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3-3 快進撃

 所変わって京都7R 3歳馬1勝クラス。三津はノゾミの鞍上にいた。


 一体何が起こったのか。時は少し遡る。


 阪神でのレース後、クニモトは頭を抱えていた。ノゾミの素質は疑いようもない。しかし、その気性はまるで悪魔が乗り移ったかのように制御不能。次走以降、誰に騎乗を依頼すればいいのか、いやそもそも誰かあのレースを見て、引き受けようという騎手がいるのか、皆目見当もつかなかった。


「困りましたね、先生」


 イマナミも苦笑いを浮かべている。


「ああ、本当に困った。レースになった途端、あそこまで制御不能だとは思わなかった。ゲート入りも大人しかったし、本当に油断した」

「でも、勝てたのは不幸中の幸いでしたね」

「そうだな。だが、次が問題だ。三津も二度と乗りたくないと言っていたし・・・あのレース見せられたら誰も乗りたがらないだろう」


 その時、イマナミが口を開いた。


「センセー、一つ提案があるんですが……」


 イマナミの提案は、簡単に言えば「もう一度、三津に頼んでみよう」というものだった。もちろん、ただ頼むのではない。破格の騎乗料を提示し、そして「もしまた制御不能で惨敗しても、一切責任を問わない」という条件を付け加えた上の依頼で三津に頼もうというのだ。

 クニモトは当初渋っていた。三津に危険な思いをさせるのは忍びないし、そもそも一度断られた相手にまた頼むのは気が引けた。しかし、他に選択肢がないことも事実だった。結局、イマナミの熱意に押される形で、クニモトは三津に連絡を取ることにした。

 電話口の三津は、最初は案の定渋っていた。しかし、クニモトがケイゾーの提案を伝えると、彼はしばらく黙り込んだ後、意外な言葉を口にした。


「・・・・分かりました。もう一度だけ、乗ってみます」


 三津の心境の変化には、いくつかの要因があ

た。まず、提示された破格の騎乗料。これは正直、無視できない魅力だった。

 しかし、それ以上に彼の心を動かしたのは、ノゾミの秘めたる可能性だった。制御不能な暴走の中にも、確かに垣間見えた才能。もし、ほんの少しでも制御できれば、とんでもない馬になるかもしれない。三津は、その可能性に賭けてみたくなったのだ。そして、何よりも、あの後味の悪さ。あれで終わるのは、騎手としてのプライドが許さなかった。


「さて、今回はどうなるか……」


 三津は3日前ほどの出来事を思い出し、ふぅーと息を吐いた。

 果たして、ノゾミと三津の二度目の挑戦は、どのような結末を迎えるのだろうか。


 ーーーーーーーーーーーーー

『・・・4コーナー回りました。先頭は依然⑤番フッカツノネガイ先頭で粘っている!!後ろとは7馬身!!手綱は既に動いています!!


 後方からやってきた!!①番バレエレッスン!! ⑮番テレビラン!!さすがに疲れたかフッカツノネガイ!?後方馬にドンドン詰め寄られる!残り200!!

 おっとここで一気にフッカツノネガイ!!再び加速!!他馬を一気に突き放す!!


 残り100!大勢決したか、フッカツノネガイ、2連勝でゴールイン!!大暴走と何のその!!フッカツノネガイ圧勝です!!』



「・・・ふぅー」


 計量室で息絶え絶えな三津を迎えたのはイマナミだった。三津は足元をふらつかせながら、体重計に乗る。ヘルメットから大量の汗が溢れ出ており、腕も震えていた。

 レースの結果は快勝だった。他馬と4馬身ほどつけての勝利。

 しかし、懸念したことは起こってしまっていた。全く三津の指示に従わず、ノゾミが1人で走る。直線に入るまで鞍上とケンカという、前走とまったく変わらないレースになってしまい、収穫としては連勝という結果のみであった。


「三津さん。お疲れ様です。どうですか?ウチの馬は」

「どうもこうも、見たとおりですよ。直線で俺が追うと喜んで反応するんですけど、道中がね」


 三津がそう言って苦笑すると、イマナミもアハハと力なく笑った。


「これ勝ったら青葉賞かプリンシパルステークスの予定だったんですけど、行けると思いますか?」

「うーんどうでしょうか」


 三津は眉間にしわを寄せ考える

 基礎力は高い馬ではある。ただリステッド、重賞になるとどうだろうか。そのレベルになると、ノゾミの能力自体は他馬と比べて優位性は感じられない。むしろまだ馬体が完成しておらず、劣ってることさえ思える。

