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9-2 カノジョが見たノゾミ

 小学4年生の少女、里奈は初めて京都競馬場に足を踏み入れた。目的はただ1つフッカツノネガイの応援である。前々から競馬場に行きたいと思ったが、ダービーは指定席を取ることができず断念した。そして今回念願の競馬場デビューというわけである。


「いくわよ。里奈」

「う、うん。お母さん」


 母の手に引っ張られ競馬場の入口をくぐった。するとまるで別世界のような活気が彼女を包み込んだ。それはまだレースが始まる前にもかかわらず、観客たちの期待感が空気を震わせていた。緊張が解け、そして笑った。


「すごい人ね・・・フッカツノネガイのレースはまだまだでしょ?」


 母親は困惑しながら時計を確認する。時計の針はまだ9時半を指しており、ノゾミの出番である15時半はまだまだである。


「お母さん!!ちょっと見て回ってくるね!!」

「ちょっと!!指定席はコの118だからね!!」


 里奈は「わかってる!!」と言って駆け出した。彼女はその熱気に圧倒されつつも、自然と足取りが軽くなるのを感じた。


「こんなにも人が集まるなんて・・・」


 少女は心の中で呟いた。目の前には、競馬場には数え切れないほどの人々が詰めかけていた。それはまるで、みんなが一つの目標に向かって、まるで一体化しているかのようだった。


「なんかすごくワクワクする!!」


 少女は第1レースのパドックに走り出した。

 ーーーーーーーーーーーーー


「ふぅー」


 三津は調整ルームで目をつぶって精神統一をしていた。今日も騎乗鞍は少なめの4鞍。それも2鞍は午前中。そして1鞍は最終12Rである。それだけノゾミのレースは三津にとって特別だった。


「よぉー三津」

「あ、武谷さん。こんにちは」


 武谷は「隣いいか?」と断り三津の隣にドサリと座る。


「武谷さんも、あとメインだけですか?」

「いや、俺は西宮ステークスも走るよ。お前は神戸新聞杯か」

「はい。神戸新聞杯です」

「ダービー勝ってどうだ?ダービージョッキーになって色々なところから取材きただろう」


 武谷の言葉に三津は苦い顔をして頷いた。


「そうですね。色々なところから取材きて、1年目2年目を思い出しましたわ」

「フハハ、確かに三津はそうだった。天才ジョッキーだったもんな」


 武谷はそう言って手を叩いて笑った。一通り笑った後に三津に問いかけた


「緊張するか?ダービー馬にのって、ダービージョッキーになって、新たなプレッシャーがあるんじゃないかと声をかけたんだよ」

「そうですね。たしかに滅茶苦茶緊張してます。今胸手を当てたら、すごい心拍数してますもん」


「ただ」三津は続けて言った。


「滅茶苦茶楽しみです。」


 三津の顔に刻まれる表情は、複雑で美しい交錯を見せていた。眉間に刻まれた微かな皺は、明らかにレースの重圧を物語っていた。それでも、その目は輝いていた。瞳の奥には、明らかな興奮と期待が踊っていた。唇の端がわずかに持ち上がっていた。そこには確かなプレッシャーと勝利と栄光への渇望が見え隠れしていた


「・・・そうか。」


 武谷は三津の言葉に目を丸くしたが、やがてニヤリと笑った。


「俺は三津お前を舐めてたかもしれねぇー」

「え?そうなんですか?」

「そんなこと言えるお前はもう一流ジョッキーだよ」


 そう言って武谷は立ち上がり「心配して損したー」と言いながら、調整ルームを後にした。そして武谷は嬉しそうに笑みを浮かべた。


「あいつはもう大丈夫だな」


 ーーーーーーーーーーーーー


 母娘の二人連れがパドックの前に立っていた。母親も、初めての競馬場体験に戸惑いながらも午前中のレースを観戦する内に、その華やかな雰囲気にすっかり魅了されていた。里奈は、競馬雑誌を手に、一頭一頭の馬の名前や過去のレース成績をチェックしつつ、母に説明していた。


「ほら、お母さん、この馬は前回のレースで三着だったけど、前回は出遅れたの!!だから今回勝てると思う!!」


 里奈が指さす先には、黒々とした毛並みの美しいサラブレッドがいた。


 母親の方は、競馬に関してはほとんど素人同然で、馬券の種類もよくわからない。彼女は娘の言葉を頼りに、目の前の光景を楽しもうとしていた。


「いつの間に里奈、こんなに競馬詳しくなったの?」


 母親の言葉に得意げに笑う里奈。


「そりゃーフッカツノネガイが好きで、競馬について調べてたから。フッカツノネガイのお父さんのキズナまで調べたよ。でほら、これが単勝で、これが複勝。単勝は一着になる馬に賭けるんだよ」


 母親は、娘の説明に少しずつ理解しながらも、パドックで馬たちが回る姿を眺めながら呟いた。


「どの馬がいいのか、見た目じゃ全然わからないわね」

「それは私もわからない。なんか外回ってるとか、トモが発達しているといいとか色々書いてあったけど・・・」


 母親は、午前中は見るだけで馬券を買わなかったが、午後からのレースは娘の指摘に従い、初めての馬券を買うことにした。


「じゃあ、里奈の言う通りにしようか。どの馬にしよう?」

「えっとね。じゃあ・・・」


 里奈は自信を持って答えた。彼女の言葉を信じ、母親は馬券を購入した。


 スタートの合図が近づくにつれて、少女の心臓はますます早鐘を打った。彼女はまるで自分がそのレースに参加しているかのような錯覚を覚え、手に汗を握った。まだ馬たちがゲートから飛び出す前の静けさの中で、彼女は競馬の魅力に引き込まれていった。


 レースが始まると、母娘は一緒に声をあげて応援した。ゴールに向かって駆ける馬たちの姿に、母の心も自然と躍った。結果、番号7の馬は見事に三着に入り、母娘の初めての競馬体験は、勝ち馬券の喜びと共に締めくくられた。


「競馬って楽しいんだね」

「でしょー?」


 母は、娘の知識に感謝しながら笑顔で言った。里奈もまた、母と共有できたこの時間を大切に思い、ノゾミのレースに期待を膨らませていた。

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