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13-2 夢のレースへ

 都内屈指の格式を誇るプリンスホテルの大宴会場。天井からは豪奢なシャンデリアがいくつも吊り下がり、その無数の光粒が、鏡面のように磨き上げられた床に乱反射して、現実離れした華やかさを空間に満たしていた。


 しかし、その煌びやかな光景とは裏腹に、会場にはまるで弦のように張り詰めた空気が漂っていた。年に一度の競馬の祭典、有馬記念の公開枠順抽選会。集まった競馬関係者、フラッシュを焚く準備をする報道陣。人々の期待と不安が渦巻き、会場は一種異様な熱気に包まれていた。


 ステージ上では、フジテレビの佐野アナウンサーと竹俣アナウンサーが、百戦錬磨の落ち着きでマイクを握る。佐野アナの軽妙洒脱なトークが、かろうじて会場の息苦しいほどの緊張感を薄めている。


『さあ、今年もこの時がやってまいりました! ファンファーレが聞こえてくるようです!

  有馬記念、その勝敗を大きく左右する、運命の枠順抽選会です! 竹俣さん、有馬記念における枠順の重要性、改めて教えていただけますか?』


「はい、もちろんです。中山競馬場2500mというのは特殊なコース形態をしています。

 このコースの特徴としてスタートから最初のコーナーまでの距離が短い事が挙げられます。そのため内枠どうしても有利になります。コースロスなく、理想的なポジションを確保しやすいんですね。過去のデータを見ても、1枠から4枠、特に最内の1枠の勝率は群を抜いています。

 逆に、大外8枠からは未だ勝ち馬が出ていない。これは他のG1レースと比較しても、枠順の有利不利が極めて大きい、まさに『運命の分かれ道』と言えるんです」

『ありがとうございます! 『運命の分かれ道!!』ズシリと重いですねぇ!!』


 佐野アナの言葉に、会場中の視線が、まるで磁石に引かれる砂鉄のように、ステージ中央に置かれた抽選ボックスへと吸い寄せられる。スポットライトを浴びて鈍く輝くそれは、これから繰り広げられる悲喜劇の、まさに象徴のようだった。出走馬の関係者たちは、それぞれの胸に万感の思いを秘め、息を潜めるようにその瞬間を待っている。


『さて、ルールを説明します。片方のボックスには出走馬の名前が、もう片方には馬番号が入ったカプセルがございます。まず、今年のJRAプロモーションキャラクター、長島花梨さんに馬名のカプセルを引いていただきます。そして、指名された陣営の方にステージへお上がりいただき、ご自身の手で、運命の馬番号を引いていただく、という流れになります!』


 名を呼ばれた長島花梨が、深々と頭を下げる。張り詰めた会場の空気に当てられたか、その表情は硬く、やや青ざめて見える。


『それでは長島さん、早速、今年最初の運命を引いていただきましょう! お願いします!』


 緊張した面持ちの長島が、そっと抽選ボックスに手を入れる。カプセルを取り出し、震える指先でそれを開ける。その一挙手一投足に、会場中の視線が突き刺さる。カプセルの中から現れた小さな紙片を、彼女はゆっくりと広げた。


『おおっと! いきなり来ました! 今年の主役候補! 3歳牝馬最強、ハナマンカイです!』


 会場にどよめきが広がる。

 ハナマンカイ。2歳時の怪我を乗り越え、新馬戦敗退から怒涛の連勝街道へ。オークス、秋華賞の牝馬二冠に加え、古馬を一蹴したエリザベス女王杯。

 現役最強牝馬の呼び声高い、世代の女王だ。


『ハナマンカイ陣営、中内調教師、そして舘山騎手、ステージへどうぞ! さあ、どちらがこの運命のクジを引かれますか?』

「ここは先生にお願いしますよ」


 舘山がニヤリと笑って促す。


「えっ、僕ですか!?」


 突然の指名に、中内調教師が素っ頓狂な声を上げる。その様子に、会場からわずかな笑いが漏れた。


『では中内調教師、意気込みと、狙いの枠を教えてください!』

「えー、どこでも大丈夫、と言いたいところですが…正直、内過ぎるとゴチャつく可能性もあるので、1枠2枠あたりは、できれば避けたいなー、なんて・・・」

『なるほど、内過ぎるのも考えものだと。さてさて中内調教師の願いは届くのか・・・。では、お願いします!』


 一呼吸置き、覚悟を決めたように中内調教師がボックスに手を入れる。掴み取ったカプセルを、祈るように見つめ、そして、ゆっくりと開いた。中の紙片に目を落とした瞬間――。


