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鎮静のリング (一人称ver)  作者: 天野鉄心
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旅立ち

 ラーテルは慎重だ。そう思った。

 供物を並べて、僕が一人で待ち受けているんだから、警戒させてしまったのかもしれない。

 それとも、僕が目を閉じてるから、足音も立てずに気配や唸り声で威圧して、僕の童謡を誘っているのかも……。


 心の中で祈りの言葉を唱えつつ、そんなことを考えていると、また心の中に淀んだ声がした。


 〈坊主一人か。――そんなはずはない〉


 じいちゃんが伝承から予想した『強欲』や『欲張り』からは想像できない、獣らしからぬ用心深さだ。

 僕の心を読んだんだろうか?


 いけない。余計なことを考えたら、獣の思うつぼだ。


(落ち着け! 心を乱しちゃいけない!)


 自分に強く言い聞かせ、また心の中で祈りの言葉を繰り返し唱える。

 けど、徐々に大きくなってくるラーテルの気配は、やっぱり、怖い。

 それが判るのか、ラーテルが(わら)う。


 〈ククッ。恐れ。不安。焦り。

 ……それは坊主が『生きたい。死にたくない』と欲しているからだ。

 無論、オレサマを『滅ぼしたい』と願うことも、また『欲』だからな。

 そんな純粋で見苦しい『欲』ほど(もろ)い。

 そんなヤツから憎っくきミッダのオモチャを取り上げて、喰っちまってオレサマの『力』が強くなるなら、このうえないわ〉


 ラーテルの口上に、カッと怒りがふくらんだ。

 でも、そうやって〝揺さぶっているのだ〟と、なんとか怒りを鎮めた。


(思い通りになってたまるものか)


 獣はかなり近付いてきてる。

 緊張してくるし、どんどん怖さが増してくる。


(だけど、僕だけが獣と戦っているわけじゃない)


 ボロアーとグレイグとルーシア。それに、協力してくれている職人や下働きの男手たちも、この災いと戦っているんだ。

 僕が獣の揺さぶりに心を乱して、対策を台無しにするわけにはいかない!


 と、ラーテルの気配が遠のき、距離を取った気配。

 そして、風を切って飛び過ぎる矢の音と、砂地に石が落ちる音。

 駆ける足音と男の雄叫び。


「おおおおおおっ!」


(グレイグさんだ!)


 村のみんなの弓矢や投石の牽制があって、グレイグさんが斬り込んだんだ。

 ルーシアさんの魔法詠唱も聞こえた。


 でも、効いていない。昨夜もそうだった。


〈くだらん。貴様らもあとで喰ってやる〉


 僕にしか聞こえてないだろうけど――。

 いや、僕にしか聞こえていないからこそ、ラーテルは通常の武器や魔法で傷付かないことを嘲笑い、僕を動揺させようとしてるんだ。


 囮の位置につく前に念押しされた、じいちゃんとボロアーの言いつけがもどかしい。


『何事が起ころうと、好機を待って、宝具の力を行使するのだ』


 これは、命がけでラーテルに接近し、剣や魔法で攻撃しているグレイグとルーシアの命さえ後回しにせよ、ということだ。

 分かっていても、『好機』がいつ来るのかさえ分からないし、誰かを犠牲にしてでも決着を優先しろという意味。

 そんなのは、嫌だ!


(早く! 早く決着をつけたい! 誰一人、怪我をしないうちに!)


 巨獣は冷酷で冷淡で、邪悪で貪欲だ。

 グレイグさんやルーシアさんが倒れれば、ラーテルは加勢に来ている村人を襲うかもしれない。

 被害を最小限に済ましたいという僕の『欲』も、ラーテルは狙っているはずだ。

 だから、焦るな!

