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鎮静のリング (一人称ver)  作者: 天野鉄心
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アミデア神殿

「パッシュ・アル=カイル、入ります」


 乾季に入ったばかりなのに、上り始めた朝日はすでに体を焼く気温だが、いつも通り僕はミッダ様に挨拶をして神殿に入った。

 次の雨季には十六歳になる。

 物心ついたころからライルじいちゃんが司教を務めるミッダ神教の神職を手伝ってきた。

 起源は古く、かつては国の聖教にまでなったミッダ神教。だけど、今ではこのアミデア神殿と地方の小教会がいくつかしか残っていない。

 信仰の歴史の古さを証明するように、石灰岩の石柱と練り煉瓦で建てられた神殿の外観は、長年の風雨に削られ一部レリーフも崩落している。

 そのせいか、(ちまた)では『アミデア遺跡』などと呼ばれているくらい廃れてしまった。


(毎日、朝と夕方に祈祷もしてるし、お祈りに来る信者の方たちも居るし、祭事を催せば、それなりに人が集まるのになぁ……)


 いけない! いけない!

 余計な事を考えていると、掃除がおろそかになる!

 じいちゃんも母さんも、壁の煤汚れ一つ見逃してくれない。


(おかげでそれなりに筋肉はついたけどさ)


 愚痴っていても日々の仕事が減るわけじゃない。

 現王政権に認められているミッダ神教のシンボルである神殿を守っていくのが僕の役目だ。

 神職の証の白い腰布と、首に巻いた信徒の目印の虎皮を直して、毎日の掃除にとりかかる。

 神殿内部は白い漆喰(しっくい)だから丹念に。

 一方で、黒基調の漆喰が塗られた神殿最奥の礼拝堂は、三角屋根の明かり取りから射し込む日光がア・ミッダを照らし、荘厳さ・厳粛さ・神々(こうごう)しさ・聖櫃(せいひつ)さを際立たせるので、より丹念に掃除する必要がある。


 この雰囲気に触れると、掃除の手抜きなぞ頭から消え去り、いつもの手順で巡礼者の腰掛ける椅子や供え物をお供えする件台を拭き清め、持参した供物を供える。

 両膝をついてミッダ様に改めて祈る。


「パラ・ダミア コクォーロ デ・イ スクゥーウ」


 両手を組み天へと伸べて、瞑目した顔も上向ける。

 型にはまった儀礼と祈祷も、毎日やっていれば気持ちが切り替わるや。

 今日もやることはいっぱいあるもんな。


(……あれ?)


 なんだろう……。

 いつもと変わらないはずなのに、何かがおかしい気がする。

 ぐるりを見回して、「あっ」となる。


(宝具が……無い!)


 礼拝堂のミッダ神像には、七種七頭の巨獣を退治したという伝説の七つの宝具『ア・ミッダ』が、伝承の通りの形と配置で安置されている。

 他の教会や家庭用のミニチュアや土産物のレプリカは、石彫り・木彫り・鋳型(いがた)鋳造(ちゅうぞう)されたものだが、アミデア神殿のア・ミッダは違う。

 代々、この神殿を守ってきた神職と一部の為政者にしか明かされていないけど、ここのア・ミッダは伝説に登場した『本物』だ。

 それが、失くなっている!


「――大変だ!」


 かろうじて悲鳴を抑え込んだ。――けど、驚いたり慌てふためいたり腰を抜かしている場合ではない、という使命感が勝ったからだろう。

 供物を入れてきた麻袋や掃除道具は床に落としてもう手にはなく、体は神殿の外へと走り出ていた。

 それくらい『あり得ないこと』が起こった。


(早く、じいちゃんに(しら)せないと!)


