4-5 夢への軌跡
青葉賞から2週間後。京都競馬場、第11Rのパドックにて、最後の日本ダービーへのチケットをかけて18頭の馬たちが集結していた。
『かつてのキズナやロジャーバローズが、このレースをステップにダービーを制覇しました。日本ダービーへの重要な前哨戦、京都新聞杯のパドックです。解説は、瞬馬の藤原さんです。
まずは①番 ファイテンゴー。馬体重456。前走よりプラス6キロ』
「いい意味で前走と変わりないと思います。筋肉が程よくついて、馬体の張りも文句なし。これは好勝負が期待できますね」
『②番 シンサンダー。馬体重510。前走からマイナス5』
「前の運びが固く感じますが、これはこの馬の特徴なので気にする必要はありません。どんどん外外へと元気いっぱいに周回しています。好気配です。」
『少し離れまして、③番 ストリートレーン。馬体重470。前走から増減はありません』
「いやー見違えました。まず今までの贅肉がスッキリ見せていて、それで馬体重変化なし・・・
・・・そして最後に⑱番 フッカツノネガイ。馬体重470。前走よりプラス3』
「驚いている人もいると思いますが、なんとフッカツノネガイ、最初からちゃんと周回しています。小刻みに足踏みで他馬と比べて遅れているのは相変わらずですが、これはかなり良い傾向だと思います。馬体もふっくら仕上がっています。とてもいいと思います」
「それでは藤原さん。京都新聞杯のパドックの推奨馬教えてくださいい」
「いやー今年は本命馬不在と言われている京都新聞杯と言われていますが、
⑥番ソードオラクルはこれは良いですねー。
前走までは何と言うか素質だけで走ってきたという感じがしたんですが、今回は実が入ってきた気がします。人気にはなっていますが、これには逆らえないでしょう。
そして2番手は⑱番フッカツノネガイ。これは、パドックが見違えましたね。前走は完全掛かってしまって大敗だったんですけど、この気配なら・・・と思ってしまいますよね。陣営もこの馬にしてはプラスのコメントを残していますので、狙いたいです。
次に3番手は②番シンサンダー。連勝中の馬ですね。まだ4戦しかしていない馬ですけど、ハイペースの展開も京都競馬場も経験している馬なので、七番人気なら積極的に狙っていきたいです。
そして最後に・・・・」
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「イマナミ。どうだ?」
「センセー。悪くないですね」
パドック周回中のイマナミにクニモトは声をかけた。イマナミはニヤリと笑って答えた。
「周回は一人でやれそうか?」
「たぶん大丈夫だと思います。それにセンセーいたって動かない時には動かないですから。ノゾミは。」
「確かにな」
二人は僅かに笑みを交わしたが、その笑みはどこかぎこちなかった。パドックのざわめきが、逆に二人の間の静けさを際立たせる。クニモトの視線は、既にノゾミへと釘付けになっていた。
その時、クニモトの表情が微かに強張った。イマナミは、その変化を見逃さなかった。
(センセーの手が・・・震えてる?)
