シュタインメッツさん家のアルバート君 2
突然だが、三歳児にいきなり将来何になりたいのかと尋ねて明確なビジョンを持って即答できる子は少ないだろう。
それはなりたいものの候補が多すぎたり、逆にそんなこと考えたこともなかったりと理由は様々だろうけど、今の俺は違う。
前世の記憶と今世の知識。
これらを合わせて考えれば、なりたいものもやりたい事も明確だ。
「アルバート様、お目覚めになられたようで何よりです。まずは水分を取ってください。そして落ち着いて聞いてくださいね」
将来に思いを馳せて自然と頬がにやけてくるのを抑えきれないでいると、イェナとは違う別の女の人の声がした。
ベッドを挟んでイェナとは反対側に立っていたのは、前世の俺より歳を取っていそうな老メイドさん。
名前はアルマさんといって、この家に仕えるメイド達を束ねる立場の人だ。
髪は真っ白に染まってしまっているけれど、執事長であるゼーバスを除けばこの家にいる誰よりも姿勢は綺麗だし、動きも機敏。
普段は穏やかな笑みを浮かべているんだけど、怒らせたらとんでもなく怖いことを知っているのでちょっとだけ苦手な人だ。
「どうしたの?」
けれども彼女のこんな困ったような表情は初めて見る。
差し出されたコップを受け取りながら尋ねてみると、アルマさんはイェナと二人で顔を見合わせた。
「アルバート様、ゆっくりとご自身の胸に手を当てていただけますか?」
「?」
これはあれだろうか。
お前、自分が何をしでかしたのか分かってんのか? 自分の胸に手を当ててよーく思い出してみな、ってやつだろうか。
幸い俺は物語でよく見る権力を笠に着るクソ貴族のような真似はしたことがなく、かなり品行方正な子供だったはずだと記憶に残っている。
けれどもイェナまでもが神妙な顔をしているのを見て、ここは大人しく従っておくべきだと胸に手を当てた。
(自覚がなかっただけで、何かやらかしてしまっていたんだろうか? それとも別の人が起こした問題を俺のせいだと勘違いしている?)
いくら考えても何も心当たりがない。強いて言えばついさっき居間に吐瀉物を撒き散らしたことだけど、それで怒っているんだろうか──って。
「え?」
手のひらに何か硬いものが触れた感触がして、慌てて視線を下に向ける。
寝ている間にイェナが着替えさせてくれたのか、昼ごはんを食べた時とは違う服装だ。そしてその薄手の生地の下、胸の中央あたりに明らかに人体ではありえない硬質な何かが埋まっている手触りを感じた。
「え? え? え?」
服を捲りあげて一息に脱ぎ捨てる。
そこにあったのは子供らしいプヨプヨとした身体と、その中央に埋まる赤い石だった。
「何これ?」
まだしっかりと記憶が定まっていないけれど、少なくとも昨日お風呂に入ったときはこんなものは付いていなかったはずだ。
触ってみても指先に硬い感触が返ってくるだけで、触られている側の部分には何も感じない。
「それは……魔石です」
「魔石?」
俺がしばらくその石を突付いて遊んでいると、アルマさんが痛ましげな表情で正体を教えてくれた。
魔石。
アルマさんの説明によれば主に魔力の強い魔獣の体内に生成されるもので、これがあると魔力制御が容易になる上に魔法の威力向上が図れる器官らしい。
人間の発生例は珍しく詳しいことは分かっていないけれど、空気中に漂う魔素を取り込んで自分の魔力に変換することも出来るとか何とか。
とにかく人だろうが魔獣だろうが、これを持っている場合と持っていない場合では、魔法関連の能力に天と地ほどの差が生まれるそうだ。
「また、一度発生してしまった魔石は除去できません。どういう理由かは分かりませんが、無理に取り除こうとすると生命活動にも支障をきたしてしまうのです」
「へえー」
体から石が生えてるような見た目が不安だったけど、つまり取れる心配のない魔力強化装置ってことだ。
何それ凄いじゃん。
「アルバート様がお倒れになったのは、この魔石の発生が原因であるのは明白です。どうかお心を強くもってください」
さっきからイェナもアルマさんも何故か可哀想なものを見る目で俺のことを見てくるけれど、そんなことを気にしている余裕はない。
何故かというと、あまりにも都合の良すぎる展開で嬉しさのあまり大笑いしそうになるのを必死に我慢していたからだ。
(こんなの勝ち組確定のチート異世界転生じゃん! まさか初めから俺TUEEEが約束されてるだなんて!)
