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死と彼を想う瀬戸際に  作者: 彼方夢
第三章 歌手を目指して。

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穢れた世界、夜空に咲く一輪の花

 広いリビングに鎮座された、ヨーロッパのアンティークテーブル。その上に豪勢な食事が並べられている。どれも海外から取り寄せた高級品を用いたもので、夏木はそれを見て食欲がさらに失せた。


 夏木の祖父、裕次郎は黙々とキャビアソースが乗ったブレッドを食べている。父の伸介は、ちらちらと裕次郎へ話しかけるタイミングをうかがいながら、スープを飲んだ。母は無言でなんの意図も当然持たず食事をしているだけだ。


「父さん。西本代議員の件なんだけど……」


 伸介は年商六億円以上稼いでいる。だがその金は政治家との贈賄によって利益が上がっているということ。政治家に金を渡すことで、会社が手を染めているインサイダー取引の捜査を及ばないようにしているのだ。


「わかってる。あいつはまだ新人だからな。口止めはきつくしておく」


 裕次郎が総長の『多田組』は関東でも有数で、歴史も深く記録によれば明治政府の裏で暗躍したという情報もあるほどだ。それゆえに警察官僚や政治家にコネを持っており、暴力団という巨悪な組織という反面『裏の警察』とも呼ばれている。


 夏木は静かに溜息をついた。汚れた家族だと思う。人様に到底顔向けなんて出来ない。


 ほとんど食事に手を付けず、席を立った。そんな様子を見ても誰一人心配して声をかける者はいない。


 自室に入り、もう一度溜息をつく。本当疲れた。

 ふと、棚の上のテディベアのぬいぐるみを見やる。二年前に亡くなった祖母が、夏木の六歳の誕生日の時に買ってくれたもの。


「おばあちゃん……」


 そして次に漏れた言葉が、死のうかなという絶望の言葉だった。それを発したことを遅れて理解し夏木は自身へ嘲笑する。そんな絶望、夏木には似合わない。だって夏木はいつだって他人を蹴落とし絶望させる側の人間だったから。そんな奴が急に絶望したって誰も守ってくれない。因果応報だ。


 すると、電話が鳴った。画面を見るとこんな時間にどうしてといぶかしんだ。


「はい……」

『織田さん、こんばんは江美です。明日遊びませんか?』

「また急ね。あんたの方から誘ってくるなんて。雨が降らないといいけど。……まあ遊ぶ分には大丈夫だけど」

『明日は花火大会ですから。そのつもりで。あ、あと北川さんも来るので』

「え、はあ⁉ 北川が来るって……どういうつも——」

 ぷつんと通話が切れた。突然のことに呆けた。

 花火大会……江美はともかく、北川も一緒にだなんて嫌な予感しかしなかった。


  ***


 駅前のベンチでぼんやり座っていた北川に声をかけた。すると北川は私を見ると顔を顰めた。


「どうしたんですか……顔、険しいですよ」

「いや、女子の浴衣姿が見たかったなと思ってさ。あ、横のクズ女は違うからな」

「余計なこと言わなくていいから」


 夏木が少し怒気をはらんだ声で言った。私の服装はシャツの上にカーディガン、そしてジーパンで、一方夏木はブラウスにロング丈のスカートだ。


 でも、そんなに見たいものなのかな、浴衣姿って。それを訊ねると、


「俺なら万札はたいてでも見たいな。一年に一、二回あるかないかだし。すっげーレアじゃん?」

「キモい。そんなんだから万年童貞総長なのよ。童貞族でも立ち上げたら? それで暴走して捕まればいいのよ」


 北川が夏木の襟元を掴み詰め寄った。


「もういっぺん言ってみろクズ女! しばき倒してやるから」

「あれ? 図星だった? ごめんねえ」

 そう言い争っている二人を見ていると、私は笑いが込み上げてきた。

 なんか、お似合いだな二人。

 太陽が少し沈んで、夕暮れの光がアスファルトを濡らす。


 私たち三人は、神社の参道を歩いていた。立ち並ぶ食事の香りが漂う屋台に興味をそそられた北川が、財布片手にどんどん買い込んでいった。両手にいっぱいの屋台飯を見て、夏木は溜息をついた。「そんなに買ってどうすんのよ」


