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【完結済】没落令嬢のしれっと王国買収  〜前世の知恵でインフラを独占。契約魔法で国ごと差し押さえます。文句は契約書にどうぞ〜  作者: ろいしん


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第5話 暖房の絶対支配


 転生から二ヶ月半。


 私の執務室は、ガンガンに暖められていた。


「はぁ……生き返るわ……」


 暖炉の前で、熱いコーヒーを啜る。

 ようやくだ。ようやく、温かい部屋と美味しいコーヒーが手に入った。


 前世では、いつも寒かった。オフィスの冷房が効きすぎていた。冬は暖房が足りなかった。

 でも今は違う。

 暖房の供給権を握っているのは、この私だ。


「暖房権力こそ最強よ」


 帳簿を確認する。

 ガス事業の利益は、レンタル事業の比ではなかった。

 手元には既に一万ディナールを超える資金がある。借金の六千ディナールなど、余裕で返済できる。


 だが————返すつもりはない。


 正確には、まだ返さない。

 この資金は、もっと大きな目的のために使う。


 私は窓の外を眺めた。

 雪が降っている。王都の街並みが、白く染まっていく。


 石畳の大通り。煉瓦造りの商店が立ち並び、馬車が行き交う。

 看板には手書きの文字が踊り、窓辺には色とりどりの刺繍が飾られている。


 丘の上には貴族たちの屋敷が連なり、白壁に緑青の屋根が雪に映えていた。

 暖かい暖炉の灯りが、窓から漏れている。


 だが、坂を下れば——木造の長屋が密集し、煙突からは細い煙しか上がらない。

 庶民の家は暗い。ガス代が払えないのだろう。


「……不公平よね」


 私は、ガスの価格表を見直した。


 三つの価格を設定する。


 貴族からは、法外な価格をむしり取る。彼らには払う能力がある。

 商人からは、適正な価格を取る。彼らは王都中に噂を広めてくれるから、これも投資だ。

 貧しい庶民には————安く提供する。いや、場合によってはタダでもいい。


 これは慈善事業ではない。

 投資だ。

 民衆の支持という、金では買えない資産への投資。



   ◇



 価格差別を始めてから、一週間。


 変化は劇的だった。


 庶民たちの間で、私の名前が広まり始めた。

 「安くガスを売ってくれる男爵令嬢がいる」と。


 評判は、予想以上のスピードで広がった。

 商店の主人たちが、私に挨拶に来るようになった。

 酒場では、私の名前が話題に上るようになった。


「ヴォロディナのお嬢さんは、俺たちの味方だ」


 そんな声が、あちこちで聞こえる。


 一方で、貴族たちは不満を抱えていた。

 「なぜ庶民より高い金を払わなければならないのか」と。


 だが、彼らに選択肢はない。

 ガスの供給元は、私だけだ。

 払いたくなければ、凍えるしかない。


「……順調ね」


 私は、帳簿を閉じた。


 そしてもう一つ。

 この国には、挨拶をしておくべき相手がいる。


「評議会、だったかしら」


 ウライア王国の実権を握る、十家の大貴族たち。

 商売を大きくするなら、彼らとの関係は避けて通れない。


 私は、厚手のコートを羽織った。

 外は、死ぬほど寒いに違いない。



   ◇



 評議会の議事堂。

 白亜の柱が並ぶ、威圧的な石造りの建物だ。

 屋根には王国の紋章を掲げた旗がはためき、正門は鉄と樫で造られた重厚な扉で閉ざされている。


 私は、その門前で立ち尽くしていた。


「商人の分際で、評議会に用などあるものか」


 門番に取り次ぎを頼んだ瞬間、中から出てきた男にそう言われた。

 ヤノフ侯爵。評議会議長であり、次期国王の最有力候補。

 銀髪を撫でつけた、傲慢そうな中年男だ。


「私はヴォロディナ男爵家の————」


「男爵? 没落貴族の娘が、商人に身をやつしたと聞いている」


 ヤノフは、私を見下ろして嘲った。


「竜の血は国家インフラだ。個人が握っていいものではない」


 それは一応、筋は通っている。

 国家の生命線を一企業が独占するのは、確かに問題がある。

 だが————