 苦戦する声や音。村人らの牽制を嘲笑うラーテルの罵倒が心に飛び込んでくるからこそ、焦っちゃダメだ。


(なんじ)、厄災から耳目を(そむ)けることなかれ。心を澄まし、全ての感覚で厄災を受け止め、鎮静を求めよ》


 昨夜、ラーテルの口内で聞いた、導きと同じ声が聞こえた。


(……でも)と思う。


 グレイグやルーシアの命がけの攻防を目にするのは、怖い。

 獣の禍々しい姿と、暴虐を目にするのも、怖い。

 それにせっかく焦りを追いやって、(かめ)に溜めた水のように平らにした心が、乱れてしまうことが恐ろしい。

 しかし、声は《見よ》と言ってくる。


(えっ!?)


 轟音が二度起こって、反射的に目を開いてしまった。


 夜闇に巨獣の姿をを浮き彫りにする、赤と青の閃光の残滓(ざんし)が見えた。

 『凄絶』とはこういう光景なんだろうか。


 赤い光は炎の燃焼であったろう。ラーテルの左前脚から首元を吹き飛ばしていた。

 青い光は氷の槍が無数に貫通したのであろう。ラーテルの右前脚を砕き腹に無数の風穴を穿っていた。

 ボロアーの魔法に違いない。

 獣の損傷は、昨夜のようにすぐ再生するだろうけど、それまでは一時的にグレイグとルーシアの危険性が下がった……はずだ。


 〈笑止!〉


 ダメなのか?

 獣はのけぞって顎を上げ苦悶したように見えたのに、また獣の嘲弄が伝わってきた。

 ボロアーの強力な魔法も、真に獣を弱体化させるに至っていない。

 そこへボロアーの声が聞こえた。


「パッシュ! 宝具を放て! ミッダの御力で鎮静を!」


 僕はハッとして、手にしていた鎮静の鎖輪を宙へ差し上げた。

 投網やシーツを広げるように、鎖輪は僕の頭の上でジャラリと広がっただけ。

 でも、それだけでよかった。


「パラ・ダミア! コクォーロ! デ・イ スクゥーウ!」


 力を込めて祈りの言葉を唱えると、鎖輪は黄金色に輝き、ラーテル目指して空を飛び、その巨体に絡みついて締め上げる。


(これが、好機のはずだ!)


 僕はさっきのように、力を込めて祈りの言葉を繰り返す。

 昨夜、導きの声はこう言ったのだ。

『祈りの言葉に力を込めよ』と。

 七種七頭の厄災が伝説のとおりなら、信仰と祈りの強さを示せば、獣を封じられるはずだ!


「グレイグとルーシアの武器に、加護を!」


 ボロアーからの次の指示。

 混乱した。

 僕は、じいちゃんや母さんのように、まだ魔法を行使したことがない。どうすればボロアーの指示通りにできるのか。その方法を知らない。

 けど考える時間はない。

 ボロアーに言われたままに祈り、両の手を突き出して唱える。


「パラ・ダミア コクォーロ デ・イ スクゥーウ!」


 果たして祈りの通り、獣を巻き締める鎮静の鎖輪と同じ黄金色の輝きが、グレイグとルーシアの手にする剣に顕れた。

 すかさずボロアーから次の指示。


「ラーテルの牙と爪を無力化するのだ!」


 これは僕にじゃなく、グレイグとルーシアへの指示。

 雇傭兵の三人で打ち合わせていたのだろう。それほどに迷いのない指示と行動の早さだ。

 僕が祈りの言葉を唱え続けるなか、グレイグとルーシアは、闇雲に暴れるラーテルの後ろ脚を黄金色の剣で切り落とす。


「仕上げだ!」


 ルーシアより先に一仕事終えたグレイグが叫び、悶えるラーテルの腹の上を走って、下顎から上顎まで剣を貫通させた。

 獣から聞き苦しい音が発せられる。

 甲高い異音は耳に痛く、頭の芯を突き刺し心を殴りつけるようで、思考や行動が吹き飛ばされそうになる。

 でもそれは獣を追い詰めているからだ!

 

(やった!)