「少年の遊び心に忠実なんだよ」

「意味わかんないんだけど」


 私は夏祭りに来たらいつかは食べてみたいと思っていたりんご飴を食べていた。それを見て北川はぽつりと、「女子のりんご飴舐めてる姿っていいよな。こう、男心をくすぐられるっていうか」


「あんたってほんとキモいわね」


 夏木が顔を歪めて言った。それには私も同感だった。

 すると背中の方から大きな轟音が響いた。振り返ると、一輪の花火が歓喜の宴を上げているみたいに輝いて見えた。


「始まったか……近くの公園に綺麗に花火が見られる場所があるんだよ。そこに行こうぜ」

 私たちは小走りで、その公園へと向かった。そこは綺麗な丘の上に立つ児童公園で、他にもカップルや家族連れが切情と表現するに十分な夜空を見ていた。

 一輪、また一輪と咲き誇る花火。私は、誰かとこうして見たことなかったから嬉しいな、と思う。何かがあれば言い争いを始める夏木と北川。この二人と来れたことは一生の思い出になりそう。


 ……そして、今度は健二と一緒に来たいな。彼が罪を償ったあとからでも十分遅くない。

 また空の花が咲いた——。


  ***


 北川が夏木と話がしたいからという理由で、先に江美を帰らせているのを傍目に見ながら、夏木はなんの話だろうと疑問に思っていた。

 二人は一緒に駅前のベンチに腰掛ける。近くの自販機で買ったブラックコーヒーが北川の手に握られているのを見て、夏木が「あんたはコーヒーより酒のイメージがあるわ」と言った。夏木はなんでもないことを言って感情を抑え込もうとしていた。どうして北川と話するぐらいで緊張しなくちゃいけないのだと。


「なあ、織田。健二のことありがとな」

「は? あんたに感謝される理由なんてないんだけど」

 すると北川が苦笑して、

「お前が健二を守ってくれようとしてたんだろ」

「一ノ宮から何か聞いたの?」

「いやただの俺の予想だよ。ウザい話でごめんな」


 ずっと隠しておくつもりだったのに、自分の頭の悪さや心の弱さでろくに嘘もつけないのか。本当、うんざりする。


「健二には言わないでよ」

「それは無理だな」

「はあ⁉ え、なんでよ」と夏木の声が上がる。

「あいつはお前のそんな行動を、とっくに気付いてるだろうからさ」


 夏木は驚いたが、それもそうかと納得する。でも、だとすれば健二はどれだけ優しいのだろう。見え透いた嘘に付き合ってくれた。鬱陶しかっただろうに。


「健二が出所したらあいつを俺が命かけて守るぞ。一ノ宮もだ」

「それが出来れば苦労しないわよ。関東に覇権を持つ『多田組』にかかれば簡単に人を葬れる」


 北川が空を見上げて、

「今から全国の『赤城』ら総動員しようと考えている。不良の底意地見せてやる」

 夏木は溜息をついた。ほんと、突拍子もないこと言い出すな。

「全国にも喧嘩禁止令敷いてあるんでしょ。信条を破らせるってことはそれなりの覚悟が必要だし、それに一ノ宮のことはどうするの? 地方に行くことが増えたら守れる時に守れなくなるわよ」

「それは……」


 なおも言い淀む北川に、大丈夫よと夏木は諭す。

「健二はきっと自分の力で状況を変える。そう私は信じてる」

 彼は心の強い少年だ。きっと出所したら暴力団なんかやめて普通の生活を送ることを考えているだろうし、もしそうなら夏木は全力でサポートしたいと思っている。


「そうだよな。わかった。俺も健二を信じて、約束だけを守るよ」

「あんたがくよくよなよなよしてるなんて、らしくないんだからしっかりしなさいよ」


 と夏木が屈託なく笑った。

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