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28-3 みんなの願い

「とまーーれ!!」


 高く、澄み切った声が、地鳴りのような熱狂の渦の中心を貫いた。

 その号令は、もはや単なる合図ではなかった。決戦の始まりを告げる号令。数万の観衆が息を呑み、パドックの空気は灼熱の鉄のように密度を増していく。


「じゃあ、俺はコメコのところで」

「はい。よろしくお願いします」


 サカイがイマナミと固く視線を交わし、サカイはコメコの元へ小走りで向かう。それを見送ってイマナミはもう一頭の愛馬の元へと向かった。


 馬主としてのドレスコード、調教師のジャケット、年季の入った厩務員の作業着、そして勝負服。異なる装いの者たちが、その馬――ノゾミの元へと吸い寄せられた。


 若き調教師、イマナミ。リハビリという地獄を共に歩んだケイゾーとアオキ。そして、その全ての想いを背負う鞍上の天才、三津。


「信じられないですね」


 そう呟いたアオキだった。


「本当に・・・またこの4人で、ノゾミを送り出せる日が来るなんて・・・」


 悪夢として刻まれた、あの大阪杯。二度と見ることなど叶わないと思っていた光景が、今、目の前にある。


「そうだな・・・」


 ケイゾーが応える。その声は、万感の想いに震えていた。

 その言葉と共に、ケイゾーはイマナミに向き、深く、深く、深く、頭を下げた。


「イマナミセンセー。ノゾミをここまで連れてきてくださってありがとうございました」

「いえ……」


イマナミは咄嗟に言葉を返すが、一度顔を上げ、そこにいる全員の顔を見渡した。そして、静かに、しかし確信に満ちた声で続けた。


「俺一人の力じゃありません。オーナー、アオキさんはじめノゾミに関わるすべての人が諦めずに支え続けてくれたおかげです。ここにいる全員で、ノゾミをここまで連れてきたんです」


イマナミは「それに」と、感傷を振り払うように力強く言葉を継いだ。


「まだ、終わってません。今日が、俺たちがこの手で、新しい歴史を始める日です」

「……そうですね」


ケイゾーは静かに頷くと、くるりと向き直り、今度は三津に頭を下げた。それは、ただの敬意ではない。これまでの苦難、絶望、そして今ここにある希望、その全てを込めた、魂の祈りだった。


「三津ジョッキー・・・この馬を、我々の夢を、よろしく・・・お願いいたしますッ!」


 三津の声が、力強くステッキを握った。


「最高の景色を、皆さんにお見せします。こいつと一緒に、必ず。約束します」

「ヒンッ!!」


 イマナミが、ノゾミの首筋を強く、しかし優しく叩きながら、最後の言葉を託す。その声は、隠しきれない熱を帯びていた。


「三津ジョッキー。ノゾミの状態は最高です。俺たちのノゾミは、世界一強い。あとは・・・すべて、任せました!」

「はい!」


 三津は獰猛なほどに不敵な笑みを浮かべた。


「三津、上げるぞ!」

「お願いします!」


 イマナミとノゾミを引いていた宮下がその身体を支える。その瞬間、まるで見えない力に引かれたかのように、ケイゾーとアオキの手もまた、三津の背中に、その脚に、そっと添えられた。


 四人の男たちの、全ての想いが、祈りが、夢が、その一点に注ぎ込まれていく。


 ふわりと、三津の身体が宙に浮き、しなやかにノゾミの鞍上に収まる。馬上から見下ろす三津の瞳に、誇りに満ちた仲間たちの顔が、鮮明に焼き付いていた。


 受け取った。お前たちの魂ごと、確かに受け取ったぞ。


 三津は天を仰ぎ、腹の底から、この場にいる全ての仲間に、そしてどこかで見守っているだろうクニモトにまで届くような、魂の咆哮を上げた。


「それじゃあ、行ってくるッ!!」

「ブヒッ!!」


 最後のバトンは託された。ノゾミは、その叫びに応えるように一声高く嘶くと、地の底から湧き上がる歓声が待つ、地下馬道へとその力強い一歩を踏み出した。


 ーーーーーーーーーー


 ひんやりとした空気が肌を撫で、規則正しく響く蹄の音だけがコンクリートの壁に反響する。地下馬道。地の底から湧き上がるような数万の歓声が、まるで遠い嵐のように、くぐもって聞こえていた。光の届かないこの場所は、戦場を前にした者たちだけが存在を許される、静かで神聖な空間だった。

