10-4 再戦
公民館の隅に置かれた埃を被った古いテレビ。その画面には、菊花賞のパドックが映し出されていた。集まったのは、近所に住む十数人の男女。普段は静かな公民館も、今日ばかりは熱気に包まれていた。
「お、来たぞー!フッカツノネガイだ!」
商店街会長の耕作が、パドックに映し出されたノゾミの姿を指さしながら言った。
「現地で応援しようって言ってたけど、行かなくてよかったわね」
肉屋の女が振り続ける雨を見ながら言った。
京都で10Rの頃から降り出した雨は、勢いを増すばかりで。現在は大降りというほどではないが、芝は柔らかく、走る競走馬の足を走る競走馬の足を、重く、そして滑りやすくさせていた。
「あいにくの雨だけど、応援しよう」
「ノゾミ、頑張れー!!」
テレビ画面の中では、ノゾミは落ち着き払って周回している。その姿を、住民たちは祈るような眼差しで見つめていた。その瞳には、ノゾミへの期待と、僅かな不安が入り混じっていた。
公民館の熱気は最高潮に達し、まるで競馬場のスタンドにいるかのように、住民たちはノゾミの応援に燃えていた。誰もが、ノゾミの勝利を信じ、その蹄の音を待ち焦がれていた。
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菊花賞に出走する18頭がゲートの前で、輪乗りする。観客席に目をやれば、全員が色とりどりの傘の花を咲かせている。
菊花賞のスタートまであと数分に迫っていた。
『ーーーそれでは改めて近衛さん有力馬解説お願いします』
「今回はなんといっても③番フッカツノネガイと⑨番ホワイトフォースですよねー。ダービー3着だったサンショクダンゴは天皇賞・秋にでるので、まさに一騎打ちと言った格好です」
『なるほど、それでは有力馬2頭の内の1頭、フッカツノネガイはどうでしょうか?現在単勝オッズ2.1倍の一番人気です』
「うーむ、神戸新聞杯と状態とほぼ横ばいという状態でしょうか。というのは神戸新聞杯での状態がかなりいい状態で出ていたんですね。そこからピークアウトがかなり心配してたんですが・・・なんとかと言った感じでしょうか。
距離に関しては血統面だけ見ると決して合うとは言えませんが、この馬はかなり器用なので、長距離はむしろ合っていると思います。今降り出した雨もなんとかこなしてほしいと思います」
『なるほど。それでは、ホワイトフォースは、どうでしょう。現在単勝オッズ2.4倍競り合った二番人気です』
「これはフッカツノネガイと違ってかなり良くなっています。前走は7割仕上げと言っていたので、今回はかなり100%に近づいていると思います。
血統面で言えば距離はかなり合っていると思いますし、今降り出している雨もこなしてくれると思います」
『他に、伏兵はいますか?』
「他の馬は・・・そうですね。やはりダービーで格付けされてしまっている馬が殆どで、今年は夏の上がり馬が少ないんですよね。あえて言うなら骨折休養明けの⑪番ソードオリバーですかね。調教は抜群で、パドックも良気配でした」
『ソードオリバーの他に伏兵はいるでしょうか?』
「ソードオリバーの他にあげるとしたら・・・難しいですが、⑤番ムーンパレットですかねー。決め手に欠ける馬ではあるんですが、夏の成長に期待したいです」
『なるほどありがとうございます。
それではクラシック第3戦、菊花賞、間もなくスタートです』
スターターの壇上に上がり、、トランペットの高らかなファンファーレが、鳴り響く。
雨など、どこ吹く風かそんなことを感じさせないくらい、観客席からは、割れんばかりの手拍子が沸き起こり、ファンファーレと一体となって、競馬場全体を包み込んだ。
『冷たい雨が降っております。冬の訪れを感じる淀で今、クラシック最終戦、GI菊花賞が幕を開けます。
今年はダービー1、2着馬が3度目の対決を迎えます。
正真正銘の世代の頂点へ、③番フッカツノネガイ。被災地へ勇気と希望を届けることができるのか。
格付けはまだ済んでいない。⑨番ホワイトフォースが逆転を果たすのか。
それとも、まだ見ぬ伏兵が人気馬2頭に下克上を果たすのか。
ゲートインは順調です。
ゲートイン最後の⑱番アロマアニマル・・・
ゲートイン完了。
スタートしました!スタート絶好!フッカツノネガイ!今日も逃げます!
