので」
私は踵を返し、出口へと歩き出した。
背後でリリィが「エリオット様ぁ……」と泣きつく声が聞こえるが、もはやノイズでしかない。
(恋愛? 結婚? 下らない。この国は資源も人材も腐っている。なら、私がやるべきことは一つだわ)
私は、前世でも果たせなかった「真の覇道」をこの異世界で成し遂げる。
財力で、技術で、そして圧倒的なカリスマで、この国そのものを私の支配下に置いてやる。
(王妃なんて小さな椅子、いらないわ。私は、この世界の『覇王』になるのよ)
会場の扉を蹴り開けるようにして出た私の背中を、なぜかアルヴィスたちが呆然と、そしてどこか熱を帯びたような視線で見送っていることなど、その時の私は知る由もなかった。
こうして、史上最凶にして最強の「悪役令嬢」による、世界征服への第一歩が記されたのである。