 三津は鞍上から、相棒の首筋を優しく、しかし力強く叩きながら語りかけた。


「さて、ノゾミよ。久しぶりの競馬場だが。どうだ?調子は?」

「ヒンッ!!」


 返ってきたのは、力強い一声。その魂の震えが、手綱を通して三津の全身に伝わってくる。


「ハッ、だよな。最高の気分だ。俺も、お前と同じだ」


 そう言うと、ノゾミは満足げに鼻を鳴らした。言葉などなくとも、彼らは互いの全てを理解していた。


「メンバーも最高だよな」


 三津は視線を巡らせる。この聖域に満ちる闘気は、一頭だけのものではなかった。

 歴戦の強者たちが放つ鋼のような殺気。新時代の扉をこじ開けようとする若武者の灼熱の闘争心。その全てが渦を巻き、空気をガラスのように張り詰めさせていた。誰もが勝つためにここにいる。極限まで研ぎ澄まされた刃のような馬体を誇り、その瞳は燃えるような闘志を宿している。


 それを見て三津はニヤリと笑った。


「さて、行くか!!ノゾミ!!」


 ノゾミを引いた先にある地下道の出口。これから飛び込んでいく眩い光の中に、佇む一つの影があった。


 そこに立っていたその馬体は、まるで月光を溶かし、雪で磨き上げた彫像。デビュー当時は黒みががかっていた芦毛は、幾多の死線を越え、神々しいまでの純白へと姿を変えている。そして何より、ただそこにいるだけで空間を支配し、見る者の呼吸さえ奪うほどの、絶対的な王者の風格。


 宿命のライバル、ホワイトフォースがそこにいた。


「・・・ブルルッ」


 ノゾミが、低く喉を鳴らす。それは威嚇か、あるいは。


「ヒィィン・・・」


 ホワイトフォースが、静かに応える。それは挑発か、あるいは。


 時が止まった。他の馬たちも、人も、まるで二頭のためだけに用意された舞台装置のように息を潜める。視線が、魂が、言葉もなく絡み合う。それは困惑か。歓びか。憎しみか。いや、その全てを超えた、互いの存在そのものを認め合う、魂の対話だった。


「ヒヒィィン!!」


 ホワイトフォースは挑戦的に嘶いて、まるで「先にいくぞ」とでも言うように、その身を翻した。


 そして、一気に光の中へ。


 数万の大歓声が、爆発した。


 ターフへと駆けていく美しい残像を見送りながら、三津は笑った。


「待たせたな、ノゾミ。さあ、俺たちも行こうか。最高の舞台が、お前を待ってる」


 三津とノゾミはターフへ駆け出した。


 ーーーーーーーーーー


『さあ、グランプリ・有馬記念、いよいよ本馬場入場です!近衛さん、この雰囲気はいかがですか!』

「はい、よろしくお願いします! いやはや、素晴らしい雰囲気ですね! 特に有力と目される各馬、これはもう極限まで研ぎ澄まされている。全頭が実力を十二分に出せる、まさに最高峰の戦いにふさわしい仕上がりです!」

『展開の鍵を握る馬はどのあたりになりそうでしょうか?』

「これがまた難しい。サンショクダンゴか、あるいはコメコか。どの馬が逃げるかでペースが決まります。そしてその後ろ、ハナマンカイ、今年のダービー馬ライジンショット、そして絶対王者ホワイトフォースがどの位置につけるか。目が離せませんね。どんな展開になるか予想ができないので、紛れもあると思います」

『なるほど・・・どの馬にもチャンスがあると。しかし近衛さんにとって、やはり最大の注目はあの馬ですよね?』


 アナウンサーの声が上ずる。


「・・・ええ」


 近衛の声色が変わる。プロの解説者から、一人の競馬を愛する男の顔へ。


「フッカツノネガイ・・・私個人としては、2年前のあの大阪杯が忘れられません。正直、それまでは憎らしいほど強い馬でしてね。何度も苦汁をなめさせられました。・・・ですが、いつの間にか、ファンになっていました。そんな彼の走りを再び見れるのは嬉しいです」

『ありがとうございます。古馬との初戦、引退レース、復帰戦とたくさんドラマの詰まった有馬記念間もなく馬場入場です。実況は青嶋アナウンサーです』




『今年の夏は季節外れの暑さでした。この暮れの中山。

 今年は因縁を持つ馬が多数参戦。熱いレースに期待しましょう。今年の有馬記念出走馬の紹介です。


 ダートでも、芝でも好走した優等生。今年は念願のG1を勝ち取って覚醒の兆し。苦汁をなめたライバルたちにリベンジを!

