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巻き戻り


 スキルという物をご存じだろうか。

スキルとは個人が持つ技量や能力を表したもので、人それぞれ持っているものが異なる。音楽家を志す青年が、長い練習の果てに作曲のスキルを獲得することで素晴らしい楽曲を書き上げるように、何かを成すためには、その価値に比例するスキルが必要となる。普通に生きていれば、世渡りやごますりといった生きる上で不可欠なステータスが手に入る。が、けしてそれに満足してはいけない。


 何も変化のない日常を淡々と繰り返すことはできるだろう。しかし、取り返しのつかない失敗を犯した時、それ相応のスキルがなければ後戻りすることはできないのだから。

こう、思ったことはないだろうか。人生をやり直したい。それができるならば、何を犠牲にしてもよい。


 人生とは自分が行った行動の結果として絶えず変わっていくものなどという戯れ言は聞きあきたのだ。


 と、寂れた村の教会の横の馬小屋で目を覚ましたアリサカは先ほど使用したスキルのことを思い出しながら右手を強く握りしめた。

 指に絡み付いた薄汚れた藁が煩わしくもあるが、自分の目は外の石畳の続く王城へと向かっていた。

 王道のゲームであるところの中世風の町並み。その片隅にある馬小屋はやはり、というべきか、金のない旅人の夜露をしのぐささやかな根城として機能している一方で、薄汚くジメジメとしている。まるで何年も人が住んでいない廃屋みたいだ。人は元より住んでいないが。


 しかし、その環境でもこれからの人生を考えると胸が高鳴った。テストを受ける前に全ての答案を知っているような気分。誰もが同じにスタートを切る瞬間に自分だけは助走どころか1回ゴールしてさらにスタート地点へと戻っている気分だ。


 皆が皆、人生二週目というわけではないだろう。魔物の群れがいきなり襲ってくることもあるまい。もしかしたら、死んでいったパーティーメンバーもまだ生きている可能性すらあった。


 スキルを使ってやりなおしを行った身としては、今までギルドで有していた資格を失ったことは正直痛かった。そのうえ、報酬の入っていた口座まで無くなった。


 身を包むのはみすぼらしい薄汚れた服。これしか持っていなかった。

仕方なく、頭に手を当ててスキル、メッセージを使用する。


 メッセージは離れた場所にいる知り合いや場所に考えを伝えるスキルだ。不特定多数に伝達することもできるが、魔族にそれを利用されメッセージを介した呪いの伝播が起きてからは禁止されている。

 「ギルドやっていますか」と冒険者ギルドへメッセージを送った後、外に出るより先に返答が来た。

「現在営業中」人が相手なのか怪しくなるほどそっけない返答だった。メッセージ中はお互いの思考が一時的に繋がっているはずなのに。怪訝に思いながらメッセージの繋がりを切った。


 ギルドは大抵の場合、職業相談所のような役割を担っているため、朝から行列ができる。割りのいい仕事は朝のうちになくなり、午後に残っているのは個人レベルで請け負うのにはそぐわない、ドラゴンの討伐だとか、魔物に占拠された町の解放だとか、30人ほどのグループが数ヵ月、あるいは一年を通して実施することを前提とした仕事ばかりとなる。


 もちろん俺も、駆け出しの冒険者な訳で(少なくとも表向きは)粛々とギルドの門を叩いた。


 弾け飛ぶ木製のドア。申し訳ばかりの銅でできた打ち掛け上は真ん中からひしゃげて、まるで溶けた飴細工のように折れ曲がっていた。弾け飛んだ扉はギルドの受付に当たり、バウンドして天井に突き刺さって止まる。


 やってしまった。


1ギルドメンバーとして粛々と成長する夢が早くも崩れる音がするのは、なにも天井からぶら下がった扉が軋んでいるからではあるまい。


 ギルド内は冬の祭典かと思うほどに人で溢れかえっている。小銭を稼ぐために楽器を演奏する詩人がいるが、その顔は何が起こったのかわからないという風で扉の消えた入り口と天井に突き刺さった扉を交互に見るだけだ。

 どこからか上がった、金切り声の悲鳴に背中をおされるようにして人々は我先にと外へ逃げ出した。


 ギルドの受付にむかいながら必死に頭を回転させる。

 まずい。ギルドの共有財産を傷つけるのは重罪である。いったいいくら請求されるのだろう。ギルド加入時に納めた金貨はおそらくかえってこないだろうし、むしろ上乗せして払わなければならないのは明白か。


