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死と彼を想う瀬戸際に  作者: 彼方夢
回想 穢れた少女の過去

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33/40

虐めを自分がする側に

 教室が騒然としていた。

 いつもの喧騒とは違う、物々しい雰囲気。


 夏木に一心に注目が集まっていた。何か嫌な予感がする。生徒が集まっている板書へと近付いた。そこには一枚の写真があり、それは煙草を吸っている不良グループと夏木が話している場面を切り取られたものだった。


 急いでその写真をはがし、咄嗟に有希の姿を探した。有希はいつも早い登校で、この時間にはすでに教室にいるのだ。だが、見渡せどいない。


 焦って教室を飛び出した。有希の姿を懸命に探す。もしかしてと思い、いつも昼食を一緒に取っているあの踊り場へと向かった。だがそこにもいなかった。


「どうして黙ってたの?」


 冷たく攻める言葉が後方から届いた。血の気がさぁっと引いた。

 振り返ると侮蔑の眼差しを向けてくる有希が立っていた。


「夏木ちゃんがあんな不良グループと関係を持っていたなんて信じられない。ほんと、気持ち悪い」

「違うの。これは——」

「何も違わない。あの写真が真実じゃない。もう嘘は終わりにしよう」


 そう言って有希は去って行った。夏木は呆然とする。

 また汚れた人物のせいで、夏木が築いた幸せが崩壊するのか。ふざけるなよ。こんなのおかしいじゃないか。夏木は何も悪くないのに……。


 そう思うと社会に、運命に、与えられた宿命に嫌気が刺してきた。全てがどうでもいい。

 誰かを壊してやろう。そう思った。この不条理さに復讐してやるんだ。上手くいかない物事を真っ向から対抗してやる。

 有希をつぶすことを持ちかけてきた女子と会おう。そう思って教室に行こうとすると丁度廊下で出会った。


「ねえ、前に言っていた話、やってあげる。友達になりましょう」

 と言って夏木は笑った。女子も不気味な笑みを見せて、


「契約成立ね。仲良くしましょ」

 この時、すでに夏木の潔癖さは消えた。同時に生まれたのは憎悪だった。これを原動力に、夏木は生きていく。全てを恨みながら、優しさのかけらも感じられずに――。


*****


 橘有希に対しての本格的ないじめが始まった。無視などのぬるいことはやらない。暴言。暴力。そんな手段を用いて有希を精神的に追い込んでいく。


 すると三学期の初めに有希は転校した。いじめに耐えられなかった心が弱い奴なんだと夏木たちは嘲笑した。

 その二日後、夏木の自宅に手紙が届いた。差出人は有希からだった。だが読まなかった。机の引き出しにしまう。

 そして学校で、昼休みの時にたまたま通りかかった廊下で姫乃と女子の会話が聞こえた。


「どうして夏木なんかをグループに誘ったの? あいつを入れてまで有希をいじめたのはなぜ?」

 姫乃が笑った。それは嘲笑だっただろう。


「友人を裏切っていじめる女なんて最高じゃん。あいつを悪女に仕立て上げてやろうと思ってさ。ヤクザの孫にはお似合いでしょ。有希が泣き叫んでる時のあいつの顔見た? 快楽を覚えていたよ。根がそういう奴なんだよ」

「でもあいつが友達だったら男の印象が悪いんだけど。彼氏出来ないつぅの」

「そうだよね。でも、男と遊ぶより、あいつが崩壊していくのを見てる方が私的にはいいかな」

「姫ちゃん性格悪―い」


 またけらけらと笑う。夏木はこの会話を陰から聞いていて悪寒がした。

 夏木は遊ばれていただけなのか。泣きそうになるが涙は出てこない。もう夏木はそれほど、心が汚れてしまっている。

 帰宅して、恐る恐る有希の手紙を開ける。どんな罵詈雑言が書かれているのだろうか。

 だが、内容は優しさに包まれていた。


『夏木ちゃんへ。

 夏木ちゃんからいじめられた時はすごく苦しかったです。

 でも、夏木ちゃんを突き放したのは私だし、それが原因だと思うと、夏木ちゃんをこんなことをさせるように変えてしまったことに、申し訳なさがあります。

 本当にごめんなさい。

 夏木ちゃんとはもう会えないけど、ずっと過ごしてきた日々は、私にとってかけがえのない日常でした。

 ありがと。こんな別れ方でごめんね』


 言葉が出なかった。有希を苦しめたことに夏木は自身に怒りを覚えた。

 謝らなくてはいけないのは夏木だ。有希ではない。それを伝えたかったがもう会えない。

 手紙には有希の住所が書かれていない。向こうは会うつもりがないのだろう。

 夏木は思う。いじめてごめん、と——。


*****


 姫乃たちのグループでは、孤立している人へのいじめが常習化していた。それを夏木も手伝わされた。正直、もうやりたくはなかったが、断れば今度はお前をいじめるぞと脅された。


 潔癖さが汚れて、夏木は醜悪な女と化した。嫌いだった煙草も吸うようになった。煙草を吸っている時にだけ、世界から解放されているようなそんな錯覚を覚える。


 中学三年の時、祖母が亡くなった。


 葬式の時、誰一人泣かなかった。夏木は悲しかったが、もう心が擦り切れて泣けなかった。

 両親はやっと解放されたと安堵し、祖父は何を考えているかわからない表情をしていた。

 中学を卒業し、姫乃たちとは別の高校に進学した。もういじめはしなくていいんだと思っていると、姫乃と親交がある女子から、気に食わない奴をいじめてほしいと頼まれた。どこの学校にも、人を陥れる人物はいるものだなと心の中で侮蔑した。


 いじめる対象の女子は、休み時間にはいつもイヤホンを耳に差して音楽を聴いていた。どこか憂鬱な表情は、アゲハのそれであったし、有希にも似ていた。

 作り笑いを浮かべて、その女子に話しかける。警戒心が含まれた目線でこちらを見てくる。


「えっと、なんの音楽聴いているのかなって」

「『rein』っていうアーティストの曲です」

「あっ、それ知ってる。この前テレビでも聴いたことがある」


 こうして距離を徐々に縮めていく。もうこの行為は慣れた。


「名前、聞いていい?」

「私は――」


 女子が息を吸ってから、自信なさげに呟いた。


「一ノ宮江美です」

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