 1枠①番 サンショクダンゴ

 鞍上は未だ衰え知らずの武谷雄一です。


 大アクシデントの大阪杯での怪我を乗り越えて、天才と呼ばれた馬がついにターフに帰ってきました。調教師となったかつての相棒にG1をプレゼントできるのか!?

 1枠②番 フッカツノネガイ

 鞍上はこれも名コンビ三津康成です。


 今年の不振去年の二冠馬。だがそれも昨日まで、明日は明日の風が吹く。4歳馬の意地を見せつけろ。

 2枠③番 アシタノカゼ

 鞍上は初コンビ坂上良が、復活に導きます!


 最強スプリンターが、有馬に緊急参戦。距離は持つのか、折り合いはそもそもつくのか?今日でラストラン。

 2枠④番 ビジョンコメコ

 鞍上は今年栗東のリーディングジョッキー戸中啓太郎と頂点へと導きます。


 重賞5連帯と安定感抜群です。天皇賞・秋でも好走し、この有馬記念でも!!

 3枠⑤番 ソードライド

 昨月怪我からの復帰の西岡龍生があと一歩を削り出します。


 一昨年のクラシックでの3強対決が思い出されます。今年もG2を優勝して衰えたわけではありません。念願のG1を!!

 3枠⑥番 ブリーズブレイカー

 鞍上は、グランプリ男の山崎健一!!


 今年の大激戦を制した桜花賞馬です。オークスも秋華賞も掲示板という堅実な活躍を見せています。今年3歳牝馬の強さを見よ。

 4枠⑦番 アクアマリア

 鞍上はグランプリ初騎乗の日高美穂が共にトップに駆け抜けます!


 6歳世代はここにもいるぞ。いくつの困難を乗り越えて、いまこそ世代1と呼ばれた素質を爆発させろ!不屈の精神。

 4枠⑧番 ソードオリバー

 鞍上は今年の凱旋門賞ジョッキー、ピエール レーマンが導きます!!


 今年の虎は圧勝だった。それならあるか!?逆転サヨナラ満塁ホームラン!!

 5枠⑨番 タイガーショック

 鞍上は野球仕込みの豪腕、タイラー・サエス!衝撃の結末を呼ぶか!


 今年も海外を回り、歴史に名を刻みました。そして去年のグランプリ馬が連覇を狙います!

 5枠⑩番 ハナマンカイ

 鞍上は舘山賢治が連覇へと虎視眈々!


 昨年のエリザベス女王杯覇者であります。大阪杯2着宝塚記念3着と今年も好走中。女傑の座を奪ってみせる

 6枠⑪番 アロマエッセンス

 フランスの王者、ピエール・デットーリが大逆転のタクトを握ります


 絶対王者が今年も暮れの中山に戻ってきました。春もG13勝。ジャパンカップも圧勝。ラストランでライバルと雌雄を決します

 6枠⑫番 ホワイトフォース

 鞍上はもちろん、”マジックマン”クリストフ・ルメロ!!


 重賞三連勝で挑んだ天皇賞・秋。しかしそれはあまりに高い高い壁でした。今日はその壁を突き破ってみせる!!

 7枠⑬番 アズールゲイル

 鞍上は初コンビ波多野源次が壁を打ち破ります!!


 好走しても、いつも誰かが上にいました。それでもコツコツ積み重ねた実績はファンに愛されています。

 7枠⑭番 セツナ

 鞍上はグランプリ初騎乗!茅原茂が共に走ります!


 スフィア一族が今年も有馬記念に登場!!名血を結果で証明してみせる!!

 8枠⑮番 ユニゾンスフィア

 鞍上は南半球の若き天才、ダミアン・カーン!


 大外だからと侮るなかれ!思い出せ今年のダービーを!!今年のダービー馬が大外から歴史を作ってみせる!!

 8枠⑯番 ライジンショット

 鞍上は今年のダービージョッキー若月八起が今年の最後も締めくくります!


 以上、精鋭16頭!役者は揃いました!力の証明か!?復活か!?逆転か!グランプリ・有馬記念!まもなく、ゲートインです!!』

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