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11-4 残痕

すいません。前話を消すか本話を書き直すか悩んで、結局、この話を書き直し、時間がかかってしまいました。それにあたって、獣医の名前を神埼という名前にしました。把握お願いします。

 雪がちらつき始めた美浦トレーニングセンター。静寂を破るように、一人の男が国本厩舎の扉を叩いた。獣医師の神崎である。彼の来訪は、ノゾミの右後脚の様子を見るため。


「ふむ……やはり、変化は見られませんね」


 神崎は、エコー写真を見つめ、難しい表情を浮かべた。そこには、過去の戦いの傷跡が、まるで消えることのない記憶のように、静かに横たわっていた。クニモトとイマナミの顔にも、失望の色が濃く滲む。


「そうですか・・・そうなるとやはり、手前を替える時の減速は、克服できないのでしょうか?」


 イマナミの問いに、神崎はゆっくりと首を振った。


「いや、過去の症例を徹底的に調べた結果、古傷自体は競走能力に直接的な影響はないと考えられます」


 彼は、この3週間で掻き集めたのだろう分厚い資料を二人に手渡した。そこには、膨大なデータと、神崎の考察が詳細に記されていた。


「しかし、ノゾミは明らかに、手前を替える時に減速しています」


 イマナミが神埼に鋭く指摘する。


「それは、おそらく……」

「メンタルか」


 クニモトが神崎の言葉を遮るように言った。神崎はクニモトの言葉に、静かに頷く。


「おそらく、古傷というよりも、トラウマでしょう」

「なるほど・・・」


 震災は数々のトラウマをノゾミに刻み込まれ、ここでも震災の残痕がノゾミの走りを阻害していた。


「となると、どうしますか?」

「追い切りで、手前を替える練習を重ねるしかありません」


 神崎の言葉に、クニモトとイマナミは腕を組み、深く思案した。手前を替える練習は、これまでにも何度も試みてきた。しかし、改善の予兆を感じることはなかった。


「そうです。イマナミさん、ノゾミは水にもトラウマがあったんですよね?」


 神崎の問いに、イマナミは頷いた。


「ええ。運動量を確保するために、プール調教を取り入れたんです。最近は、普通に泳げるようになりました」


 イマナミは「結局ノゾミに負担をかけただけでした」と自重を含む笑みを浮かべた。

 その言葉に神埼は首を振った。


「イマナミさん、それは、国本厩舎のサポートとノゾミの努力の賜物です。それは大きな進歩です。

 人間でも、トラウマを1つ克服するのすら容易ではありません。でもノゾミは、一つの大きな壁を乗り越えることができた。これは大きな自信になっていると思います」

「自信、ですか・・・」


 イマナミは、神崎の言葉を反芻するように呟いた。ノゾミのプールでの成長は、確かに目覚ましいものがあった。しかし、それが手前の切り替えにどう繋がるのか、まだ確信が持てなかった。


「はい。トラウマを克服した経験は、他のトラウマを克服する力になります。ノゾミは、もう以前のノゾミではありません。プールでの成功体験は、必ず手前の切り替えにも良い影響を与えるはずです」


 神崎は、力強くそう言い切った。

 神崎の言葉に、イマナミとクニモトは顔を見合わせた。


「イマナミ、ノゾミの次走は、ジャパンカップ。体調に問題がないなら、予定通りでいく」

「わかりました」


 クニモトの言葉にイマナミは頷いた。


 ーーーーーーーーーーーーー


 その日の午後、ノゾミとイマナミは、まばゆい陽光が降り注ぐ広大な芝生の上に立っていた。ジャパンカップを間近に控え、3週間ぶりの追い切りに、ノゾミの瞳は闘志を燃やしていた。


「ブルルル・・・」


 普段は坂路での調教が中心だが、今日はジャパンカップを見据えた特別な練習。実戦さながらの芝での走行は、ノゾミの感覚を研ぎ澄ませる。


「ノゾミ、今日は手前を替える練習に集中するぞ」

「ヒンッ!」


 イマナミの言葉に応え、ノゾミは力強く嘶いた。その瞳には、レースへの並々ならぬ情熱が宿っていた。


「行くぞ。焦らず、ゆっくりでいい」


 イマナミの合図で、ノゾミはゆっくりと加速を始めた。そして、ある程度のスピードに乗ったところで、イマナミは手前を替える指示を出した。


(おっ!)


