第37話 ラブレスィブ③ 何も知らない
私たちはメディスンと共に、街の最深部に健在しているラブレスィブの屋敷へ向かった。
高い塀に囲まれた、四階建ての豪奢な住処。
屋根は雪によって白く染め上げられており、本来の色を完全に隠してしまっている。
二名の門番の前に、メディスンと護衛が並ぶ。
その門番たちもまた、屋敷の騎士たちと同じ顔をしていた。
「僕はクレメス家の嫡男、メディスン。旅遊の最中この街に立ち寄った。ぜひ領主殿に挨拶願いたい」
門番たちはじっと動かない。
フェイトが私の腕を掴んだ。
「無反応、ですね」
「いや、おそらくちゃんとラブレスィブには伝わっているだろう。同タイプの魔法人形は視覚と聴覚を共有できる。直接、中にいる騎士たちに告げているのと変わらない」
「なるほど」
それにしてもメディスンめ、まさかクレメス家だったとは。
代々とある大国の宰相を輩出してきた、名門貴族だ。
待てよ、確かリシオン姉さんが通っていた貴族学校にも、クレメス家がいたはず。
外見だけで判断すれば、現在の姉さんと同い年くらいか。
まさか、知り合いだったりするのだろうか。
「おい、メディスン」
二人の門番が厚い門を開いた。
私を無視し、メディスンが先に入る。
だだっ広い中庭も、一面真っ白だった。
所々生えている細い木は、枯れて枝に雪が積もっていた。
しばらくして、屋敷の玄関扉が開いた。
茶色の髪の、綺麗な乙女が出てくる。
車椅子に乗って。
「まぁ、本当にクレメス家の方なの?」
メイド、アイセントに押されて、スロープを下る。
私に負わされた負傷は、すっかり元通りに修復されていた。
おもちゃに飛びつく子供のような眼差しで、ラブレスィブがメディスンを見つめる。
「素敵な殿方。本物の王子様なのね」
「ふふ、王子でございませんよ、ラブレスィブ嬢」
メディスンは下が雪だろうが構わず膝をつき、ラブレスィブの手をとって、その甲に口付けをかわしてみせた。
ウブな少女なのだろう、顔を赤くして、背後にいるアイセントを見上げる。
「私、恋しちゃったわ!! アイセント!!」
「おめでとうございます」
こいつが、悪役令嬢ラブレスィブ。
とても悪人には見えないし、演技とも思えない。
アイセントと視線が重なった。
何を考えているのかわからない、明かりの消えたランプのような瞳だった。
先ほど戦った相手が目の前にいるのに。
外的損傷が治っているあたり、自動修復とやらは完了しているようだが。
遅れて、赤髪のイヤルテがやってきた。
「おーいラブレスィブ様、紅茶の用意が……ってお前ら!!!!」
私たちに気づいた途端、明らかに目つきが変わった。
当然の反応だな。
「何しに来やがった!! おいアイセント、ラブレスィブ様を中に」
「イヤルテ」
「何だよ」
「彼女たちは、お客人」
「はあ?」
ラブレスィブが眉を顰める。
「そうよイヤルテ。なにを警戒しているの?」
「いや、その、こいつらは……」
「あ、わかったわ。さっき話してくれた、アイセントが転んだときに助けてくれた人たちなのね」
「え!! あ、はい。まあ」
こいつら、先ほどの戦闘のことを話していないのか?
ラブレスィブはこちらに顔を向けると、笑った。
何も知らない、かつての自分にそっくりな笑顔だった。
「主人として、感謝するわ」
「…………」
「せっかく遊びに来てくれたんだもの、どうぞ中に入って。あんまりご馳走はできないけれど」
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本当にご馳走は出なかった。
立派な食堂に並べられたのは、硬いパンと少しの魚の切り身。
あと薄い紅茶だけだった。
「綺麗な桃の色の髪ね」
ラブレスィブが、フェイトに対し親しげに声をかけた。
ちなみに、ラミュとフェイトはメディスンの姉妹で、私はその護衛ということになっている。
「ふふっ、ありがとうございます」
「羨ましい。お姫様みたい」
「ラブレスィブ様も、可愛らしいですよ」
「え!? そ、そうかしら」
「はい。雪像のように神秘的で、それでいて宝石のようにキラキラしていて、見惚れてしまいます」
「お上手ね。ありがとう。ね、お友達になりましょう。私のことはレスィって呼んで。えっと……」
「フェイトです」
「フェイトさん」
そこにラミュも加わって、いよいよ姦しくなってきた。
友達を作りにきたわけじゃないんだぞ。
私の視線に気づいたフェイトが、バツが悪そうな顔でラブレスィブに問いかける。
「あの、本当に悪役令嬢なのですか?」
「悪役令嬢? うーんと、あぁ!! カトレア様のことね。小さい頃何度も読み返したわ。カトレア様の伝記。ふふふ、私はカトレア様とは全然違うわよ」
「……えっと」
「最初はいじわるだったカトレア様が、友達や素敵な殿方たちと冒険するのよね。あーあ、私もいつかどこまでも広い水たまりや、とても大きな土の塊をこの目で見てみたいわ」
空気がヒリつく。
気づいていないのは、お喋りに夢中な本人だけだ。
こいつ、いよいよ気味が悪くなってきた。
イヤルテが私の肩を叩いた。
「ついてこい、話がある」




