タトュー
「あの極悪非道の限りをしていた清から襲名したなんてすごい……」
「そうか……? 確かにあいつは喧嘩は強かったが、僕からしてみればそれほどでもなかったぞ」
「将来ボクサーにでもなればいいのに。才能あると思うよ」
ボクサー、か。自分で言うのもなんだが見込みはあるかもしれない。けれど暴力は苦手だしな。それを職業だなんて……。いや、暴力団の僕が言うには矛盾してるか。
夏木が煙草を地面に捨てて、僕の前に立った。上目遣いに僕を見るその顔は、わずかに赤く染まっていた。それは恥じらいなのか、はたまた先ほどのホスト店で飲酒をした酔いから来るものかは僕にはわからなかった。
「ねえ、健二。私……あんたの力になりたい。だからたとえどんなに傷つけられたって構わない」
そう自然と言ってのける彼女を見て、僕は返す言葉が見つからなかった。彼女の言葉だけ見ればただ純粋に他人を想っているだけと解釈が出来るかもしれない。ただあの夏木だ。中学の頃から他人をいじめて、転校するまで追い込んで蹴落としてきたような女だ。彼女に純粋さなど、ないのだから。だから僕はただ、
「ああ」
と淡白に、夏木に対しての疑いの気持ちが乗らないようにした。
*****
翌日。事務所で佐倉に酒を注がれていた。
「今回の成功、嬉しく思うよ。大友から今回のこと聞かされた時には難しいんじゃないかなと思ったんだが。やってくれるとは」
嬉しさを態度で露わにしながら内心、やはり大友が絡んでいたかと毒づいた。その大友は、壁に沿って立ち仏頂面を湛えている。一瞬、目が合ったような気がしたが、すぐにそらされた。
「そうだ、お前まだ刺青入れてないだろ」
「え」
佐倉は立ち上がり、ダブルコートを羽織った。大友の横にいた構成員に目を配る。
「こいつに運転任せるから。小野、店に行くぞ」
佐倉の有無を言わさない迫力に、少々気圧された。刺青なんて入れたくなかったが、若頭に言われては仕方がない。僕は立ち上がった。
三十代ぐらいの構成員と佐倉が事務所を出る。僕もそれに続こうとすると、大友に呼び止められた。
「おい健二。てめぇ、若頭に気に入られているからって調子に乗んなよ」
憤りを覚えたが何も言い返せない。ただ、「すいません」と頭を下げた。
まだ言い足りていない大友に無言で別れを告げて、今度こそ事務所を出る。それからパーキングエリアで組の車の助手席に乗り込む。
車が刺青を入れる店へと向かう。
「小野はどんな刺青を入れたいのか、考えているのか」
「いえ、急なご提案でしたのでまだ……」
「竜とか虎とかはやめた方がいいぞ。あれは年取ると後悔するってよく言うからな」
「そうなんですね」
「話は変わるが昔の任侠映画とかは見るのか」
「いや……あんまり。そういう暴力描写とかは苦手なので」
そんなヤクザがいんのかよ、と佐倉は大笑いした。いや、てめえが強引に入組させたのだろうが。
三十分ほどで五階建ての雑居ビルに着いた。車から降りて、佐倉と共に階段を上り二階にある部屋に入る。
店構えは閑散としていた。ソファが三つほど入り口付近に並べられ、個室が二つほどあるだけの、質素な空間。
すると不格好な五十代ぐらいの男が、わずらわしそうに頭を掻いて個室から現れた。
「久しぶりだな佐倉。二年ぶりか?」
「ああ、友三さん。今日の依頼はこいつに掘ってほしいんだわ」
友三と呼ばれた男が僕の顔をじろじろと見てきて、
「こんな女の子みたいな奴の体に入れるなんて、少し興奮するな」
「友三さん、自身の性癖披露しないでくださいよ」
友三はふん、と鼻を鳴らして不愛想に「冗談に決まってるだろ」と言った。
僕は個室に案内されて、椅子に座らされる。どこに入れたいかと訊かれて僕は腕だと答えた。
「これでお願いします」
「なんだこれ、花?」
僕は携帯の待ち受け画面を見せて伝えた。表示されている画像は、オオアマナという純白の花だった。
オオアマナの花言葉は「純粋」で、ベツレヘムの星という名を持っている。ベツレヘムの星とは、ベツレヘムの街でイエスが生まれた時に輝いた星。
祝福の街の星の名を持つ花と僕は相容れない。これから先暴力の世界で生きることになる自分にとって純粋さなどとうに消滅するだろうから。だからこそ、一生残る傷として、形にしておきたいのだ。
「女々しい奴だな」
そう友三は言った。たしかに、そうなのかもしれないなと僕は苦笑した。