 その一念でさっき通ったばかりの道を駆け戻った。


 ※


 この国のほとんどは砂漠化した土地で、アミデア村も雨季以外は乾燥していて、田畑は少なく作付けもあまり水を必要としないものに限定されてる。

 その代わりに、きめ細かな砂と粘土で造る練り煉瓦が主産業だ。同じく砂で型取りして溶かした金属を鋳造(ちゅうぞう)する鋳型(いがた)も盛んだ。金属の流通があるから金物細工の職人も多い。

 アミデア村は、鋳物・石材・木材・金物の職人と工房の村といえる。


 なので、神殿から谷伝いの参道を駆けて村に戻ってきても、誰とも会わずに済んだ。

 僕が朝の祈祷に出かける時間は村人みんなが知っているし、祈祷のあとに掃除や補修をしていることも知れ渡っている。

 父さんやじいちゃんが代々やってきたことだからだ。

 工房や職人が仕事を始める前に異変に気付き、誰とも会わずに帰ってこれたのは幸いといえる。


 そのかわり走り詰めになってしまったので、息は乱れ、汗がしたたり、心臓は破裂しそうなほど早まり、砂地を走ってきた両足が痛みと疲れで重い。

 やっと玄関にたどり着いた。


 じいちゃんっ!


 ドアを開けざまに叫んだつもりだけど、乱れた呼吸は声になってくれなかった。走り疲れた体は(しお)れるように膝を床に落として手をつき、四つん這いに。

 乱れた呼吸に合わせて上半身が揺れ、胸打つ鼓動で視聴覚が役に立たない。気を抜くとそのまま突っ伏してしまいそうになる。

 けど、それでも視界の隅にじいちゃんが見えて、なんとか声を出す。


「――じいちゃん! た、大変だ!」

「バカモノ! 白衣(しろころも)を身に付けている間は司教と呼べと――!? ……パッシュ、何があったのだ?」


 じいちゃんの戒めが飛んだが、どうやら僕の様子を見て非常を感じ取ってくれたようだ。

 玄関の騒ぎが聞こえたのか、母さんも玄関に出てきて、「パッシュ。どうしたの?」と気遣って背中をさすってくれた。

 母さんが背中を撫でてくれる調子に合わせて呼吸を整える。

 やっと顔を上げれるようになると、厳格なライル司教の鉄面皮に、少しだけ心配の色がうかがえ、改めて大きく深呼吸した。

 じいちゃんや母さんに大事なことを伝えなくちゃならない。

 そのためには、僕が上ずった声をだしたり、舌がもつれるようなことがあっちゃいけない。

 乾いた唇を湿らせ、唾を飲んで、落ち着いて、言う。


「ア・ミッダが……。ミッダ様の宝具が、失くなってる」


 僕の背中をさすっていた母さんの手が止まり、驚きが衣擦れの音になって伝わってきた。

 じいちゃんも、僕に掴みかかるような中腰で固まり、口を半開きにして、今まで見せたことのない表情になった。


(やっぱり。走ってきて正解だった)


 不謹慎だけど安心した。

 起こるはずのないこと・起こってはならないことを目にして一目散に戻ってきたけど、『僕の行動は正しいのだろうか?』と不安だった。

 司教としてのじいちゃんは、正誤の判断とその理由に対して、いつも的確で厳格だ。

『その程度のことで平静を損なうべからず』と戒められたことは何度もある。

 その後には必ず母さんから、『間違えば正される。正された理由が分かれば、次からは正しいことが直感で選べる。貴方の父テセウムもそうして立派な司祭になったのです』と、父さんの逸話を交えて慰めてくれた。

 母さんが『アミデアの聖女ミリア』と(とうと)ばれるのは、こうした優しさと気遣いと叱咤激励の緩急をわきまえているからだろう。


 じいちゃんが『厳格なライル司教』の顔に戻って言う。


「ミリア。急いで村長と領主様にこの事を伝えなさい。私は、神殿に向かってこの目で確かめる」


 すぐさま母さんが「かしこまりました」と応じ、じいちゃんが僕の肩に触れて、玄関へと歩き出した。

 付き従えということだと理解し、神官として司教を追った。

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