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6-2 彼らの願い

2/13 タイトル変更しました

 ダービーのパドックにて

 ケイゾーは、未だ信じられないといった表情でアオキに話しかけた。


「なぁーアオキ。これは夢か?」

「夢じゃないっすよ、ケイゾーさん。ほら、あれ見てください」


 アオキが指さす先には、電光掲示板があった。そこには、信じられない光景が広がっていた。


 1 フッカツノネガイ 6.1


 単勝オッズ6.1倍。

 それは、自分たちの愛馬が多くの人に支持されていることの証明だった。人気にして3番人気。

 そもそも河合牧場の馬は、歴史上一度もダービーに出たことがなかった。それが災害で奇跡的に生き残った一頭が、ハンデを抱えながらダービーに出走し、そして多くの人に支持される。まるで御伽噺のような物語だ。


 ケイゾーは、今一度、パドックを見渡した。色とりどりの勝負服を身に着けた騎手たち、興奮した表情で愛馬を見守る馬主や関係者たち、そして、それを撮影する報道陣などさまざまである。パドック全体が、異様な熱気に包まれている。

 しかしそんな異様な熱気の中、ケイゾーの目線はノゾミのライバルたちに引き寄せられる。


 2番人気サンショクダンゴ。単勝オッズ、5.4倍。

 サンショクダンゴはいつも通りの歩様で、ダービーの熱気をどこ吹く風かと言わんばかりに歩いている。その様子は正に自由奔放、これならばいつもの力を出すことができるだろう。


 どの出走馬も、血筋、実績、調教、全てにおいて選び抜かれたエリート中のエリートだ。一筋縄ではいかない強者ばかり。しかし、そんな中でも、否が応でも意識せざるを得ない一頭の馬がいた。


 カンッ!


 乾いた蹄鉄の音が、静寂を切り裂き、競馬場全体に響き渡る。

 その音には、まるで空気を震わせるような、有無を言わさぬ威圧感があった。周囲の馬たちは、その圧倒的な存在感に気圧されたのか、前後に不自然な空間を作り出している。芦毛の馬体は、陽光を浴びて一段と白さを増し、神々しさすら漂わせる。


 無敗の皐月賞馬。ホワイトフォース。単勝オッズ1.9倍。


 観客の視線は、一点に集中していた。


 そんな異様な緊張感の中、一頭の馬が悠然とホワイトフォースの横に並び出た。


 ノゾミだ。


「ブホッ!」


 ノゾミは荒い鼻息とともに嘶き、鋭い眼光でホワイトフォースを睨みつける。ホワイトフォースもまた、挑戦者を迎え撃つように睨み返す。二頭の視線が交錯する瞬間、周囲の空気はビリビリと震え、肌を刺すような緊張感に包まれた。まるで、今にも戦いが始まりそうな、そんな錯覚を覚えるほどの威圧感だった。

 いや、こうなると未だ、のほほんと花を見て、美味しそうだったのか食べようして止められているサンショクダンゴの方が異常なのかもしれない。

 1強に挑む2強。それが今年のダービーの構図だった。

 クニモトと三津が二人の元へやってくる。


「どうもお世話になっています。ケイゾーさん、アオキさん」

「これはこれは。お世話になっています。クニモト先生、三津騎手」

「どんな調子ですか?ノゾミは?」

「恥ずかしくない出来だと思います」


 クニモトは胸を張って言った。改めてノゾミを見る。

 その馬の黒々とした毛並みは、まるで墨を引いたかのように深みと光沢を帯びていた。肩から背中、そして四肢に至るまで、力強さとしなやかさが同居する完璧なラインを描いている。各部位のバランスは長時間のトレーニングと絶え間ない努力の結果が、その逞しい馬体に刻印されている。見る者に圧倒的な存在感を示し、隣に歩くホワイトフォースすら圧倒して見えるのは馬主贔屓だろうか。


