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鎮静のリング (一人称ver)  作者: 天野鉄心
3/6

獣 ――ラーテル――

(これは、じいちゃんの負けだ)


 僕はハラハラしながら、じいちゃんとボロアーのやり取りを見ていたけど、ボロアーの言い分に納得してしまった。


 じいちゃんが『七種七頭の巨獣の復活』を予見してるなら、それらを屈服させ封じることが可能なのは『ミッダ様だけ』に違いない。

 領主様が雇った雇傭兵の三人が有能で強靭だったとしても、巨獣の所業も伝承のとおりなら、阻むにはミッダ様と同等の御業(みわざ)が必要不可欠だろう。

『人には人なりの能力しかない』

 僕じゃなくても、誰もが当たり前に理解している限界だ。


 じいちゃんはため息をつき、小さく頭を下げた。


「失礼を重ねたことを謝罪しよう。まだ何も起こっておらぬのだしな」


 そして顔を上げて続ける。


「しかし、何かが起こったならば、事の大きさと被害の大きさを見極め、手に余るならば引き下がり、領主様への報告を優先してもらいたい。

 これに応じていただけねば、やはりお帰りいただくことを願う。

 何が起こっても命を守ること。これを怠ってはならない」


 いつにもまして真剣で厳しいじいちゃんの表情から、身が引き締まる思いがした。

 ア・ミッダの実物が現存しているということは、巨獣の所業が再現されると覚悟しなければならない。


 しかし、雇傭兵の三人は、そこまでは感じていない様子。グレイグが「そうでなくちゃ食い扶持にありつけねぇ」と息巻いたからだ。


「くれぐれも大事に」


 じいちゃんのの二度目の念押しは聞こえなかったようだ。

 ともあれ、領主様から差し向けられた雇傭兵三人は、グレイグとボロアーが村長の家に泊まり、ルーシアは僕らのの家に泊まることになった。


 ※


 その日の夜――。


 僕はなかなか寝付けないでいた。

 シーツにくるまって目を閉じても、不安を覚えては振り払い、寝よう寝ようと試みても、何度も同じ不安が湧いて出て押しやって……を繰り返してしまう。


 と、違和感を覚えて思考をとめた。


(――えっ!?)


 乾季の夜は、風が吹かなければ動物の鳴き声も虫の音も届かず、草も揺れずに静かだ。

 なのに、何かが聞こえた、気がした。


――……ィィィ、イッ……


 傾いたドアが建具に擦れるような、耳障りな音。

 それか、鳥類やげっ歯類の、細く高い鳴き声。


――キイィ……ィィィ、イッ


 心臓が一度だけ大きく飛び跳ね、鼓動が早まる。

 嫌な予感が大きく膨らむ速度に合わせて、鼓動も早くなっていく。

 そして木材が割れたような乾いた破砕音がした瞬間。僕はシーツを跳ね除け起き上がる。

 胸から首にかけてが熱をもっていて、違和感がすぐそばの現実だと知覚する。


(何かが、来た!)