『おっとー! これは!! ハナマンカイ、8枠⑮番!! まさかの外枠! そして隣で手を叩いて大笑いの舘山騎手!』

「あーあ、中内先生、オーナーにちゃんと謝っておいてくださいよー!」

「はい・・・申し訳ありません…」


 舘山騎手の容赦ないツッコミに、中内調教師はガックリと肩を落とし、天を仰いだ。


『さあ、ハナマンカイ、希望通り?外枠ということになりましたが、舘山騎手、いかがでしょうか?』

「ははは! まあ、ロスはありますけど、この馬なら問題ないでしょう。まぁ、俺が何とかしますよ!」


 その力強い言葉に、会場から「オォー!」という感嘆と拍手が沸き起こる。


『頼もしいですね! では、続いてまいりましょう。長島さん、お願いします!』


 再び長島がカプセルを開け、紙を広げる。


『おっとっと!! これも大本命! クラシック二冠馬、ホワイトフォース!』


 またも会場が沸く。

 ホワイトフォース。無敗で皐月賞を制し、ダービーこそ僅差の2着に敗れたが、菊花賞では驚異的なレコードタイムで雪辱を果たした。中山コースでのレコード勝ちの実績もあり、こちらも優勝候補筆頭だ。


『ホワイトフォース陣営、横山調教師とルメロ騎手、どうぞ! さあ、どちらが引きますか?』

「ワタシが引きます」


 流暢な日本語で、名手ルメロが自信満々に歩み出る。


『ルメロ騎手、ホワイトフォースの調子はいかがですか?』

「バッチリデース! ベストコンディション。コレナラ、有馬記念、勝てる自信アリマス!」

『力強い宣言! ズバリ、狙いの枠は?』

「大外じゃなければ、どこデモOK!」

『では、引いていただきましょう!』


 ルメロは迷いなくスッと手を伸ばし、カプセルを掴む。素早く開け、紙片を広げた。


『おっとー!! こちらも外だ! 7枠⑬番!』


 ルメロ騎手と横山調教師は顔を見合わせ、苦笑いを浮かべるしかない。


『いかがでしょうか? 一応、大外ではありませんが・・・』

「ウーン、チョット外スギルねー。デモ、ハナマンカイよりはマシかな?」

『おっと、このコメントに舘山騎手、苦笑いで返すしかありません! さあ、どんどん行きましょう! 長島さん、お願いします!』


 長島が頷き、三度、運命の紙片を引き出す。


『またもや! 来た! 大本命! 現役最強馬、インダストリアルです!!』


 三度、会場のボルテージが跳ね上がる。

 インダストリアル。現役最強の称号をほしいままにする5歳馬。3歳時は皐月賞を制覇するも、その後は不器用さを見せ惨敗続き。しかし、4歳秋に覚醒。今年は大阪杯、宝塚記念を連覇。そして秋古馬三冠を宣言し、天皇賞・秋、ジャパンカップを圧倒的な強さで制圧した。皐月賞を勝ってなお、されている中山コースへの適性だけが唯一の懸念材料とされる、断然の1番人気候補だ。