イマナミは「緊張か?」と思ったが、クニモトのキャリアを考えれば緊張するとは思えなかった。彼は牝馬三冠がかかった秋華賞、年度代表馬をかけた有馬記念など、今より遥かに重圧のかかるレースに挑戦し、そして勝利してきた。そんな百戦錬磨のクニモトが、G2のパドックで緊張している?そんな馬鹿な、と思った。だが、その震えは、イマナミの知るクニモトとは明らかに違う、張り詰めたものだった。
「センセー?大丈夫っすか?」
イマナミは努めて明るい声を出す。しかし、その声はパドックの喧騒に紛れ、クニモトに届いているのかどうかさえ分からなかった。
クニモトは僅かに顔を上げ、イマナミを見た。その瞳には、今まで見たことのない、深い陰りが宿っていた。
「・・・いや、これが最後のダービーへの挑戦だと思ってな」
「なるほど」
その言葉に、イマナミは全てを悟った。国本厩舎は、今年度から二歳馬を受け入れない。つまり、今年がクニモトにとって、最後のダービー挑戦となる。そして、現在の三歳馬で、ダービーの切符を掴んでいる馬は一頭もいない。
(センセー・・・)
イマナミは言葉を失った。クニモトが今何を思っているのか、イマナミは想像することしかできなかった。
「まったく、G2に緊張するとはな」
クニモトは笑った。その笑みは、いつもの自信に満ちたものではなく、どこか自信無さげだった。
「大丈夫。ノゾミは勝ちますよ。」
イマナミは、精一杯の笑顔で言った。それが、今の自分にできる精一杯のことだった。
クニモトは僅かに目を見開き、そして小さく息を吐いた。
「お前はいつも通りプラス思考だな」
「そりゃーそうでしょ。俺たちがノゾミを信なくて、誰が信じるんですか」
イマナミの言葉に、クニモトは再び笑みを浮かべた。しかし、その笑みは、先程よりも僅かに力強かった。
「確かに。そうだな。ノゾミが強いことはオレらが一番知ってるな」
「ダービー行きましょう」
「あぁ。行こう」
二人の視線は、再びノゾミへと向けられた。その視線には、揺るぎない覚悟と、微かだが確かな希望が宿っていた。
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「よぉーノゾミいよいよだな」
「ブフォー」
三津がそう声をかけると、ノゾミは鼻を鳴らした。その瞳は、燃えるような闘志を宿し、内に秘めたパワーを爆発させんばかりだ。
三津は、そんなノゾミの背中に優しく手を添え、その感触を確かめる。研ぎ澄まされた筋肉、脈打つ血管、そして漲る闘志。
僅か2週しかなかった三津とノゾミのトレーニング期間。
だが確かな信頼関係が2人にはあった。
「まぁ、簡単じゃないだろうけどな」
三津はそう呟きながら、周囲のライバル馬たちを鋭い眼光で捉える。
今年の京都新聞杯は、主役不在と言われ、ダービーでの活躍が期待されるような絶対的な馬は見当たらない。しかし、だからこそ、どの馬にもチャンスがある。どの陣営も、このレースをダービーへの切符を手に入れるための絶好の機会と捉え、虎視眈々と勝利を狙っている。
各馬の肉体は、限界まで研ぎ澄まされ、その闘争心は、騎手たちを通して観客席にまで伝わってくるようだ。観客たちは固唾をのんで、レース開始の瞬間を待っている。
「大丈夫。俺たちは強い。」
レース開始のファンファーレが、高らかに鳴り響く。その瞬間、三津は静かに、しかし力強くそう呟いた。その言葉には、ノゾミとの間に築き上げてきた揺るぎない信頼と、勝利への強い確信が込められていた。
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ゲートインが始まり、ライバル馬たちが次々と、それぞれのゲートへと吸い込まれていく。観客席からは、緊張と期待が入り混じった、ざわめきにも似た熱気が伝わってくる。そして、最後にノゾミが、その馬体をゆっくりとゲートに滑り込ませた。
「出ろー」
その言葉で、ノゾミの体がわずかに沈む。それは、爆発的なスタートを切るための、エネルギーを溜め込む合図。もう驚かない。ゲートを出るのは相棒の仕事だ。
『ガチャン!!』
けたたましいゲートの開放音。その瞬間、三津の視界は開けた。目の前には、誰一人としていない、広大な緑のコースが広がっていた。
『ーーー16番フッカツノネガイ・・・入りました。ゲートイン完了。
スタートしました!⑯番フッカツノネガイいつも通り絶好のスタート。ここから他馬をグングングン・・・いや、3馬身程度の差をつけ、逃げます。
なんとフッカツノネガイ、大逃げではなく、技の逃げ!!