 イマナミは、思わず息を呑んだ。ノゾミは、これまでとは比べ物にならないほど、驚くほどスムーズに手前を替えたのだ。


「よし、その調子だ!」


 成長している

 イマナミは、そう確信を深めた。

 イマナミは、さらに手綱を操り、ノゾミを加速させる。そして、スピードに乗った状態で再び手前を替える。


「ブヒッ!?」


 その瞬間、ノゾミの動きが硬くなり、急激に減速した。


(まだ実戦レベルでは厳しいか・・・)


 イマナミは、心の中で呟いた。ノゾミは、過去のトラウマに打ち勝とうと、必死にもがいていた。しかし、スピードが上がるにつれ、あの悪夢のような記憶が蘇り、体を硬直させてしまうのだ。


「今日はここまでだ。お疲れ、ノゾミ」


 イマナミは、ノゾミから降り、その首を優しく撫でた。しかし、その表情は、どこか険しかった。


(時間が足りない)


 焦燥感が、イマナミの心を蝕む。

 ノゾミの成長は、確かに感じられる。しかし、ジャパンカップまでの時間は、残酷なほど少ない。現役最強馬、インダストリアルにノゾミの力を最大限に引き出すためには、トラウマ克服が絶対条件だった。


「ブヒュー・・・」


 ノゾミは、まだ走り足りないと言わんばかりに、イマナミを見つめた。いつもの坂路とは違う芝の上での調教は、ノゾミにとって物足りなかったのだろう。しかし、これ以上脚元に負担をかけるわけにはいかない。


「引き運動でもするか?」

「ブヒっ!」


 イマナミの提案に、ノゾミはそっぽを向く。どうやら、気に入らなかったようだ。久しぶりに見せるノゾミのわがままに、イマナミは苦笑いを浮かべた。


「それなら、ドレッドミルはどうだ?」

「ヒンッ!」


 今度は、ノゾミは嬉しそうに頷いた。

 ドレッドミル。

 馬用のランニングマシンのようなもので、主にリハビリに使われる。ノゾミは、このマシンで走ることを気に入っていた。しかし、人に乗せずに走る癖がついてしまうことを懸念し、使用を制限していた。


 しかし、今のノゾミなら問題ない。イマナミはそう判断し、頷いた。


「よし、行こう」


 イマナミは、ノゾミをドレッドミルのある施設へと連れて行った。


「さあ、行くぞ」

「ヒンッ!」


 イマナミがドレッドミルを起動させると、ベルトがゆっくりと動き始めた。ノゾミは、その動きに合わせて走り始めた。


「どうした、ノゾミ?」


 イマナミはノゾミの走りに違和感を覚えた。ノゾミの動きが、どこかぎこちないのだ。そして、その理由に気づいた時、イマナミは息を呑んだ。


「ノゾミ、お前……」


 ノゾミは手前を替える練習を、自ら繰り返していたのた。

 ノゾミは、ただ走り足りなかったわけではなかった。彼は、ジャパンカップで勝つために、自らを鍛えようとしていたのだ。それは、単なる体のトレーニングではなく、心の鍛錬。ノゾミは、過去のトラウマを乗り越え、新たな自分へと生まれ変わろうとしていた。


「そうか」


 イマナミは、ハッとした。

 自分がいくらサポートしたところで、震災の過去と戦うのはノゾミ自身だ。彼が必死に戦っているのなら、それを全力でサポートすることである。


「ノゾミ、一緒に頑張ろうな」


 イマナミはそう言って、ノゾミにエールを送った。


 ゆっくりだが着実にトレーニング積み3週間が経った。


 ついにジャパンカップが始まる。

今後も本話と前話は訂正するかもしれませんが、大筋は変わらない予定です。

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