 祈りの言葉を唱え続けながら、心の内で快哉を叫んでいた。

 そのせいか、獣から明瞭な呪詛と怨嗟が心に浴びせられる。

 思いつく限りの罵倒や殺傷の願望や恨み言の塊が、数十の石塊(いしくれ)となって押し寄せてくる。


 それらを受け流して、僕はミッダの伝説のとおりに祈りを言葉にのせる。

『ア・ミッダよ。強き心で、すべてを救い給え』と。


「パラ・ダミア! コクォーロ! デ・イ スクゥーウ!」


 ――オオオ、オォォ……ォォ……。


 鎮静の鎖輪がひときわ強く輝き、ラーテルはその奇声をかすれさせながら、黒い(もや)となって霧散した。


 ※


 翌日の昼。

 アミデア村の広場で祝勝会が催されたが、まだ意識の戻らぬ怪我人たちを(おもんばか)り、雇傭兵と一緒に戦ってくれた男手たちの慰労会というささやかな食事会で終わった。


 僕はいつものように、アミデア神殿で朝の祈祷と清掃を終え、自宅へと戻り、司教であるじいちゃんからの使命を受けた。


「領主様には、村長が話をつけてくれている。

 雇傭兵のお三方も、最後まで付き合ってくれることを約束してくれた。

 伝承のとおり、ラーテルは新しい宝具を遺し、霧散した。

 しかし村人らは未だ回復してはいない。

 となれば、残る六頭の巨獣を鎮めねばなるまい。

 ミリアが伝達に回った経路と、教会の場所と司祭の名をまとめておいた。

 ラーテルから悪心を(はら)ったパッシュならば、できると信じておるぞ」

「必ずや、ミッダ様の加護をもって、やり遂げてみせます」


 厳粛なライル司教の顔で告げられ、僕もいち神官として恭しく応えた。


 やりとりが済むと、じいちゃんは離れたところに待たせていた雇傭兵三人に向き直り、しっかりと頭を下げ、彼らに請うた。


「未熟な孫を、どうか助けてやってくだされ」 「もちろんだとも」


 じいちゃんの嘆願を躊躇いなく受けたボロアーは、「そろそろ行くとしよう」と告げ、玄関から出ていった。

 グレイグは「よろしくちゃーん」と軽く応じ、ルーシアは小さく会釈して彼らに続く。

 僕も、書面や路銀を預かり、背負い袋を背負って外にでた。


 乾季の乾いた空は、風に乗った砂のせいでやや黄色く煙って見え、今後の命運を占うことは難しかった。


 アワーリティア――『強欲』のラーテルを霧散させることはできたけど、まだ意識を取り戻さぬ怪我人がいるなら、完全な消滅や封殺が成し遂げられたとは思えない。

 ラーテルの厄災に片が付いたなどと、思い込んだり決めつけてはならない。


(じいちゃんからも気を抜くなって言われたしな……)


 伝承には、七種七頭の巨獣がそれぞれ厄災を引き起こしたとある。

 アワーリティアを司る獣は、その欲の強さゆえに短慮で、ミッダも容易く封じたとされている。


 僕も、僕の力なんかでラーテルをどうにできたとは思ってない。

 ミッダ様と同じ奇跡を起こせるわけはないんだから。

 それでも、これから始まる初めての旅で、初めての土地へ向かい、まだ親しくなっていない雇傭兵や現地のミッダ信奉者と協力して、巨獣の厄災に立ち向かわなければならない。


 僕の旅は、まだ始まったばかりだ。

 ミッダ様。どうかこの旅で誰も傷付かぬように。そして、獣の再びの封殺のために、僕たちにご加護を。

お読みいただき、ありがとうございます!


一人称練習用の短編のため、一旦ここで完結となります。

同一タイトル・同エピソードで三人称練習短編も公開しておりますので、そちらも読んでいたらだけると嬉しいです!


「練習用」と題しているとおり、私の筆力アップやアイデアの洗練、展開や描写の修行が目的の一つでもありますので、感想や指摘・改善点やアドバイス、面白かったところや応援など、コメントしていただけるとなお嬉しいです!


また、ご指導やアドバイスを活かして、残りのプロットに挑めるような自信が持てた際は、タイトル・あらすじ・人称をやり直して投稿し直すつもりです。

その際にも応援わご指導・アドバイスや感想などいただけると励みになります!

よろしくお願いいたしますm(_ _)m

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