巻き戻り6
亡くなったのは48名の方だった。
まったく、誠に必要の無い死であった。
それぞれにはそれぞれの人生があり、家族があり、尊い魂があった。
それをあんな風に……。
なんと悲しいことであろう。
それもまた、自分に責任があるように思えてならない。
自分という人間は人と距離を置くべきなのではないか。そして自分の力をもっと人の役に立つことのために使うべきではないか。
母にはまったく言いにくい事であった。
「ごめん。俺は1人で生きなくてはならない」
母は、慈愛なる母は、ただ黙ってその首をかしげるだけだ。先ほどふるった暴力については、まったく彼女にとっては悪いことではなくて、むしろ正しいことだと言わんばかりだ。
一人の子を思っての事だろう。
彼女等は既に子供を失っている。なんと悲しいこと。もう二度と失いたくはないのだ。
「幸いにも俺は、丈夫だ。簡単には死なない。心配する気持ちは分かる。だがもう少し」
「なぜ嫌がる。親子ではないか」声が何重にも重なったような声であった。その恨みは深い。
子供を目の前で殺された人もいる。子供が見ていぬうちに拐われた人もいる。なぜ許せと言えるのかと。
「では俺が、母の子供の分まで生きよう。殴られ蹴られ、それでも生きよう。だからそのかわり許すことも覚えてほしい。誰かを恨んで殺してその先にあるのは次の恨みだけ。その人にも母がいるのだ。同じ思いをさせてはいけない」
返答はなかった。ただ、手から落ちた一尺五分の鎌が転がる音のみ。
その後すぐに始めたのは遺体を埋葬すること。ご遺体は、今も少しずつ分解が始まっている。
一応、王都の教会に運び込めば(邪教の施設だが)膨大な金品と引き換えに復活を約束される。しかし、金の無い自分には厳しきことだった。
大抵の場合はもっているお金の半分を請求されるうえ、それでも足りなければ別のものを所望される。生き返らせるとは大変な事でいつでも順番待ちと聞く。
その辺に遺体を放っておいて悪霊になられても困るし、腐った体が病気の元となるのも避けなければならなかった。自分のせいで死んだと思うと心も痛い。この人達一人一人に家族があって、家庭があって、その人生がある。なんということだろうか。大災害だ。
ご遺体はしかし、重く、埋葬も大変だ。祈りを捧げる行程があるため1人当たり最低限3時間ほどの時間を要する事となる。これでも手際は良くなった結果であり、まったく休まず埋葬している。穴を掘った手は擦りきれて血が滲んでいるくらいだ。
それを48人分行う。単純計算、144時間もかかる。1日8時間作業して18日間。今は5人目の埋葬を行っている所だが、終わりがまるで見えない。
手伝いをお願いしたところ、数人の住人が手伝ってくれたけれど、ギルドが全滅していることを知ってからはまったく手伝ってくれなくなった。
結局別のギルドが3日後にやってきた。
「何やってるんですか?」
「あの、いや、なんというか」赤い目が俺をせめる。
仁王立ち、しかも汚れ一つ無い深紅の制服に身を包んだ受付嬢は見下ろすようにして俺を見ていた。
勝ち誇ったようにリンさんは饒舌だ。それをBGMに穴堀作業を慣行する自分もいるわけだが、客観的な位置関係を触れるのはよそう。彼女は仁王立ちをしているのだ。
腐れ縁という言葉を辞書で引いたならば俺達の顔が出てくるのではないか。墓場の穴堀を行ってすらいなければ、ギルド一番の美女と会話できるのは楽しくもあったはずだった。
現在、責任を追求される立場にあった。
それにしても犠牲者が多すぎた。手を貸されながら掘った墓穴から這い出ると、他にも大勢のギルドの方々が来ていることが分かった。
「今すぐ街に戻ってください。みんなの元気がなくなって街は幽霊にとりつかれたような有り様です」
「帰らない」何度練習したか分からない。神妙な顔で、悲しみのジェスチャーをしてそれでも怪しいけど。
「俺だけ無傷で生き残ってしまった」手の土をはらって。
「だからこそ、いまご帰還を」耳元でこそこそ話をするのはやめてほしい。なんか当たってる。息とか。
リンさんは人にきかれぬように細心の注意をはらっている。下手なことを聞かれて露見せぬよう。
最初の街のギルドメンバーはあまり戦いを経ていない人が多いらしい。人は沢山いるが、ギルドの建物内に入っては出るの繰り返し。
見るべきものがここにはないのか、俺達の方ばかりをみる人が多い。
「街の人を救うと思って帰ってきてください」
「街の外の人も救うべきだとは思わないのか?」
目を丸くした。その回答は想定外だったらしい。
リンさんの背筋が延びて、膝を付き、地面に指を当てる。
「是非、信徒としてお仕えしたく存じます」
「あ……いや、そう」めんどくさい。嘘がばれるかもしれないのだった。
「街の人達はもういいの?」
街のある方角を指差した。どこまでも続くような街道の向こう。丘を越え、山と皮を2つ越えたそのさきに街はある。現在の街の先にも同じような光景が広がっていた。誤解や恨み、いろいろ吹っ掛けられて大変な目に遭う気がする。
全速力で駆け出して逃げてやろうかとも思ったけれど、ご遺体をそのままに逃げるのもいかがなものだろう。と心を持ち直す。
ギルドのメンバーと汗をかきながら集団墓地を作成する俺を嘲笑うかのように太陽はあっという間に沈んでいくのだった。今日は宿をとってもらったが、おそらく、ギルドからの事情聴取のためだろう。リンさんの横顔をチラリと見たが、当然のようにこちらにはいちべつもくれない。回りに人がいるときは、俺が何者なのか露見しないようにか距離を置くらしい。
夜中になって寝静まる頃、リンさんが皿をもってご飯を届けに来てくれた。
「もし、お腹がすいていれば」
「ぺこぺこだよ。ありがと」
「おそれ多きお言葉」そしてチラチラと手を見てくるのだった。何か付いているだろうか。ああ、腕輪か。
「見守り妖怪がいるんだ」
受け取った皿からスープをくすって嚥下する。ほとんど具材はないが、なにかしら、ハツやレバーのような血の味がして少しむせる。
わずかに口を寄せてスープを飲んでいたリンさんが、姿勢を正す。そして改まって聞いてきた。何事か大事な話をしたさそうなので身構える。
「まだ、変身はできますか?」
「できる」
すぐさま右腕だけを変化させて青い毒沼のようになった指で空気中を撫でるようにかいた。全身やってしまうと他の宿泊客の迷惑になるので気を付ける。服も脱がないといけないしね。
急に腕が細くなったことで、ブカブカになった腕輪が床に落ちそうになるがすぐさま太さが変わって手首に追従した。あ、そういうこともできるのか。
「綺麗……」
地雷でも触るみたい慎重に近づいてきたリンさんが、チョンチョンと肌に触った。
毒沼に触れると何か病気でももらうんじゃないかと警戒しているみたい。
触った後は白い皮の手袋を装着していた。そんなに気になるなら手袋をしてから触れば良かったのに。
部屋から押し出す。さすがに女子と同じ部屋というのはまずいだろう。いろいろ。
「……とりあえず、バレなかった」
邪神かもしれないね、うふふふふ。でも人間なんだーと言い張るために。
今日はさっさと寝て体力を回復させようと思った。