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死と彼を想う瀬戸際で  作者: 彼方夢
第一章 自殺を止められて、夢を授けられた。
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第二話 友人関係なんてしょせん軽薄で


 いじめられるなんて思いもしなかった、と言えば嘘になる。

 昔から協調性が低く、いつも周囲となじめずに浮き彫りになっていた。小学校低学年頃から、孤立することが当たり前になっていた。クラスメイトからの嫌がらせに、ただ耐えて、耐えて、耐える毎日。

 鋏でずたずたに切られた上履き。トイレに捨てられ汚れたランドセルや教科書。もはや常套句と化している私への暴言。そのどれもが私を激しく苦しめたが、時とともに慣れていった。痛め付けられることが私の日常だったからだ。


 そして高校生になり、だけど環境が変わっただけで周囲の私へのいじめはなくならなかった。

 そんな時、ある女子生徒が私に友好的な笑みを湛えて近寄ってきた。名前は織田夏木。右耳に十字架のピアスを付けていて、笑顔がどこか愛らしい。

 夏木は色んな話をしてくれた。昨日見たテレビの話。好きな俳優の話などを語る夏木の表情はいつも楽しげで、私の心を癒した。そんな彼女ともっと仲良くなりたい。いつしかそう願うようになって、書店屋で会話の本を買い、勉強した。コミュニケーションがうまくなりたい。すればきっと彼女と友達になれるはずだから。


 会話のテンポ。言葉の選び方。本で読んだ内容を実践しても、円滑に会話が出来ない。どこかたどたどしくなってしまう。そのせいだろうか。夏木の態度が段々しおらしくなっていったのは。

 夏木は私に興味をなくし、私をいじめる側へと移った。罵詈雑言を並べ立て、嫌味たらしく冷笑した。そんな夏木の態度に、私の心は深く抉り取られた。今までも散々苦言は言われてきた。けれども、夏木と一時的に親しくなって、そのせいで耐えられなくなったのだろう。

 自室の机に置かれた会話の本を見て、激しく怒りが沸き上がった。裏切った夏木にも、他人(ひと)を信用してしまった自分にも腹が立った。本を机から落として、そして笑いが込み上げてきた。

 もうどうでもいい。死んでしまおうと——。


****


「そんなことがあったんだね……」


 事の全てを少年は黙って聞いてくれていた。


「織田夏木の悪い噂は聞いたことがある。彼女は孤立している人とわざと親しくなったところで、その人を精神的につぶすんだ。僕と夏木は同じ中学でね、その頃からそういう悪い趣味があったんだよ」


 私は絶句した。夏木の笑みは全てほくそえんでいただけだったのか。仲良くしていたのも策略か。私はただ騙されていたんだ。

 スカートをきゅっと握りしめる。そうしないとまた涙がこぼれそうだったから。

 少年は真面目な顔で、聞いてほしいんだと言った。


「君にこれからも生き続けてほしい。十六歳で人生を投げ出すなんてもったいないよ。これから幸せなことがきっとあるはずだから。だからね、生き続けるために人生の目標を持つというのはどうだろう。考えてくれないかな」

 涙でかすんだ視界で少年の顔を見る。まるで神父のような、教え導く表情をしていた。


「僕の名前は小野健二。また出会えたら、その時もまだ辛さを抱えていたら話をしよう」


 少年——小野健二は柔和な表情を浮かべて、


「その時は、君の名前が知りたいな」

 と言い残し、会計をして店を出ていった。一人残された私。彼から紡がれた一つ一つの言葉が沸いて止まらなかった自殺願望を塞き止めた。


 もうぬるくなったココアを口に含む。先ほどまでは温度しか感じられなかったが、強い甘味が舌を舐めまわした。そのことに安堵を覚えた。ようやく味覚が戻った。少しは正常な人間に近づいたのかもしれない、と。

 全て飲み干し、私も店を出る。まだ絶えず誰かを嘆くような雨が降っていた。もう濡れたくはないな、と思ってふと傘置き場を見やると彼が使っていた傘が置かれていた。その傘はなんの変わり映えもない普通のビニール傘なのに、どこか輝いて見えた。彼に感謝してその傘を開く。もしかしたら私はあの悲しみの雨を防げる力を、彼から授かったのかもしれない。そう予感した。


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