「評議会は、商人の相手をする場ではない。用があるなら、裏口へ回れ」


 言い返そうとして——やめた。

 ここで議論しても無駄だ。


 門が閉じられた。


 私は、雪の中に取り残された。


 寒い。

 死ぬほど寒い。

 コートを着ていても、骨の髄まで冷え込んでくる。


 でも、動けなかった。

 足が、凍りついたように動かなかった。



   ◇



 暖かい執務室。美味しいコーヒー。

 手に入れたはずなのに、心は冷えたままだった。


 ヤノフ侯爵に門前払いされてから、二週間。あの日の言葉が、まだ耳に残っている。


「……評議会は商人相手にしない、か」

「でも……」


 私は、帳簿のページをめくった。


 手元には、一万二千ディナールがある。

 借金の六千ディナールを返しても、まだ六千ディナール残る。


 これだけあれば——打てる手はある。



   ◇



 転生から三ヶ月。


 約束の日が来た。


 執務室に通されてきたのは、あの日の取り立て屋たちだった。

 リーダー格の男は、相変わらず悪党面をしている。


「よう、嬢ちゃん。期限だぜ」


 男がにやりと笑った。


「まさか、用意できてないとは言わねえよな?」


 男たちが、くつくつと笑う。


「どうせ無理だろうがな。今日からお前は俺たちの——」


「当然用意したわよ」


 私は、テーブルの上に革袋を置いた。

 ずしり、と重い音がする。


「六千ディナール。利息込みで、きっちり揃えたわ」


 男の目が、わずかに見開かれた。


「……本当に用意しやがった」


「驚いた?」


 私は、もう一枚の羊皮紙を差し出した。


「これは契約解除書よ。これに署名すれば、あなたたちとの契約は終了。私の『人身』に関する担保権は消滅する」


 男は、しばらく金貨の山と契約書を見比べていた。


「……いいや」


 男が、にやりと笑った。


「契約通りだ。文句はねえ」


 彼が羊皮紙に署名した瞬間————


 パキンッ!


 空気が震えた。

 私の胸元で、淡い光が一瞬だけ瞬く。


 ——あの日、凍える寒さの中で、私はこの鎖に縛られた。

 それが今、消える。


 重荷が、消えていく感覚。


 契約の鎖が、消えた。



   ◇



 その夜。一人になった執務室で、私はコーヒーを啜っていた。


 鎖が消えた。

 もう誰かに人生を握られることはない。


 でも、これで終わりではない。

 むしろ、ここからが本番だ。


 私は、窓の外を見た。

 雪が降っている。王都の街並みが、白く染まっていく。


 ヤノフ侯爵。

 あの男を倒さなければ、この国は変わらない。


 どうやって?


 評議会に訴える? 無理だ。彼らはヤノフの味方だ。

 民衆を扇動する? 時間がかかりすぎる。

 暗殺? 論外。そんなことをしても、次なるヤノフが出てくるだけだ。


「……もっと根本的な方法が必要ね」


 私は、帳簿を開いた。


 ガス事業の取引記録。帝国との契約書。商人仲間から聞いた噂のメモ。

 何か使えるものはないか。


 一時間。二時間。目が疲れてくる。


 この国の仕組みそのものを、変えなければならない。

 そのためには————


 その時、ある書類に目が止まった。


 帝国商人との雑談メモ。ガス取引の合間に交わした世間話。


 帝国との取引で、担当者がこぼしていた言葉。


『ウライア王国の古い国債、いつ返してくれるんだか。もう回収不能だと思ってますよ』


 国債。

 つまり、国の借金。


 ウライア王国は、かつてラディア帝国から借金をしていた。

 それも莫大な額を。


 そして、返済期限はとっくに過ぎている。


「……」


 私は、コーヒーカップを置いた。


 国債。

 もしあれを手に入れることができたら————


 いや、まさか。

 そんなことが、できるはずがない。


 帝国が、個人に国債を売るなんて。


「……決めた」


 私は立ち上がった。


 帝国へ行く。

 皇帝に会う。

 そして、国を買う。


 商人らしく、取引で。

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