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シュタインメッツさん家のアルバート君

アーマイゼ帝国、シュタインメッツ伯爵領。

 その中でも最も大きな館の一室で、館の主であるマルクス=シュタインメッツは頭を抱え込んでいた。

「……その話は本当か?」

「間違いありません。事が事ですので私とメイド長であるアルマ、それと発見したメイドの三人でしか確認しておりませんが」

 縋るような目で己を見つめる主を前に、執事長であるゼーバスは痛ましいものを見るような視線を返す。

「場所は?」

「幸いなことに胸の中央部です。自然に衣類で隠すことは可能かと」

「気休めはよせ。そんなことをしても何の解決にもならん」

 深々と椅子に腰掛け直すと、マルクスは大きくため息を吐いた。

「あの子はまだ三歳だぞ。ようやく物心が付くという時期に自分の将来が、それも最悪な方向に決まっていると知ったら、どれだけ悲しむことか」

 もし自分が同じ境遇に立たされたらと考えると、思わず背筋を震わせる。

 きっと耐えきれないに違いない。

 そして何より、今持っている地位も名誉も、全てを取りこぼしてしまっている姿が容易に想像できてしまう。

「……考えようによっては、早期に判明したのは良かったのかもしれません。少なくともそちらの方面に才能があることは間違いないのです。早い時期から研鑽を積めば、やがてはレア様のような──」

「それでも!」

 慰めるような口調のゼーバスの口から放たれたのは、アーマイゼ帝国建国史にも記されている伝説的な人物の名前。

 この国に生まれ育ってその名前を知らぬ人はおらず、下手をすれば初代皇帝よりも有名な人物の名前だ。

 その華々しい英雄譚に心躍らせぬ子供などいないであろうし、憧れない子供もいないだろう。

 だがそれでも。

「それでも、【魔道士】では【騎士】には勝てんのだ……!」


   ◆


「う、っぷ。げぇっ……。おぇええええっ!!」

 唐突に襲ってきた吐き気を我慢できずに昼ごはんをリバース。

 次いであまりの頭痛に耐えきれずにその場にダウン。

 周囲の悲鳴と複数の人間が駆け寄ってくる足音を聞きながら、俺は「あれ? おかしいぞ?」と思った。

 俺は死んだ。

 間違いなく、あのコンビニの駐車場で死んだはずだ。

 腹部の痛みと薄れていく思考。

 今まで死んだ経験なんてなんてないけれど、あれが『死』なのだということは自信を持って断言出来る。

 そうなると、じゃあ何で今生きてこんなことを考えていられるんだっていう話になるわけだ。

「アルバート様! 大丈夫ですか!?」

 自分の服が汚れるのも構わず、誰かが俺を抱きかかえてくれる。

「……イェナ?」

「はい! イェナです! すぐに部屋にお運びしますからね! 誰か早く医者を呼んできて!」

 お姫様抱っこの形で俺を持ち上げたのは、うちの使用人であるイェナだ。

 年齢は確か十五。肩の上辺りで切り揃えられた茶髪とソバカスがトレードマークの元気っ娘。

 大勢いるメイドのうちの一人という立場だが、俺の専属という役目も兼任している。

(──って何で俺、そんなこと知ってるんだ?)

 こんな女の子の知り合いなんていた記憶はない


 ──いや、違う。彼女は俺が生まれた時からずと側に仕えてくれていた人だ。


 何で俺はこんな小さな子に軽々と抱え上げられている?


 ──それは俺が三歳になったばかりのもっと小さな子供だからだ。


(一体何がどうなってるんだ!?)

 日本での四十数年分の記憶と、『こっち』での三年間分の記憶が頭の中でぐるぐると回る。

(落ち着け。俺の名前はアルバート。アルバート=シュタインメッツだ。ついさっきコンビニに酒を買いに行って、昼ごはんにチキンを食べた。それから昼寝をしに部屋に戻る途中で、変な男に腹を刺されたんだ)

 記憶の断片がめちゃくちゃに混ざり合って、思考も定まらない。

 頭がめちゃくちゃ痛いし、気分も悪い。

(──あ、駄目だこれ)

「イェナ、ごめん。寝る」

「はい? アルバート様? アルバート様ぁ!?」

 イェナの悲鳴を聞きながら、俺の意識はこれまたあっさりと落ちていった。


   ◇


 次に目を覚ましたのはベッドの上。とても見覚えのある自室の中だった。

 あれからどれくらいの間寝ていたのは分からないけれど、もう気分は悪くはないし頭の痛みも引いている。

 そして。

(……何となく状況が掴めてきた)

 まず俺の名前はアルバート。

 アーマイゼ帝国に仕えるシュタインメッツっていう貴族の家の第四子で、三男だ。

 アーマイゼ帝国っていうのは世界の中でも三本の指に入る大きな国らしいけど、地図を見たことがないので実際の大きさや形は分からない。シュタインメッツ家がどの辺りにあるのかも分からない。

 なんせ俺、こっちじゃまだ三歳になったばかりだしな。あんまり難しい事はまだ教えてもらってないんだ。

 んで、ここまで思い返してはっきりと分かったことがある。

 どうやら俺は異世界転生ってやつをしたらしい。

 らしいっていうのは、俺の知っているパターンとはちょっと違う気がするからだ。

 転生前に神様に出会って云々なんてイベントはなかったはずだし、ついさっきまで俺は本当にこの世界で生きている只のアルバート=シュタインメッツっていう一個人だった。

 俺の主観からすれば、ついさっきいきなり『前世の記憶』が蘇った。もしくはインストールされたって言ったほうが正しいかもしれない。

 こんなことが起こった切っ掛けが何かは分からないけれど、四十数年分の記憶が三歳児の頭に一気に流れ込んだんだ。吐いてぶっ倒れただけで済んだのは運がよかったのだと思う。

「アルバート様! 目が覚めたんですね!」

 ベッドで横になったまま状況を整理していると、すぐ横から大声が響いた。

 どうやら俺をここまで運んでくれたイェナが、そのまま看病をしてくれていたみたいだ。流石に服は着替えていたけれど。

「イェナ、心配かけてごめんね。お陰でもう治ったから」

 今にも泣き出しそうな表情のイェナを安心させるために出来るだけ柔らかい笑みを浮かべ、ダメ押しとばかりに軽く体を動かして見せる。

 記憶が蘇った今となっては当然だけど、幸いなことに元々俺は権力を笠に着て威張り散らすようなボンボンじゃなかった。

 常日頃から温和で誰にでも優しく、前世の倫理観と照らし合わせてみても善人にカテゴライズされるレベルだ。お陰で使用人達からも慕われている。

 我ながらグッジョブと褒めたいくらいだ。

 お陰で俺のそんな対応にも違和感を覚えられることはなく、よかったよかったとイェナは我が事のように喜んでくれた。

(とは言え、これからどうしようか)

 前世の記憶が蘇ってしまった以上、これまでの自分──無邪気な貴族の御曹司のままではいられない。

 何の因果かは知らないけれど、せっかく二度目の人生を与えられたのだ。何一つ悔いのないように人生を謳歌したい。

(まずは何か目標を決めてみようか)

 幸い今の自分の年齢は三歳だ。加えて前世の記憶というとんでもないアドバンテージがある。

 こんなにワクワクするのは一体何年ぶりだろう。

 自分は一体何がしたいのか。何になりたいのか。

 自分に無限の可能性を感じられる気がして、俺の顔には自然と笑みが浮かんでいた。


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