巻き戻り11
ダンジョン攻略の目的は将来の探索時の相棒を探すという意味合いもあったが、勿論、神には弟子がいて、是非自分にというので、新たなる出会いはそこに生まれようとはしなかった。これでは面白くないと思ったため、命令して、渋々といった様子で別れさせ、各々が自分の特性にあったチームへと溶け込んでいった。
ダンジョンは動物の口の中に入るような感じがして、背中を濡れた手で撫で回されるような、首筋に息をかけられるようななんとも不気味な感じがする場所だ。
そのため、女子の中には入っただけで泣き出すものもいて、悲鳴が上がる状態で入ることになったので、これでは魔物も出てこないというわけで、試験は滞りなく進んでいくのだった。
ただ、この試験のもうひとつの役割は、学生に自分の能力がそれほど高くないことを認識させ、勉強することの大切さを説くことだったから、教師達は口裏を合わせた。そして、教材の中からわざと魔物を解き放ってダンジョンに産み落とした。
中級程度の魔物であったが、学生からすればその攻撃力の高さは驚異だった。実際、この魔物によって薬草とりに出掛けた男性が半身不随の状態で見つかったりした事件は有名である。
その魔物の名を闇、という。
闇は、全身が真っ黒な毛皮におおわれ、顔では目だけが光る。表情は読み取れず、二足歩行で、手足が異常に長い。言葉は持たず、時折短く鳴くこともあるが、多くの場合は縄張りを主張するものと思われる。
問題は、この日、闇は気が立っていた。そして、女子の悲鳴でダンジョンの雰囲気が変わっていたこと。攻略済みのダンジョンはいわば持ち主不在の豪邸である。闇は、その後玉に自分を据え置こうと考えた。
最初に闇に遭遇したのはひよっこ学生達のチームだった。話には聞く、闇という魔物に興味をひかれた学生達は持ち込んだサンドウィッチを闇に向かって投げた。
「見て!食べてるよ!」
闇が、人間の食べ物の味を知った瞬間であった。
その後、学生達はダンジョン二階層に降り、順調に探索を進めた。
「予定よりちょっと早いけれど、ここでテントを張ろうか」
時間はちょうど夕飯時を過ぎたくらいだった。
ダンジョン内に明かりはない。手元を照らすのはわずかな松明の明かりのみという、実に不便な環境で、先の見通せない中、夜営の準備が始まる。
最初に異変に気がついたのは、一学年3組のマルクだった。
「なんだろう。光ってる」
闇のなかに光る点が二つ。それが、一瞬消えてまた浮かぶ。
「宝石でも光っているんじゃないか?」
学生達はこの時、闇の特性を知らなかった。不用心に近づいて、その光りに手を伸ばす。なにか、ふさふさとした物に手が触れて思わず手をひくと、その光りは消えていた。
闇の特徴は、その身体能力にも関わらず、とても臆病だということが上げられる。人間を恐れているのだ。なぜ、人を恐れているはずの闇が、人を襲う事件が起こるかと言えば、それは縄張りに侵入した人間を追い出そうとして襲うためと考えられている。本来、率先して人を襲わない闇だったが、この時、人間は逃げる習性があると学んだ。
マルク以下4名が次に目を覚ますのは夜分遅くになってからのこと、他の学生メンバーも眠りについた真夜中に、不気味な物音を耳にし、眠い目を擦っておきた。それは、金物の当たるような耳障りな音である。
「ヒッ!!」
テントの中にそれはいた。大きく黒く、闇を切り取ったような化物が巨大な身体を曲げてテントの中に入り込み、リュックを漁っている。狙われたのは食料だった。
(試験は明日もあるのに食料をとられたらたまらない)
マルク達は、剣を抜いて大声で叫び、闇をテントから追い出すことに成功した。食料は半分以上食べられ、大麦がテントの床にぶちまけられて転がっていた。
翌朝、麦をかき集め、テントをたたんで出発の準備を進めていたマルク達の前に、また闇が姿を表した。
その名を表す闇に身体を隠すこともせず、堂々と仁王立ちで表れたその魔物は、学生達を獲物として認識していた。
「おまえ、また来たのか!」