「ここまでこれたのはクニモト先生が受け入れてくれたおかげです。ありがとうございました」

「いえいえ、私は何もしてないですよ。世話をしているのはイマナミで、レースするのは三津です」


 謙遜するクニモトに、ケイゾーは首を振った。


「当然イマナミくんにも後でお礼をいいます。ただ貴方が競走馬として引き受けてくれてなかったら、ノゾミはレースに出走するチャンスすらなかった。ノゾミを見捨てなかった先生のおかげです。ノゾミを預かったのが国本厩舎で本当に良かった」


 ケイゾーの目には微かに光るものがあった。


「やめてください。別にこれが、ダービーがノゾミの最終レースじゃあないんですから」


 クニモトはアオキに言われたこと、教わったことをそのまま投げかける。ケイゾーはきょとんとした顔をして、のち照れくさそうに笑った。


「そうですね。それじゃあ三津騎手。ウチのノゾミを頼みます」

「任せてください。俺とノゾミでてっぺん取りに行きます」

「とまーれ!!」


 パドック終了の号令がかかる。4人がノゾミの元に集まる。


「特にパドック中変化はありません」

「了解です」


 三津がイマナミとクニモトの補助でノゾミに乗り込む。


「あ、そうだそうだ。ノゾミお前にプレゼントがあるんだ」


 そう言うケイゾーは、使い込んだ革鞄から、丁寧に包まれた額縁を取り出した。周りの喧騒を遮断するように、静かに、そしてゆっくりと。ノゾミはいつものように興味なさげに顔を背けようとしたが、ケイゾーの表情を見て、わずかに首を傾げた。


「じゃーん!!」


 ケイゾーが満面の笑みで額縁を掲げると、ノゾミの瞳が、一瞬にして輝きを増した。


「これ、地元の小学生の子が書いてくれたんだ。お前の絵だよ、ノゾミ」


 ケイゾーの言葉に、ノゾミは釘付けになった。額縁の中に飾られた絵は、力強く駆けるノゾミの姿を描いていた。黒々とした毛並み、燃えるような瞳、そして、風を切って走る躍動感。子供ながらに、ノゾミの魅力を見事に捉えている。