 彼が他馬より勝っている点。それはスタートの良さとコーナーワークの巧さである。しかし、現状のノゾミでは、その力を100%発揮できるとは思えない。


「あとクニモト先生から伝言です。「次も頼む」だそうです」


 そんなことを悩んでいるうちにイマナミからとんでもない発言があり、飲み物を吐き出しそうになる。


「まったく・・・わかりました」


 嫌がる素振りを見せながらも、その口元は緩んでいた。


 三津康成。この名前を聞いて競馬ファンが興奮しないわけがない。彼は栗東のジョッキー界で中堅と言われるが、技術は常にトップクラス。昨年だけで30勝以上を挙げた男だ。しかし、彼の知名度を支えるのはその実績以上に、彼にまつわる奇妙な逸話が2つある。


 まず1つ目は、「元天才騎手」伝説。三津康成はデビュー初年度に驚異の100勝を達成した、JRA史上唯一の男である。あの時、若き天才はJRAの未来を一手に引き受け、世界を変えるとまで言われていた。


 2つ目の逸話、それは「三津はG1に勝てない」という呪いのようなもの。期待の星として無数のG1レースに騎乗依頼が三津のもとに舞い込んだ。

 しかし、勝てない。

 1年目には「まだまだ勉強中」と許された。2年目には「ここからが本番」と期待された。5年目には「そろそろ勝たないと」とプレッシャーがかかり、8年目には「いい加減にしろ」とまで言われた。そんなことをしている内に、もう20年である。G1どころか重賞すら1年で一度勝てれば良い方という状況にまで追い込まれていた。

そして、騎乗の機会も徐々にだが確実に減ってきている。そんな絶望の淵で、三津は必死に足掻いていた。

 そんな中、回ってきた数少ないチャンスを他の騎手に譲るわけにはいかないのである。


「今度こそ」


 彼は燃えていた。


 ーーーーーーーーーーーーー


 河合牧場にて、歓声がこだました。ケイゾーとアオキは、固唾をのんでレースを見守っていた。


「よっしゃー!ノゾミ勝っちまったっぞ!!」

「うおぉー!!!ノゾミいぃ!!!」


 出走する前はノゾミの奇行に共感性羞恥で顔を覆ったが、レースを勝った時にはそれを忘れ、まるで子供のように抱き合って喜びを爆発させた。


「いや、これでノゾミもしかして青葉賞か?アオキ」

「そうっすよ!!で、それ勝ったらいよいよダービー!!」


 全くおめでたい2人は、皮算用に震える。


「河合牧場の生産馬で無敗で2連勝する馬は俺の代では初めてだ」


 ケイゾーは感慨深そうにつぶやく。ケイゾーの目はうっすら涙ぐんでいるようにも見えた。興奮を熱を冷まそうと放牧された馬のブラッシングを始める2人。

 今河合牧場で放牧されている馬は4頭。内1頭は骨折の手術明けということもあり、ノゾミの現地観戦は諦め、テレビで応援することになったが、こんな快勝するなら無理してでも観戦に行けば良かったとケイゾーは少し後悔した。


「俺も生でノゾミ応援したかったな・・・」


 アオキは心の底からそう思った。

 ケイゾーは未勝利戦の口取りの時にノゾミと会ったが、アオキは2ヶ月以上ノゾミと会っていないのだ。


「あぁ。それなんだがな。賞金もあるし、もう1人牧場に人を雇おうと思ってるんだよ」

「それがいいっすね!でも雇う人の予定は?」


 昨今、どの業界も人不足で悩まされている。特に河合牧場がある地方の牧場で、専門的な知識と技能を持った人材の確保するのは非常に困難である。

 しかし、ケイゾーはどこか心当たりがあるのか、少しだけ得意げな顔で言った。


「カナコさんにきてもらおうと思ってる」

「カナコですか!?あの人なら百人力ですねー!!」

「あの人も子どもに一段落して、職探しているみたいだからダメ元で頼んだらオッケーだってよ」


 神無月加奈子。

 かつて河合牧場で働いていた女性である。彼女は、あの震災が起こる少し前に、新しい命を授かり、牧場を後にした。

 カナコが去った後、ケイゾーとアオキは、まるで嵐に巻き込まれたかのように忙殺されたという。彼女がどれほど優秀な働き手であったか、その不在が痛いほどに物語っていた。


 そんな彼女が戻って来る。河合牧場にとってこんなに頼もしいことはない。


「あとは俺の嫁とカナコさんいれば、なんとかこの牧場は回せると思うから、そしたら2人で青葉賞見に行くか!!」

「まじですか!!めっちゃうれしいです!!」


 2人は、夢と希望に胸を膨らませ、ノゾミの未来に思いを馳せていた。

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