これは狙い通りか三津康成!?しかし、なんと折り合っているように見えます!京都新聞杯、予想されたレース展開から大きく変わりそうです!!』
三津は手綱をしっかり握ったまま離さない。それにノゾミも応えてみせた。いきたいという仕草も見せず、ここはこのペースで逃げるという、三津の指示に従っていた。
あの出来事からノゾミの追い切りは変わっていた。最初は、三津とノゾミのコンタクトが合わず、ぎこちなかった。しかしノゾミは直ぐに三津の指示にスムーズに合わせる事ができるようになった。そして1週前追い切りでは、映像を見ても調教の数字を見ても、きちんと調教ができていると言えるレベルまで仕上がった。
京都新聞杯は、外回りコースを使用し、一周強、2200mの長丁場。現代競馬において、2200mは決して短い距離ではない。鞍上との連携を欠き、無駄な体力を使ってしまえば、勝利は遠のく。
後方をちらりと確認する。2番手の馬との差は、徐々に広がり、5馬身ほどになっている。三津は、確かな手応えを感じ、ニヤリと笑みを浮かべた。
『1000m通過62秒!予想されていたペースとは遥かに遅いペースです!!
どうした!⑯番フッカツノネガイ、こんなペースでも競馬ができるのか!?まるで別馬のような落ち着きっぷり!!
5馬身ほど後ろに⑩番ササヤキ。③番ストリートレーン、虎視眈々!
そこから馬群バラけまして、1馬身後ろ内⑮番リンリンリーン。外⑧番ハバタクツバサ。そしてさらに2馬身後ろ外①番ファイテンゴー真ん中⑪番クロックツリー内④番グラスタワー。それから更に後方バラバラっとしています。
1番人気ソードオラクルは最後方!それで大丈夫なのか?今回はスローペースだぞ!!
さて既に先頭は残り600の標識を通過しています。先頭は相変わらず⑯番フッカツノネガイ。2番手に⑩番ササヤキ③番ストリートレーン⑨番カイカ!続々と動き出しました!!
4コーナー回りました!
フッカツノネガイ圧倒的先頭!しかし京都の直線は長いぞ!!
先頭フッカツノネガイ!ストリートレーン!やっと上がってきたソードオラクル!ここから差が縮まる・・・
いやフッカツノネガイさらに加速!?
差は広がる!7馬身、8馬身!!
強い!強い!!強い!!!
フッカツノネガイ!圧勝でゴールイン!!
まっっったく、つけ入る隙を与えませんでした!フッカツノネガイ!ダービー行きのチケットを手にしました!!
2番手は⑥番ソードオラクルに③番ストリートレーンが追い上げた形。しかしこれはソードオラクル、態勢優勢に見えます。
電光掲示板はスンナリ。
1着⑯番フッカツノネガイ。2着⑥番ソードオラクル3着③番ストリートレーン。4着②番シンサンダー。5着⑧番ハバタクツバサ。
お手持ちの勝馬投票券はお捨てにならないようにお気をつけください。
ダービー行きのチケットを手に入れたのは⑯番フッカツノネガイ!!
改めまして勝ちましたのはフッカツノネガイ。三津康成は今年初の重賞勝利!三津悲願のG1勝利へ。弾みをつけました!!』
「ノゾミお疲れ、ありがとう」
三津は、レースを終えたノゾミの背中を優しく撫でた。その手には、労いと感謝、そして誇らしい気持ちが込められていた。
しかし、まだガッツポーズはしない。感情を爆発させるわけには行かない。2人の目標はこの先にある。
(この勝利で、俺たちはダービーに挑むに相応しいということを十分に証明できたはずだ。これで、胸を張って、正々堂々と日本ダービー、東京優駿へ乗り込むことができる)
「さあ、ノゾミ。ここからが、本当の勝負だぞ」
「ヒンッ!」
ノゾミは、三津の言葉に応えるように、力強く嘶いた。
ノゾミと共に見据える、夢の舞台。日本ダービー、東京優駿への扉は、今、確かに開かれたのである。