 ノゾミは、まるで吸い込まれるように絵を見つめた。その瞳には、喜び、興奮、そして何よりも、胸を熱くするような感動が溢れていた。


「ヒヒーン……」


 ノゾミは小さく鳴き、額縁に鼻先を近づけた。そして、愛おしそうに頬をスリスリと擦り付けた。まるで、絵を描いてくれた子供に感謝しているようだった。

 ケイゾーは、絵を愛おしそうに見つめるノゾミに、優しい笑みを浮かべた。


「お前には、俺たちだけじゃなく、地元の人みんなが応援してる。あのな、ノゾミ。お前は、みんなの希望なんだ。町の誇りなんだ。だから…」


 ケイゾーは言葉を詰まらせた。喉が熱くなり、目頭がじんわりと熱くなるのを感じた。


「だから、勝って、無事に帰ってこい」


 ケイゾーは、震える声でそう言った。そして、ノゾミの首を優しく叩いた。


「ヒンッ!!」


 ノゾミは、力強く鳴いた。その鳴き声は、まるでケイゾーの言葉に応えているようだった。

 そして、三津を乗せたノゾミはイマナミに引かれて、競馬場へ続く地下道へ消えていった


「ああ、ノゾミ。お前ならできる。必ず勝てる。信じてるぞ。そして絶対に帰ってこい」


 ケイゾーは、そう呟いた。そして、静かに空を見上げた。青い空には、白い雲がゆっくりと流れていく。まるで、ノゾミの未来を暗示しているようだった。


 ーーーーーーーーーーーーー

「それでは日本ダービー、本馬場入場です。実況は青鷺アナウンサーです」


『晴天に恵まれました東京競馬場。芝、ダート共に良。強い風があっちこっちに吹いています。

 毎年5月の最後の日曜は競馬界にとってお祭りであります。


 偉大なるシンボリルドルフ、ディープインパクト、コントレイルに並ぶ記録への挑戦の2戦目です。

 これを阻む者はベテランか、陣営の執念か、それともまだ見ぬ新星か。

 日本ダービー。それでは出走各馬の本馬場入場です。


 20xx年生まれ6200頭の頂点を争う、世代の優駿18頭をご紹介いたします。


 ①番 国本厩舎の最後のダービー挑戦です。被災から生き延びた奇跡の馬 フッカツノネガイ。鞍上の三津康成は念願のG1をダービーで狙います


 ②番 三分の一の抽選を乗り越え、得たのは絶好枠。ハッピーハッピー。鞍上はこの枠にニヤリと虎視眈々。デビュー30年の大ベテラン舘山賢治が導きます。


 ③番 デビュー24年初めてのG1騎乗はダービーの坂上凛。苦楽ともにした、カノプスとのコンビです。


 ④番 枠に泣かされた皐月賞。今日は好枠引き当て嬉しい限り。ウレシイ。笑顔が似合う亀山幸喜が嬉しい優勝を掴み取ります。


 ⑤番 皐月賞は11番人気ながら4着。低評価の時のほうが怖いぞ サミダレヅキ。鞍上は一鞍入魂、情熱のクリストフ ボウマンが魂を吹き込みます。


 ⑥番 2歳の時の末脚を、かつて勝った東京でもう一度。 ニノアシ。鞍上の坂上良はダービー4回目の騎乗です。


 ⑦番 さぁーやってきました。この馬にとってこのダービーすら通過点ですらないのか、世界を見据える ホワイトフォース。鞍上は去年のダービージョッキー、クリスチャン ルメロ連覇へ。


 ⑧番 緊張のこの舞台でも自然体。ハナ差でつかみとったダービーチケット。アロマアニマル。鞍上は桐生誠、ダービー初騎乗です


 ⑨番 紅一点馬に紅一点の騎手。男に負けるな。一発あるぞ?ホッペツルツル。鞍上はなんと大抜擢デビュー2年目平高美穂です。


 ⑩番 ホープフルで2着皐月で3着。まだ格付けおわってない。ソードマウンテン。鞍上は去年のグランプリジョッキー、山崎健一が導きます。


 ⑪番 重賞2連勝ひっさげて、堂々優勝候補の サンショクダンゴ。鞍上はダービー最多勝ジョッキー武谷雄一に託されました。


 ⑫番 重賞3連続掲示板。これで弱いはずがありません。ダンスウィズユー。今宵は上野和也と踊ります。


 ⑬番 苦しみに苦しみました。それでもなんとかこぎつけた日本ダービー。ここまで来たら楽しもう。エンジョイレース。鞍上西岡龍生と共に。


 ⑭番 逃げるのがアイツだって誰が決めた。堂々の逃げ宣言。ランランラン。鞍上はオークス勝利の波多野源次


 ⑮番 新馬戦の1秒差をつけたレースはSNSでトレンドになりました。あの時の走りをもう一度アザレア。鞍上は茅原茂。10度目の正直に挑みます。


 8枠⑯番 三連勝で掴んだ夢舞台。この勢いのままダービー制覇なるかコミカルデルタ。鞍上はフランスの新星。ピエール レーマン。


 ⑰番 険しい道ながらつかみ取った皐月賞で2着をとったムーンパレット。ホワイトフォースにもう一度リベンジを。盟友藤山健太と共に。


 ⑱番 ダートからの緊急参戦。ダート馬だと侮るなかれ母オークス馬。スタートアップ。剛腕岩山慎太が道を切り開きます。


 以上日本ダービー 出場18頭の紹介でした』

一章完結まであと4話です。

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― 新着の感想 ―
とても面白くて一気読みしました。 ノゾミが小学生の絵を見たときの反応に感動して涙が… 更新楽しみにしています。頑張ってください。
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