 壇上には、インダストリアルの相模調教師が一人で上がる。


『さて、早くも役者が揃ってまいりました! 川中騎手は本日、地方競馬に騎乗のため、相模調教師お一人でのご登壇です。調教師、ズバリ狙いの枠は?』

「ええ、もうここまで来たら、大外でなければ十分です」

『ジャパンカップではレース中に内ラチに激突する場面もありましたが、馬の状態はいかがでしょうか?』

「幸い、怪我は全くありませんでした。肉体面は前走を維持、いや、むしろ精神面ではさらに研ぎ澄まされ、最高の状態で送り出せそうです」

『それは心強い! ファンも安心しました。それでは、お願いいたします!』


 相模調教師は、わずかに逡巡する素振りを見せた後、意を決してカプセルに手を伸ばす。取り出した紙片を、ゆっくりと、しかし確かな手つきで開いた。


『なんと! 外から埋まっていく! インダストリアル、7枠⑭番!!』


 結果を見た相模調教師の表情が、わずかに曇る。


『相模調教師、こちらも外枠ですが、いかがでしょうか?』

「いや、枠自体は悪くないんですが・・・そうか・・よりによって、すぐ隣に強いのが来ちゃいましたね。マークさせることを考えると・・・

 これは、川中ジョッキーにしっかり作戦を練ってもらわないと。後で謝っておきますよ」


 相模調教師はそう言って、苦笑いを浮かべた。


『なんということでしょう! ここまでで、人気上位の有力馬が⑬番ホワイトフォース、⑭番インダストリアル、⑮番ハナマンカイと、揃って外枠に固まりました! まだ内枠がごっそりと空いているこの状況! 残りの陣営の皆さん、思わず笑みがこぼれている方もいらっしゃいます! さあ、続いてまいりましょうーー


 ーーーーーーーーーーーーー


 『ーーシビックサロン、3枠⑥番!!』


 シビックサロンに騎乗予定の岩山慎太騎手は、ホッとしたような、それでいてどこか少しだけ残念そうな、複雑な表情を浮かべた。


『さて岩山騎手、真ん中の良い枠だと思いますが、いかがですか?』

「いやー、これは絶好の枠ですね! バッチリです。まあ、何より大外じゃなかっただけでも儲けもんだと思わないとね・・・」

『ありがとうございます! それでは、改めてここまで確定した枠順を確認しておきましょう』


 1枠①番

 1枠②番

 2枠③番

 2枠④番

 3枠⑤番

 3枠⑥番 シビックサロン

 4枠⑦番 メロディーア

 4枠⑧番 ソードマウンテン

 5枠⑨番 アロマディーバ

 5枠⑩番 タイヨーク

 6枠⑪番 タイガーショック

 6枠⑫番 カイザーハッピー

 7枠⑬番 ホワイトフォース

 7枠⑭番 インダストリアル

 8枠⑮番 ハナマンカイ

 8枠⑯番


『というわけで、現在、内側の1枠から2枠までの4つと、そして大外の8枠⑯番が空いているという、なんとも極端な展開! まさに天国と地獄! 残る陣営の表情には、「頼む、誰か先に地獄を引いてくれ!」という切実な願いが浮かんでいます! それでは長島さん、お願いします!』


 さすがに場の雰囲気にも慣れてきたか、長島はスムーズな動作でカプセルを取り出し、紙を広げる。


『来ました!! 今年の日本ダービー馬! フッカツノネガイ!!』


 壇上に上がったのは、なんとフッカツノネガイのオーナーブリーダー、河合敬三、ただ一人。その姿に会場がざわつく。


『えー、国本調教師、そして三津騎手は体調不良のため、本日は急遽、オーナーである河合敬三さんに壇上にお越しいただきました。

河合さんはオーナーであると同時に、フッカツノネガイを生産された牧場の代表でもいらっしゃいます。なので、後ほど競馬のお話も伺いたいと思いますが・・・まずは河合さん、その出で立ちは?』


 佐野アナが思わず問いかけずにはいられないほど、河合氏の服装は異彩を放っていた。鮮やかなピンク色のネクタイ、胸ポケットには同じくピンクのチーフ、そして極めつけはピンクフレームの老眼鏡。全身から「ハッピー」なオーラを放っているが、場の緊張感とはややミスマッチだ。


「はい! 今日はね、先生も三津君も来られないって言うんで、僕が二人の分も幸運を引き寄せようと! 今日の僕のラッキーカラー、ピンクで全身キメてきました!」

『なるほど! ラッキーカラーがピンク! 決して、枠順の色を意識されているわけではない、と?』

「え? 枠順の色・・・って、あ!!」


 ピンクは、最も忌み嫌われる8枠の色。その事実に気づいた瞬間、河合氏の顔からサッと血の気が引いた。そのあまりに正直な反応に、会場の関係者席からはクスクスと笑いが漏れる。