 寝台から降り、「みんな! 起きて! 獣だ!」と警告を叫び、裸足のまま家の外へと飛び出す。

 月明かりや灯火のない夜闇。だけど星明かりが毎日目にしている地形や建物を影として浮かび上がらせ、どこに向かうべきかすぐにわかる。


「みんな! 起きて! 夜襲だ!」


 僕は走りながら、できる限りの大声で村人に警告していた。


 なぜ音のした方向がわかったのか。

 なぜ獣だと断じられたのか。

 なぜ村人に危機の接近を告げる必要があったのか。

 ハッキリとした理由は思いつかない。でも、本能や直感が『そうするべき』と突き動かした。


「――うっ!?」


 もう少しで村の集落の端というところで、夜闇に(うごめ)く巨大な影を見付け、足を止めて呻いた。

 砂を掻き、頭を突っ込み、何かを捕食して荒々しい唸りを発し、飛び退きのたうち、土砂を舞い上げる、影。

 動き回る様は動物のようだけど、大きさは桁違い。

 成立した佇まいは、頭の高さが人間の大人三人分はあろう。体躯も一家四人が暮らす平屋の家屋ほどある。まさしく巨獣。


 僕が立ち尽くしていると、幾人かが駆け寄る気配。

 三人の雇傭兵と、じいちゃんや村長や村の人たちだ。


「誰か、明かりを!」

「|手のひらに集めた日光《ピース オブ サンシャイン》」


 叫んだのはグレイグ。即座にルーシアが周囲を照らす魔法を唱えた。

 ルーシアの魔法で生まれた一抱えほどの光の塊は、ふんわりと中空へ上昇する。

 その淡い光は星明かりよりも鮮明に辺りを照らし、蠢くものの正体を明らかにし、僕たちを怯えさせた。

 思わず声が出た。


「でっかい、イタチ……」


 上から光を浴びているせいもあるだろうけど、顎の下・腹・四肢は黒色の体毛。鼻梁から額・背中・太くて長い尾の上側は白色の体毛。

 そして|耳がなくツルンとした形の頭と、少し潰れた鼻先。凶悪な鉤爪と口からはみ出した牙は、イタチ科の特徴だ。

 後ろからじいちゃんの声が飛ぶ。


「ラーテルだ! 雇傭兵の方々、お頼み申す! 皆は避難を!」


キシャァァァァーーッ!


 巨大イタチは、人間の言葉が分かるのか、明らかな敵意と殺意を咆哮に込めてよこした。

 そしておもむろに飛び上がり、右手側の人家に着地して圧し潰し、頭を突っ込んで素早く左右に捻り、瓦礫に潜り込むように悶えだした。

 木材や陶器の破壊音に混じり、かすかに悲鳴が漏れ聞こえる。

 じいちゃんの警告に従いかけた村人たちの足が止まり、雇傭兵の三人が僕の前に飛び出したところで、巨大イタチが体を起こして尻を下ろした。

 そのあぎとには老人が咥えられ、両の前足には女性と子供が掴まれている。

 集まっていたほぼ全員の口から悲鳴や驚きの声がもれ、どよめきが波となって不吉さを倍加させる。


(や、やめろ……。やめて……)


 最悪の想像をしてしまい、心の底から願った。

 でも、だめだった。

 イタチの裂けた口からズズッズッと粘性のある液体を(すす)る音がし、前足の体毛もザワッザワッと不気味に脈動した。


「やらせるかよ!」


 異様な光景に押し黙った空気を切り裂いたのは、剣を抜き放って駆け出したグレイグの雄叫び。

 その行動に我を取り戻した村人たちの半分は恐怖を嬌声に変えて逃げ出し、目にした光景に耐えられなかった残りの村人は呆けたり吐いたりと、爆発的な狂乱のるつぼに陥った。


 一方で雇傭兵の三人は果敢に巨大イタチが居座る瓦礫へと集まる。

 グレイグは圧し潰された家屋に踏み入り、接近して剣を振るう。しかしグレイグの剣は弾かれ「(かて)ぇっ!」と毒づく。

 ルーシアも、小剣に帯を()んで投げつけ、イタチの前脚に囚われている村人を解放させようとするも、跳ね除けられて効果はない。

 ボロアーは二人の攻撃を観察し、指示を飛ばす。


「ラーテルの皮は硬い! 腹と目を狙うのだ!」


 非情な指示にグレイグが「正気かよ」と反論するも、指示通りに巨大イタチの股ぐらへ転がり込む。一歩間違えば踏みつぶされ、爪に襲われ、噛みつかれる危険性が高い、勇気のいる行動だ。

 ルーシアはそのグレイグの果敢な攻撃を援護するためだろう、小剣を腰に納め、巨大イタチの頭部に連続して魔法を放つ。


「|叱咤の鞭《クラック ア ウィップ》!」


 不可視の衝撃波が魔法詠唱の回数と同じだけ巨大イタチの頭部に炸裂するが、巨大イタチに効いた様子はない。

 そこへボロアーの力ある声が響く。


「|貫く火の槍《ファイア スピア ストライク》!!」


 ボロアーの掲げた長杖の先から火炎が(ほとばし)り、巨大イタチの喉元を射抜いて、人一人がくぐれるほどの穴を穿(うが)った。

 誰の目にも明らかな有効打。巨大イタチがのけ反り、囚えていた村人たちを放り出した。

 人間が高所から落下する音が三つ起こる


 神職として、神官として、人の死や傷付く様は何度も目にしてきた。けれど、こんな凄惨で残酷な光景は初めてで、いつの間にか涙が流れていた。


 だから、無意識のつぶやき――。


「パラ・ダミア コクォーロ デ・イ スクゥーウ……」


 ――刹那。

 巨大イタチの凶悪な眼が黒く光り、僕と目があった。

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