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6-3  彼らの願い

 ダービーの直前。18頭の精鋭たちが、静かに、しかし力強く、ゲート前で輪乗りしていた。


 競馬場の空気が、緊張と興奮で張り詰める。観客席からは、期待と興奮が入り混じったざわめきが聞こえ始める。そして、スターターが旗を振り、ダービーの始まりの合図を送る。


 ダービーのファンファーレが鳴り響く。まるで、戦いの始まりを告げる号砲のように、澄んだ金管楽器の音が鳴り響く。それはまるで、歴史的な瞬間を迎えるための前触れだ。そして音に合わせて観客の興奮は手拍子と言う形で変換される。


 ファンファーレの旋律が最高潮に達する。その瞬間観客の声援が一斉に爆発した。その音は、競馬場全体を包み込み、まるで一つの大きな鼓動のように響く。ここに集う全ての人々が、一体となってこの瞬間を共有した。


『海上自衛隊のファンファーレをお聞きいただきました。さて加藤将さんに伺います。今回のレースどのような展開になるのかまとめをお願いします』


「そうですね。レースの展開を握るのはフッカツノネガイですね。スタートが良くていつも2馬身ほど差をつけますからね。フッカツノネガイがペースを握るでしょう。そして2番手にはこれもスタートのいいランランランが続くと思います。


 今日の馬場は逃げ切り勝利が多く、前が止まりません。そのため他馬はフッカツノネガイをやすやすと逃がすわけにはいかないと思うので、おそらくある程度ハイペースになり、縦長の展開になると予想できます。そうなると直線に入った段階で後方の馬はまず物理的に差し切れません。


 そしてそれは、ルメロ騎手も武谷騎手も分かっていると思います。なのでホワイトフォースはいつもより前の好位外目で、サンショクダンゴはホワイトフォースを意識して前で競馬したいですね。今年のダービーは最初のポジション取りに注目です」


『なるほど、前が有利な東京競馬場で、フッカツノネガイがどのようなペースを刻むのか。

 そしてそれを差し切るために、ホワイトフォース、サンショクダンゴはじめ、各馬はどのような位置に付けるのか。

 注目です。

 さてゲートインは既に始まっており、会場のボルテージはさらに上がっています。

 願わくば最高のレースを、そして全馬無事完走を。


 既に17頭はゲートの中、最後は⑱番スタートアップ・・・・

 ゲートイン完了。


 スタートしました!!


 スタート絶好フッカツノネガイ!!まもなく先頭に・・・・


 いや、ランランランもとんでもないロケットスタート!?ランランラン外から強引に鼻をとりきりました!!


 2番手にフッカツノネガイ!スタンドからのざわめきが大きくなった東京競馬場。いきなり波乱の展開です!!


 3番手は少し離れまして、サンショクダンゴ。

 いや鞍上武谷、促しているぞ!?

 サンショクダンゴポジションを上げて・・・なんとフッカツノネガイをピッタリマーク!!

 我慢できるか!フッカツノネガイ!そしてホワイトフォースはゆったり絶好の4番手。なんと人気上位馬は234番手!!

 今年の日本ダービーは激しいレースになりそうです!!』


 スタートは想定通りだった。いつも通りの絶好のスタートで、並び立つ者なんていないはずだった。しかし今回、外にさらにスタートが早い馬がいた。

 ランランランだ。

 勿論ランランランに鼻をとられるプランも考えていた。しかしそれはノゾミが出遅れた時。スタートをノゾミよりも早く切る馬がいるなんて想定、いや想像もつかなかった。


 どうする。


 鼻を取り返すか。スピードではノゾミの方が上。そんなことを考えている内に想定外がもう一つノゾミに迫ってきた。


「サンショクダンゴ!?」


 思わず声が出る。サンショクダンゴは末脚がしっかりしており、ハイペースでも勝ち切った青葉賞がある。だから、わざわざ自滅する可能性のある先行、しかもノゾミの位置まで上げるなんて・・・


 想定外の展開の中、三津の頭の中には2つのプランがあった。

 1つは手綱を押していってノゾミを動かしていって、ランランランから先頭を奪い、今までと同じ逃げ切りを狙うプラン。

 そして2 つ目はこのままガッチリ2番手をキープして、脚をしっかり溜め、4コーナーで捲り差しを狙うというプランだ。


 1つ目のプランは、ランランランが抵抗してきたら、ハイペースになってしまう。そうすると自然と後方馬が有利になり、前にいるノゾミは不利になってしまう。そして前にいるランランランが、先頭を安々と譲るとは思えない。それならば、このままガッチリ2番手キープするのが勝利に最も近い方法だ。


