第39話 ラブレスィブ⑤ アイセントの過去
※まえがき
今回は三人称です。
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六二年前、当時の魔法研究所所長、天才ビリー・サンダンスの手によって一体の魔法人形が製造された。
製造番号GB-78X。
単独での敵地への奇襲及び長期戦闘を目的とした兵器だ。
彼の生み出した最高傑作であり、最先端すぎる複雑な技術が搭載された代物であった。
金がなかったビリーは、友人にその魔法人形を売り渡した。
GB-78Xはその友人の屋敷で、メイドとして働くことになった。
「あなたには息子のお世話をお願いするわ」
「かしこまりました」
そうGB-78Xに申し付けた女性は、とある豪雪地帯の街の領主であった。
街の呪いを一身に受けているせいで体は痩せ細っており、常にやや貧血気味だった。
「お前が俺の専属メイドになるのか」
元気な少年が笑いかける。
「お前、名前は?」
「製造番号GB-78Xでございます」
「なんじゃそりゃ、変なやつ」
領主の女性の瞳が、少年から背けられる。
次に呪いを受け継ぐのは、彼になる。
その度し難くも抗えない事実を直視したくないのだろう。
三〇年後。
最初に仕えた少年も老い、いよいよ最期のときがやってきた。
まだ齢四〇程度にも関わらず、外見はもはや一〇〇歳と見間違うほど、萎れていた。
ベッドに横たわる彼に、彼の娘とGB-78Xが寄り添う。
「ななじゅう、はち」
「なんでしょう」
「娘を、頼む……」
「かしこまりました」
「ふふ、お前は相変わらず、冷めているなあ」
「私は暗殺や大量殺戮を目的に作られましたので、感情のプログラムは組み込んでいないとーー」
「ビリーさんに言われたのだろう。もう何十回も聞いたよ」
彼の娘が泣きじゃくる。
まだ、彼女は一〇歳にもなっていない。
彼は娘の頭を撫でながら、枯れた頬を涙で濡らした。
「すまない。お父さんはもう限界だ。お前に……呪いを授けなければならない」
娘は頷き、父を抱きしめた。
二人の体を黒いモヤが包み込み、やがて、消えていく。
娘が倒れた。他の従者が医務室へ連れて行く。
残された領主が、GB-78Xに告げた。
「考えた」
「はい?」
「お前の名前だ。ななじゅうはちでは、長すぎる」
「…………」
「お前の名は……」
さらに、二五年後。
その娘も歳をとった。
車椅子に乗り、庭先で青空を見上げている。
「アイセント、今日は珍しく日差しが暖かいわね」
「はい。現在の外気温……16.3℃」
「まぁ、これが噂の『夏』なのかしら」
ケホケホと、彼女が咳き込む。
まだ三〇を少し過ぎた程度なのに、その体は、昇天間近の老婆のように、弱かった。
「呪いが、強まっております」
「えぇ。お祖父様や曾祖父様の頃は、六〇歳まで元気だったと、日記に書いてあったわね。……じゃあ、私の次は……ラブレスィブは、いったい何歳まで生きられるというの?」
「申し訳ございません。優秀な魔法使いを手配できていれば」
「無理よ。こんな強すぎる呪い、誰にも解けはしないわ」
雲が、太陽を覆った。
冷えた風が、遺体となった歴代当主たちの体温を連想させる。
「おかあさま〜」
茶色の髪の少女が庭へ走ってくる。
四歳のラブレスィブである。
彼女を追いかけるように、イヤルテも走ってきた。
イヤルテが屋敷に来たのは、ちょうど五年前である。
戦場における衛生兵として、ビリーの子孫が製造した魔法人形だった。
わけあって、医師として屋敷に住まうようになったが。
「おいラブレスィブ様、走んなって」
「おかあさま、カトレア様の本、ひとりで読めたよっ!!」
「まぁ、偉いわね」
細く、安々と折れてしまいそうな腕で、愛娘を抱き寄せる。
ラブレスィブはまだ知らない。己の血の宿命と、母の余命を。
「レスィ……」
「おかあさま?」
何度目だろう、アイセントが主人の涙を目にしたのは。
彼女も、その父も、その母も、おそらくさらにその先代も。
みんな泣いてきた。何度も、何度も。
きっと、ラブレスィブもいつかは……。
「アイセント、イヤルテ」
「はい」
「レスィをお願い。せめて、せめて何にも苦しまず、毎日笑顔でいられるように、せめて、この子だけは……」
七年後。
アイセントは車椅子に座ったラブレスィブと共に、中庭で月を見上げていた。
「ねえ、アイセント」
「はい」
「あの晴れた日、どうしたお母様が泣いていたのか、ようやくわかったの」
「…………」
「もし、私に子供が生まれたら、同じ涙を流すのかな」
そんなことはさせない。
絶対にラブレスィブは泣かせない。
主人に命令されたのなら、尚更だ。
どんな手段を用いても、どれだけの悪行を積もうとも。
例え街の人々を苦しめ、愛するラブレスィブが悪役令嬢と忌み嫌われるようになろうとも。
「んー? アイセント、少し怒ってる?」
「怒りに該当する思考阻害効果は発生しておりません」
「怒ってるよー。私、わかるもん。イヤルテは、アイセントのこと感情がないって言っていたけど、私には伝わってるよ」
ラブレスィブが咳き込む。
口を抑えた手には、少量の血が付着していた。
「ここは冷えます。部屋に戻りましょう」
「うん。お薬も、飲まなくちゃ。……アイセント」
「なんでしょう」
「いつか、一緒に冒険しようね。悪役令嬢カトレア様みたいに」
無理だ。
絶対に不可能だと断言できる。
彼女の肉体では旅などできない。
しかし、彼女の言葉を否定することはできない。
故にアイセントは、
「はい、必ず」
はじめて、嘘をついた。
それから一週間後、アイセントたちはフユリンに出会った。