石を投げたが、闇は動じない。そればかりか、興奮した嘶きをひとつ、したかと思うと、いきなりに体当たりをしてきた。荷物が中を飛ぶ、この中で同年のハルが引きずられて行った。あっという間のことで、学生達にはなにも出来ず、闇が残した大きな足跡だけが不気味にその存在が現実だとしめしている。
マルク達は、急いで他の学生メンバーを探しに向かった。班分けでは他に4つのグループがあって、その中にはなんとか力になってくれる人もいる気がしたのだ。自分達の力ではもうどうにもならないことが分かったし、先生を呼ぶには時間が足りないように思えてならず、安心するために皆で一緒にいようという考えである。
しばらく進むと1班のテントが見えた。朝御飯にパンを焼いたらしく、香ばしい香りが焚き火の回りに流れていた。
「たすけてくれ!!ハルがさらわれた!」
テントを開けると、そこは無人だった。1班はこの時、マルク達の班が石を投げ、叫んでいる状況に気がつき、一目散にダンジョンから脱出していた。
「なんでいないんだよ!」
その時、背中に迫っていた闇が、断末魔のような不気味な鳴き声で襲ってきた。その最中にやっとのことでマルクはテントの中に隠れた。残りの仲間とはぐれ、どうなったかはわからない。外は、嫌に静かになった。
もう、仲間は襲われたのか。自分しか残っていないのか。
恐る恐るテントから出ると、闇がそこにいた。投げ捨てたリュックの中身を漁っている。その姿が恐ろしく、テントの中に籠る。
次第にテントが内側にたわんで、壁が闇の顔の形に延び、こちらに迫る。先生達の声は聞こえない。1班は無事に逃げられただろうか。また、日が沈んで……。
東の方向に不思議な光が灯った。
ゆらゆらと揺らめくその光りは、どうやら人が手に持った松明の光のようである。
が、実際にはそれは違った。蛸のように重なりあった腕がダンジョンの壁を撫でると、瞬く間に腐れ、砕け、音を立てて倒れてしまう。地下でありながらにして、光が差し込む異常な状態となった。一度それが、身体を震わせば、ダンジョン中の虫達が集まって、その姿を一目見ようと色めきだった。そして蠱毒が始まる。
この中で一際大きな虫が4匹いて、虫にしては珍しく片ひざをつき、恭しく向かえる頃には、先生達は一目散に逃げ出していた。
「恐れ多い御方。お姿を見せていただけるとはなんと嬉しきこと!」
虫達は身体を震わせて喜びを一心に示し、あるいは、食べたものを吐き出しながらその重圧に耐え、なんとか生きているような有り様となる。
一歩間違えれば命を失う危険もあった。
その化物の親玉は「人間が囚われた。何か知っている者はいるか」と聞き、さっと手を上げるものがあった。あまりの恐れ多さに目をみることも出来ず、自分の身にかかった幸運にむせび鳴きそうになる虫は、震える喉にやっとのことで言うことを聞かせる。
「その様子、見ておりました。全てお伝えできます」
「素晴らしい。皆も見習うように。望みは好きに叶うものと思え」
「ははー!」
何事かを聞くと、その、化物の親玉は頷いてダンジョンの深部へと進んでいく、その化物達の行進はやかましく、デンデラデラデラと金太鼓を鳴らしながら前進するため、大変なパニックとなった。めちゃくちゃ強い何者かが我が物顔で弱いやつを蹴散らしながらダンジョン内を闊歩しているために、生き物全てが逃げ出す様となり果てた。
「ここは、新しい教会にいたしましょう!」
「ん?」
「信者も多くおります!是非に!」
「是非というならば仕方ないが、まずは人を探すことに専念しろ」
「それならばここに」
見つかった人間は、うんともすんとも言わない人形のような、商店街のショーウィンドーの中にあるマネキンのようになってしまっていて、血の気が引いた。
「あーまずい!!」
死んだふりを相手がしていると気がつくまで二時間ほどかかってしまった。誠に可愛そうなことをしてしまった。
ダンジョン内にわずかに残った暗闇に巨体をねじるようにして化物が消えた後で、残っているのは一人の男だった。
それを生徒の中の一人、全く幸運きわまりない女子生徒はその様子をまるっきり全て見てしまっていた。
「これってそういうことじゃん」