 しかし、ノゾミは、前に馬がいて、後方馬の厳しいプレッシャーをかけられるという初めての展開に耐えることができるのか。

 そしてなにより、自分自身が難しい展開を捌き切ることができるのか。

 逃げれば、大事故は起こらない。負けてもこれが自分たちの形だったと言い訳が利く。


 三津の手綱に力が入る。


「ブヒっ!!」


 その瞬間ノゾミの鳴き声が三津に届く。


「ノゾミ・・・」


 そうだ。


 負けた時なんて考えなくていい。俺達、騎手の仕事は、勝つためにはどうするかを考えることだ。失敗して世間からたくさんの罵声を浴びるかもしれない。しかしそれでも、ノゾミが勝つ可能性を1%でも上げるために自分はいるのだ。


 三津は手綱を軽く引いた。


 三津が選んだのは2番手キープ。ノゾミとそして自分を信じた選択になった。


『2コーナーを抜けて、1000m・・60秒1。平均的なペースです。

 先頭は依然としてランランラン。2番手にフッカツノネガイ。なんと控えました。しかし、なんとうまく折り合っているように見えます。そしてぴったり追走。サンショクダンゴ。そこから2馬身ほど外からホワイトフォース、アロマアニマル、内にハッピーハッピー。そして上がっていったルーチェット。少し後退コミカルデルタ。そこから後続馬殺到。そしてポツンとスタートアップ。末脚にかけます。


 場内がざわついています!!


 先頭のフッカツノネガイは未だ2番手で追走しています。三津康成の心の内はいかに。


 3コーナーに差し掛かりました。おっとフッカツノネガイが動き始めました。

 ここで先頭に・・・

 いや行かない!まだ行かない!!

 三津康成、手綱をガッチリキープ!アロマアニマル、ルーチェット外から上がっていった!ホワイトフォースも虎視眈々!!


 さぁ4コーナーに入ります。馬群が一気に凝縮していきた!ホワイトフォースとサンショクダンゴは外を追走!フッカツノネガイもペースが上がります!しかしフッカツノネガイは未だ内にいます!進路は開くのか!?』


 三津は冷静にランランランの動きを注意深く観察していた。

 三津は、ダービーに出走するうえで、出走する馬のことを全頭当然研究している。そして前を走るランランランについて、分かったことが1つあった。


 ランランランはコーナーで少し膨らむ。


 膨らむと言っても実況で言われるほどではない。だが過去4レース全てのレースで確実に膨らんで曲がっていた。それによって毎レース、ランランランの内に出来ていたのだ。


 馬が1頭分通り抜ける道が。


 4コーナーにかかる。

 そしてランランランはいつも通りコーナーワークで僅かに膨らんだ。


 そしてできた。


 ノゾミのビクトリーロードが。


「行くぞ!!」

「ヒンっ!!」


 ノゾミの首をグイッとおす。それによってノゾミは加速していく。そしてその僅かに開いたコースに


 ノゾミは突っ込んだ。


 スレスレである。少しでも走りがブレれば内ラチに激突する。ギリギリの走りだ。だが三津の表情は僅かに緩んでいた。自分の思い通りのコース通り、ペースで走れることが、そしてノゾミとレースをすることが、こんなにも楽しいなんて知らなかった。


 一気に先頭にたった。

 東京の直線は500メートル。三津は全力で追い出した。


『4コーナーを周り切り、、外から一気に上がってきたホワイトフォース、サンショクダンゴ!ランランランをとらえトップに・・・・

 いや!?すごいところからフッカツノネガイ!!ランランランの内から抜き去った!!


 直線!!フッカツノネガイが先頭。差は4馬身!!

 サンショクダンゴ追い上げる!


 しかし差が縮まりません!!



 残り400を切る!ホワイトフォース、すごい脚!!




 あっという間にサンショクダンゴを突き放す!!フッカツノネガイも脚色鈍ったか!?ホワイトフォース先頭!!


 いやフッカツノネガイもう一度加速!!鍔迫り合いに・・・




 いや、ならない!!




 フッカツノネガイ突き放す!!

 ルメロの鞭が入る!あと200!ホワイトフォース必死追う!!

 しかしフッカツノネガイすごい脚!!差は開く!!


 これはフッカツノネガイ!!


 クニモトの悲願!

 三津の切望!

 被災地の願いが今叶う!!


 フッカツノネガイっ一着でゴールイン!!』



「はぁはぁはぁー勝ったのか?」


 無我夢中で追っていた。後ろどころか横すら見ることができなかった。しかし、後方から声をかけられる。


「おめでとう」


 武谷の言葉だった。その言葉が意味することを理解した瞬間、感情が溢れる。


 だが、それは涙とかでなく、笑顔だった。


「楽しかったな!!ノゾミ!!」

「ヒンっ!!」

「また走ろう!!」

「ブヒヒヒっ!!」


 馬は力強く、しかし優雅にゴールを駆け抜け、ジョッキーは高らかに拳を突き上げる。その一瞬、世界は彼らのものだった。夢と努力が結実したこの光景は、永遠に語り継がれる物語となるだろう。

 ダービーは終わりではない。これからもノゾミは走り続けるのだ。


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