3馬身ほど離れまして2番手は⑪番ソードオリバー。⑱番アロマアニマル。そしてすぐ後ろに②番コミカルデルタ、それ以降ごった返しています。
後方2番手皐月賞2着馬⑤番ムーンパレット。
そしてなんと最後方にホワイトフォースがいます!
ホワイトフォース、末脚にかけます!今年の菊花賞は1番人気と2番人気がサンドイッチするという態勢です!!』
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「これってどうなの!?ノゾミ勝てるの!?」
公民館は、まるで嵐が来た後のように騒然としていた。肉屋の女は、興奮のあまり隣に座る男の腕を何度も叩きながら、画面に食い入るように観戦していた。
「わかんねぇーよ!澤井さん!どうなんだよ!?」
男は最近まで馬産に携わっていた澤井に助けを求めるように尋ねた。澤井は、手に汗握りながら答えた。
「わからん。わからんが。ノゾミにとっては願ってもない展開だとは思う」
「そうだな。ノゾミは逃げ馬!!ホワイトフォースは差し馬。差はあればあるほどいい!!」
耕作が得意げに解説をする。
「八百屋のあんたには聞いてないわよ!」
肉屋の女は耕作の知ったかぶりに、ツッコミをいれる。
「てか、ゴールよ!!やった!!ノゾミ一着!!」
「バカヤロー!!菊花賞はもう1周するんだよ!!」
菊花賞のゴールはまだまだ遠い。
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ーーー1周目のスタンド前を通過しました!先頭は依然としてフッカツノネガイ!
馬群は縦長の展開!先頭フッカツノネガイと最後方のホワイトフォースとの差はなんと20馬身以上開いています!ここまでは想定通りか、両陣営!?
2番手はアロマアニマル、コミカルデルタ。ソードオリバーは少し抑えてすぐ後ろ。続いて内からスタートアップ、ウレシイ、ライバルランド。
おっとムーンパレット早めに動き始めた!3冠目は譲れないかムーンパレット!一気に2番手!!
1000m60秒!決して遅いペースではありません!地力勝負に持ち込むか三津康成!
向正面に入ります!フッカツノネガイは淡々のペースを刻みます。コミカルデルタ、ソードオリバーが動き始め、位置を上げます。
そしてなお、動かないのはホワイトフォース!今もなお15馬身ほどの差があります!クリスチャン・ルメロどこで動くのか!?
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「おぉ・・・これはいけるんじゃないか!?」
商店街の面々が色めき立った。彼らの視線の先では、地元期待の星・ノゾミが先頭を疾走していた。そしてライバルのホワイトフォースは信じられないことに、まだ最後方に沈んでいる。
「いけいけいけ!!そのままだ!!」
「ノゾミ!!そのまま突っ走れ!!」
公民館は興奮の坩堝と化し、割れんばかりの声援が飛び交う。しかし、競馬を長年愛してきたベテランファンや、馬産を生業としてた人々は、表情を曇らせていた。
1000m60秒。
3000mの菊花賞、ましてや雨で緩んだ馬場においては、明らかにハイペースだ。今までノゾミは、こんな無茶なペースで押し切った経験がない。このままスタミナが持つのか・・・?
