第4話 既得権益の逆襲
セルゲイとの契約が成立してから、三日後。
私の執務室に、招かれざる客が現れた。
「ヴォロディナ嬢、ですな」
入ってきたのは、恰幅のいい中年男だった。
高級そうな毛皮のコートをまとい、金のブローチを胸に飾っている。
「どちら様かしら」
「コステンコ商会の代理人です」
私の背筋が、わずかに硬くなった。
コステンコ商会。
今まで帝国からのガス輸入を独占してきた連中だ。
「ご用件は?」
「帝国との直接契約を、破棄していただきたい」
男は、にっこりと笑った。
だが、目は笑っていない。
「ウライアのガス事業は、我々コステンコ商会が担っております。新参者が勝手に参入されては、困るのですよ」
「困る?」
「ええ。とても困ります」
男は、一歩近づいた。
「お嬢様には、まだお若い。長い人生がある。その人生を、不幸なものにしたくはないでしょう?」
脅しだ。
露骨な脅し。
「……お帰りください」
私は、立ち上がった。
「私は、正当な商取引をしているだけ。何も後ろめたいことはありません」
男の目が、細くなった。
「……後悔しませんか」
「しないわ」
「そうですか」
男は、くるりと踵を返した。
「では、仕方ありませんね」
扉が閉じる。
私は、窓の外を見た。
嫌な予感がする。
◇
三日後。
嫌な予感は、的中した。
「ヴォロディナ様! 大変です!」
ペトロが、息を切らせて飛び込んできた。
「パイプラインが……パイプラインが破壊されてます!」
「何ですって?」
私は、すぐに現場へ向かった。
山間部のパイプライン中継地点。
そこには、無惨に切断されたパイプが転がっていた。
「これは……」
ミハイロが、顔を歪めた。
「コステンコの仕業だ。間違いねえ」
切断面は、鋭利な刃物で切られている。
凍結で割れたのではない。明らかに人為的。
「供給が止まっている。顧客からのクレームが殺到している」
ペトロが、報告する。
「このままでは、信用を失います」
私は、歯を食いしばった。
やってくれたわね。
◇
その夜。
私は、執務室で考えていた。
パイプラインの修理には、二千ディナール近くかかる。
だが、問題はそこではない。
コステンコを放置すれば、また同じことが起きる。
根本的に、潰すしかない。
どうやって?
「……お嬢さん」
ペトロが、声をかけてきた。
「俺たち末端業者は、みんなコステンコに搾取されてきました」
「……」
「あいつらが消えれば、俺たちも楽になる」
ペトロの目が、真剣だった。
「俺の叔父は、コステンコに借金を背負わされて……店を畳んだんです」
「……そう」
「協力者なら、集められます。コステンコに恨みを持つ業者は、五軒や十軒じゃない」
私は、少し考えた。
「……証拠は取れる?」
「証拠?」
「コステンコの不正の証拠よ。帝国への支払い遅延、価格の吊り上げ、末端業者への圧力——そういうもの」
ペトロは、頷いた。
「帳簿の控えなら、あります。うちだけじゃなく、他の業者もみんな持ってる」
「集めて」
私は、立ち上がった。
「それを、帝国に送る」
◇
一週間後。
私は、イワンから借り受けた小型の通信水晶を起動させ、セルゲイに連絡を取った。
「コステンコ商会の不正記録を、まとめて送ります」
『……何をするつもりだ』
「帝国にとって、コステンコは信用できない取引相手でしょう? 未払いが累積している。妨害工作もしている」
『それは……』
「帝国が正式にコステンコとの取引を打ち切れば、ウライアへのガス供給ルートは私だけになる」
沈黙が、数秒続いた。
『お前は……本当に容赦がないな』
「商人ですから」
『分かった。上に掛け合ってみる』
通信が切れた。
私は、窓の外を見た。
これで、コステンコは終わりだ。
帝国からの仕入れルートがなくなれば、商売は成り立たない。
◇
さらに二週間後。
帝国から、正式な通達が届いた。
『コステンコ商会との取引を、全面的に凍結する。今後のウライア向け供給は、ヴォロディナ商会を通じてのみ行う』
私は、その書簡を読んで、微笑んだ。
「……勝った」
コステンコ商会は、一夜にして商売の基盤を失った。
帝国からガスを仕入れられなければ、売るものがない。
彼らの事業は、急速に縮小していくだろう。
「お嬢さん!」
ペトロが、飛び込んできた。
「街で噂になってます! コステンコが潰れたって!」
「潰れてはいないわ。まだ、ね」
私は、コーヒーを啜った。
「でも、これでウライアのガス事業は、完全に私のものよ」
◇
だが、油断はできない。
コステンコは終わった。
だが、その後ろ盾は、まだ健在だ。
「コステンコ商会は、評議会と繋がっている」
私は、窓の外を見た。
「特に、ヤノフ侯爵と」
次の敵は、もっと手強い。
商人ではなく、政治家だ。
だが————私には、勝算がある。
帳簿を確認する。
ガス事業と、レンタル事業。合わせて、手元には一万ディナールを超える資金がある。
「これだけあれば——次の戦いに挑める」
私は、評議会の名簿を開いた。
ヤノフ侯爵。
あなたの番よ。




