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死と彼を想う瀬戸際で  作者: 彼方夢
第一章 自殺を止められて、夢を授けられた。
1/36

第一話 自殺未遂。美しすぎる少年との邂逅。



  1


 踏切の警報器が響き、鼓膜にその残響が残る。

 冷たい、孤独を感じさせる雫が、制服のシャツに染みを作る。

 私——一ノ宮江美は、とにかく憂鬱で、視界に靄がかかっていて、そして絶望を感じていた。

 早く死んでしまいたい。この酷い人生から早く解放されたい。


 電車があと数分で目の前を通り過ぎる。その際に飛び込んで、死んでしまおう。きっと痛みなんて一瞬だ。それさえ耐えればきっとエデンの園に戻れる。アダムとイブが追放された楽園に帰れるのだ。そう思うと、死のうとしているのにどこか救われているようで。


 ゴウン、ゴウンと電車が踏切に侵入してくる。私を解放してくれる天使の乗り物。

 急くように足を進める。タイミングが肝心だ。早すぎても遅すぎても駄目だ。

 そして、飛び込もうとして——何故か自重が後ろに傾いた。バランスを崩し、濡れたアスファルトに尻をついた。水たまりに浸かった部分のスカートが大きく変色する。

 私は呆けた。もうとっくに電車は通りすぎてしまった。何が起きたのだ。


「死ぬなよ、死んじゃあ駄目だ」


 切迫した声。声のした方向に顔を向ける。まるで少女のような中性的な顔をした綺麗な顔面の、私と同じ学校の制服を着た少年が血相を変えて見ていた。そこでようやく事態がわかった。私は飛び込む寸前に、この少年に腕を引っ張られて死ぬのを止められたのだ。


「どうして……」


 どうして死なせてくれなかったのだ。誰だかわからないけど、余計なことしてくれちゃって。

 少年は持っていた傘を、私の上に差した。


「何かあったの?」


 と優しく訊いてきた。その言葉の音は甘く、それが私の傷んでぼろぼろの心を抱擁した。

 この時、私はどうしてか少年に助けてもらいたいと思った。先ほどまで死を決意していたのに、一度優しくされたぐらいでこの世に未練が生まれるなんて。でも、助けを求めようにもそれをした経験があまり、いやほとんどなかったので何を言えばいいのかわからなかった。

 口ごもる私を見て、少年は淡く微笑した。安心してよと言うように。


「近くの喫茶店で話を聞こう。立てるかな?」

「は」

 なぜ喫茶店に行かないといけないのか。なんの話を聞くつもりなのだと、不思議に思う。


「嫌なことがあったから死のうとしてたんでしょ? 同じ学校だし、僕でよければ話ぐらい聞くよ」


 なおも優しさを譲渡してくる少年に、私は訳がわからなくなった。今まで散々虐げられてきた人生の中で、強い優しさに触れることがなかったから困惑したのだ。

 言葉は出せないけど、立ち上がるさまを見せて肯定の意味を伝える。 

 ゆっくりと歩き出す。少年は濡れても構わず私の上に傘を向けて、同じ歩幅で進んでくれる。気力などほとんどない状態、たどたどしい歩み方なのにそれに合わせてくれる。


 十分ほどで、すけたロマン喫茶の前に着いた。店の前のガラスケースの中に様々な色褪せた食品サンプルが並んでいる。


 傘置き場に傘を置いて、店内に入る。木の香りとメープルシロップの匂いが同時に鼻腔をくすぐる。なぜそんな甘い匂いが香るのだろうと疑問に思って、視線を巡らすと奥の席にパンケーキを食べている中年のサラリーマンがいた。

 店員がそのサラリーマンの近くの席に私たちを案内する。この席からは、今も神の涙のような悲劇の雨が窓越しから見える。雨粒がガラスに張り付いていた。

 少年は店員にホットココアを注文した。飲料なのでものの数分で届く。机に置かれた湯気が昇り続けるホットココアを、少年は私に差し出した。


「温かいものを飲むと自然に心が落ち着くから」


 そう言われて二口のどに通す。食道を通って胸の内側を熱さが一瞬支配する。すると凍え切った心がじわじわと溶解していく。ぽつんぽつんと涙が机に垂れる。私はごめんなさい、ごめんなさいと呟いた。誰に対しての謝罪なのかはわからないが、涙はぬぐってもぬぐっても次々と溢れる。

 少年は黙って泣きやむのを待ってくれた。

 どろどろとした悲しみの累積がこれ以上出ないように塞き止めて、息をつく。


「僕、雨が好きなんだ。冷たく静かで、でも日常に潤いをもたらしてくれるところがね」

 窓を見つめながら少年は言った。横顔もとても美しく、しかしどこか哀しげであった。それから少年は私に向いて、


「何があったのか聞かせてほしい。話すだけでも楽になるはずだから」

 と言い微笑んだ。私はそれにどう応えるべきかわからなくて俯いてしまった。でも、語るべきだ。この少年にはきっと理解してもらえる。私の劣悪な過去を。


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