「あ……」


 受付の内側に人が倒れていた。

 ドアがバーンってなって、受付にドーン、天井ブッース!ってなった時、受付には受付嬢がいらっしゃったのだった。

 瓦礫をどけつつキョロキョロとまわりに治療ができる回復職がいないか探す。


 となりで、イヤイヤと泣きじゃくるおじさんよりも、もっと首を振って探したが、あの服装をした人が見つからない。


「あくま?」


 視界の下から謎の名前で呼ばれる。最初は、自分が呼ばれているのだと気がつくことさえできなかった。もし、心のうちに巣くう悪魔という存在がいるならば、きっとそれは自分とは違う姿だろうなと確信をもちながら声のする方を見た。


 赤い光彩の珍しい瞳を持った受付嬢が俺の目を覗き込んでいた。目と目を鎖で繋いだわけでも無いだろうにまっすぐ見られて思わず視線をそらす。

 申し訳ないことこの上なかった。


「あくまさんですよね……この始まりの地に、お出でになったのは……その何ゆえ?」


 恐怖から来る表情で、俺の機嫌を損なわないように必死な作り笑顔を顔に張り付けながら少女のような所作でそのように聞いてきた。具体的には、ポケットから取り出した小さな花を差し出すという行為を行って彼女は笑っている。


「あ、いえ、悪魔じゃなくてですね~人間なんですよこれでも。お怪我はありませんか~」


 精一杯の笑顔で答えた。ギクシャクギクシャク。口の中が妙に乾く。額からはダラダラと汗。


「あ、はひっ!人間さんですよね!」

「そ、そうなのですよぉ!」


 立ち上がった受付嬢がこめかみをピクピクさせていらっしゃる。メッセージを送っているのだ。それはもう、ギルドマスターにであろう。


 ギルドマスター。ギルドを立ち上げた人。その人が引退する場合にはその権利は譲渡されるが、有事の際には進んで矢面に立たねばならない役職のため、ある程度の戦闘スキルを有していることが絶対条件となる。


「あの、こちらに敵意はないのですが」

 せめてもと笑顔で話すが受付嬢の顔は曇るばかりだ。胸元のネームプレートで、リンと言う名前であることがわかった。リンさんは目を必死に反らしてビクビクと震えている。恐れているに違いなかった。


「このまま、捕まらないならば、逃げたいと思うのだが」

 精一杯の落ち着いた大人っぽさをこれでもかと披露して、後退り。


「あの……どこに行かれるのですか?」


 お巡りさん呼んだのにおまえどこに行くつもりだ?という幻聴を聞きながらも、まだ笑顔を作ることを諦めなかった。

 それからギルドを出て道を行くあてもなく5分ほど歩く。


「あの、あの」言葉と共に肩が引っ掛かる。長い爪が生えた指が俺の服の肩部分を掴んでいた。危なかった。それに気がつかずに歩き続ければ、俺はリンさんを引きずるか、あるいは、服を引きちぎって歩いていたかもしれない。


「まず、私の部屋に行きませんか」


 なるほど。ギルマスが来るまでの時間稼ぎ。考えたものだな。部屋を提供するとは。俺としても馬小屋よりも広くて暖かい部屋は大歓迎だ。渡りに船、濡れ手に粟。粟はちょっと違うか?

 

 今度は壊さないように慎重にドアを開けて敷居を跨いだ。

 特段珍しくもない宿屋は、受付嬢が別の地域から派遣されているために、一時的な寝床として過ごしている場所らしかった。もしかしたら、ギルドがまるごと貸しきっているのかもしれない。なるほど、つれてきた理由と言うのが合点行く。

 ここにギルマスがいるのだろう。


「では少し待とうか」

「?」


 暖炉では赤い炎が白い埃を被った薪を舐めるようにしながら鍋をやる気無く暖めているところだ。味付けは薄いらしく、残念ながらその匂いをここから嗅ぐことは叶わない。金があればと思うのだが無一文であるのでしかたなく、天井を見つめるにいたる。


「ほんと、ほんとなんですよねマジで」


 なぜか砕けた口調で告げられた。

 本当に人間かってことか。まあ、力が強いのは前回のステータスを引き継いでいるからである。なにも珍しい事ではない。


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