この世界に魔法が存在することは知っていた。それを扱える人間が【魔道士】と呼ばれていることも。
世の理を逸脱した、魔法と呼ばれる超常の力を扱える【魔道士】。
俺がなりたかったのはまさにそれなのだ。
魔法を使えるのは一部の素質ある人間のみ。素質のない人間はいくら努力しても魔法を発動させるのに必要な【魔力】という力を扱うことが出来ず、決して【魔道士】にはなれない。
だからこそすぐにでも素質の有無を確認したかったのだが、どうやらこの魔石が発生した時点で才能があるのは確定。それも超一級レベルの才能がだ!
「フフフ……」
俺が生まれたこのアーマイゼ帝国の初代皇帝は優れた【魔道士】達の力を借りてあらゆる障害を取り除き、この国を造り上げたのだと言われている。
彼らは英雄と評され、その活躍は数百年経った今でも様々な物語として語り継がれているほどだ。
かく言う俺もその物語のうちの幾つかを寝物語として聞きながら育ってきたこともあって、憧れもひとしお。
(せっかく魔法の存在する世界に転生したんだ。優秀な【魔道士】になって出世して、贅沢三昧な生活を送りながら綺麗な女の人たちとも仲良くなって……!)
記憶と知識が落ち着いた瞬間、脳裏に閃いた夢物語のような将来設計。
それが急に現実味を帯びて、手の届きそうな所に現れたのだ。これで興奮を抑えろって言う方が無理だ。
「イェナ、アルマさん! 僕早速魔法の練習をしてくるよ!」
「「アルバート様!?」」
勢いよくベッドから飛び降りると、驚く二人の横を走り抜けて部屋を飛び出す。
幸いなことに、うちの家の敷地は無駄に広いのだ。子供一人が魔法の練習をしていたところで、誰にも迷惑をかけることはないだろう
(とりあえずまずは簡単なものからだな。こういうのでよくある失敗のパターンは必要以上に大規模な魔法をぶっ放しちゃったり、火魔法で火事を起こしちゃったりってとこだ。気をつけないと)
道中すれ違った使用人たちが驚いたように声をかけて来るのに「大丈夫、何でもないよ!」と心からの笑顔で返しながら、俺は家の外めがけて走り続けた。
◆
「アルバート様、笑ってらっしゃいました……」
「優しいお方です。きっと我々が心配するのをよしとせず、気丈に振る舞っておいでなのでしょう」
部屋の外に飛び出していったアルバートを引き止めるどころか、かける言葉すら思いつかなかった自分の不甲斐なさを恨みながら、イェナはぐっと唇を噛んだ。
物心の付き始めたばかりの少年が【魔道士】に憧れるのは世間一般でもよくある話だ。
このアーマイゼ帝国に生まれ育った人間で、かつて初代皇帝と共に建国を成し得た【大魔道士レア】の名と偉業を知らぬ者はいない。
しかしこのシュタインメッツ家に生まれてしまった人間が、そんな憧れを持つことはありえないし、許されないのだ。
「今、このことを知っているのは……?」
「アルバート様御本人と、貴方に私。そしてゼーバスと旦那様です。ですが旦那様のご意向次第では、すぐにでも屋敷にいる全員に説明があるでしょう」
考えられる最悪な展開にイェナはふらりと目眩がした。
使用人連中はまだいい。一部の人間を除いて、アルバートへの対応を露骨に変えることはないだろう。
この屋敷の主人であり、このシュタインメッツ領の領主であるマルクス=シュタインメッツも多分大丈夫だ。
彼は自分の子どもたちに等しく愛情を向けているように見えるし、今回の件でそれが揺らぐような人間でもない。
ただし……。
「問題があるとすれば……やはり他の二人の御兄弟ですね」
アルマの言葉にイェナは無言で激しく首を縦に振って同意した。
本来使用人の立場で使えるべき主人の家族を悪し様に言う事など許されはしないだろうが、アルマとゼーバスだけは特別だ。
この二人は次期シュタインメッツ家当主の継承権を持つ人間全員へ対しての、教育係としての立場も持っている。
常識の範囲内でならば、独自の裁量で折檻を行うことも許されているのだ。
「彼らは自分たちに才能があるからと、少々天狗になっている節がありますからね。イェナ、アルバート様の専属としてしっかり務めるのですよ」