彼らは、ノゾミの爆発的なスピードに魅了されつつも、その代償を懸念していた。
「これで勝てたら、とんでもない記録だぞ」
「ノゾミ、どうか最後まで耐えてくれ・・・」
彼らの声は、期待と不安がごちゃ混ぜになった、複雑なものだった。
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4コーナーを回りました。コミカルデルタ!ソードオリバー、一気に捲って行った!しかし、フッカツノネガイ、ロスのない素晴らしいコーナリング!コミカルデルタ、ソードオリバーとはなお5馬身!!
直線入った!ホワイトフォースは大外に出して、追い出しを開始!!しかしフッカツノネガイとは10馬身以上あります!!
フッカツノネガイ依然として先頭!しかしホワイトフォースすごい脚!あっという間に、3馬身2馬身!!
おっと!?
ここでフッカツノネガイペースが一気にペースダウン!!
故障でしょうか!?
ホワイトフォース先頭に変わりました!ホワイトフォース一気に突き放す!2番手にソードオリバーがフッカツノネガイに詰寄る!
フッカツノネガイもう一度!
すごい脚!!ダービー馬の意地!!
ホワイトフォースに一気に詰寄る!!
フッカツノネガイ!ホワイトフォース!フッカツノネガイ!ホワイトフォース!
まっっったく並んでゴールイン!!!
これはきわどい勝負になりました!内フッカツノネガイ!外ホワイトフォース!
第NN回菊花賞はレコードの文字! 3分00秒9のレコード!!
雨が降る悪いコンディションのなかとんでもないレースになりました!
3着もソードオリバーとコミカルデルタで接戦。5着は後方からアロマアニマルです。一着はフッカツノネガイかホワイトフォース。ストップモーションでもも・・・・微妙です。電光掲示板も1着2着、写真。3着4着写真。そして5着アロマアニマルです。
フッカツノネガイは直線で減速しましたが、どうやら問題はなさそうです。
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「え?どっち?どっち?」
肉屋の女は、プロジェクターに映し出された菊花賞のゴールシーンのストップモーションを、目を皿のようにして凝視していた。息をのむような静寂の中、彼女の問いかけだけが、ざわめき立つ公民館に響き渡る。
「ゴール後の勢いはノゾミにあったんだがなー」
馬産に詳しい澤井が、眉間にしわを寄せながらつぶやく。
「うーむ、俺にはわからん」
八百屋の耕作は、腕組みをして唸るばかりだ。
住民たちは、ノゾミの勝利を祈って、固唾をのんで画面を見つめていた。ざわめきが、期待と不安の入り混じった緊張感を物語っている。5分という時間が、まるで永遠のように感じられた。そしてついに、結果が発表された。
1着 ホワイトフォース 3:00:9
2着 フッカツノネガイ ハナ
3着 コミカルデルタ 3
4着 ソードオリバー ハナ
5着 アロマアニマル 11/2
「えー負けてたのー?」
肉屋の女が、がっくりと肩を落とした。
「同着に見えるけどなー」
耕作は、まだ納得がいかない様子で、画面を指さしている。
落胆の色が濃い住民たち。しかし、その表情は、悔しさを滲ませながらも、どこか明るかった。彼らの心には、ノゾミの健闘に対する誇りと、次こそはという期待が灯っていた。
「次のレースこそ勝てるように応援だな」
澤井が、力強く宣言した。
「次は現地まで行って応援しよう!」
誰かが声を上げると、公民館は再び活気を取り戻した。
こうして10月26日が暮れていく。この日は、あの忘れもしない震災の日でもあった。毎年この日が来ると、彼らの心には深い悲しみと虚無感が押し寄せる。しかし、今日の菊花賞、ノゾミの懸命な走りは、希望と活力を与えた。
彼らは、震災の記憶を決して忘れることなく、しかし、ノゾミの走りに勇気づけられ、明日へと歩みを進めていく。公民館の明かりが消え、静寂が訪れる中、彼らの心には、ノゾミへの感謝と、未来への希望が静かに灯っていた。