『ま、まあまあ! そんなジンクス、関係ありませんよ! ダービー馬の強運があれば大丈夫! ズバリ、狙いの枠は?』

「そ、そりゃあ、大外以外なら・・・いや、ここまで来たら、どうせなら1枠! そうだ、1枠①番! 最内が欲しい!!」

『いいですね!夢は大きく! それでは河合さん、運命の一瞬です! 引いていただきましょう!!』


 ゴクリ、と生唾を飲み込む音がマイクに入る。河合氏は、まるで神に祈るかのようにクジ箱と対峙する。そして、意を決したように、あえて一番奥にあったカプセルに狙いを定め、それを掴み取った。震える手でカプセルを開け、中の紙片を、恐る恐る、広げた。


『・・・・・8枠⑯番!!』


 アナウンサーの声が響いた瞬間、会場は水を打ったように静まり返った。すべての音が消え、すべての動きが止まったかのようだった。誰もが息をのみ、ステージ上の河合氏を凝視している。彼は、まるで時間が凍り付いたかのように、紙片を見つめたまま、微動だにしない。


「・・・え?」


 か細い、信じられないといった呟きが漏れる。その顔は、みるみるうちに青白く変色していく。


「ま、まさか・・・そんな・・・」


 力なく首を横に振る。現実を拒絶するように。


「うそだ・・・うそだろ・・・これは・・・」


 呟きながら、無意識にか、一歩、また一歩と後ずさる。


『さ、さて河合さん。残念ながら大外枠となってしまいましたが、いかがでしょうか・・・河合さん? 河合さん!?』


 異変に気づいた佐野アナが慌てて駆け寄る。しかし、河合氏は目を見開いたまま、完全に硬直している。まるで魂が抜け落ちたかのようだ。佐野アナがスタッフに合図を送り、河合氏は関係者に支えられるようにして、静かにステージから運び出されていった。ピンク色の服装が、やけに悲壮感を漂わせている。


『さ、さ、さあー、き、気を取り直して、まいりましょう!』


 やや引き攣った声で佐野アナが進行を再開する。長島が、どこか申し訳なさそうに、次のクジを引いた。


『サンショクダンゴです!』


 サンショクダンゴ。2歳時は目立たなかったが、3歳になり才能が開花。スプリングステークス、青葉賞を連勝し、ダービーでも3着と世代トップクラスの実力を証明。前走の天皇賞・秋でも強敵相手に2着と、安定感は抜群だ。

 壇上には、レジェンド・武谷騎手が悠然と姿を現す。


『武谷騎手、残るは内枠のみという、願ってもない状況ですが!』

「いやー、ほんと、先に大外を持って行ってくれた河合オーナーには感謝しないとねぇ」


 百戦錬磨のベテランらしい、茶目っ気たっぷりのコメント。張り詰めていた会場の空気が、ふっと和らぐ。さすがはレジェンド。


『さて、時間も押しております! 武谷騎手、早速お願いいたします!』


 武谷騎手は、慣れた手つきで、こともなげにカプセルを選び、開ける。そして、紙片を広げた。


『おおおおっと!! ここで出た!! 1枠①番!! 最内! ゼッケン1番! 武谷騎手、このガッツポーズ!!』


 これぞレジェンド! まるで引き寄せたかのような最高の枠に、会場はこの日一番のどよめきと拍手に包まれた。


『さあ、長きにわたる抽選会も、ついに全ての枠順が確定いたしました!!』


【有馬記念 枠順確定】

 1枠①番 サンショクダンゴ

 1枠②番 コーラススフィア

 2枠③番 カランカラン

 2枠④番 ラストドライブ

 3枠⑤番 オーロラブルーム

 3枠⑥番 シビックサロン

 4枠⑦番 メロディーア

 4枠⑧番 ソードマウンテン

 5枠⑨番 アロマディーバ

 5枠⑩番 タイヨーク

 6枠⑪番 タイガーショック

 6枠⑫番 カイザーハッピー

 7枠⑬番 ホワイトフォース

 7枠⑭番 インダストリアル

 8枠⑮番 ハナマンカイ

 8枠⑯番 フッカツノネガイ


『有力馬が外枠に集まり、ダービー馬は大外へ。そしてレジェンドが最内を引くという、まさにドラマチックな抽選結果となりました! この枠順が、暮れの大一番にどのような影響を与えるのか! レース当日が、今から待ちきれません!!』

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