プロローグ 【騎士】
「A級【天災】《レリクス》の移動を確認しました! 予定通り、北西に向かって進んでいます!」
「よし、時刻も正確だな。これより我々は《レリクス》を後方から追う形で進軍する! 奴の索敵範囲は直下から半径一キロメートル程度だと言われているが、念のために千五百は距離を取る。それ以上は絶対に近づかないよう気をつけろ」
「「「「はっ!」」」」
望遠鏡を覗き込んでいた部下からの報告を受け、作戦の開始を告げる。
私の号令と同時に部隊全員が武器を手に立ち上がり、慌ただしく隊列を組み始めた。
「……しかし本当にあの《レリクス》を利用するだなんて。最初に聞いたときは一体何の冗談かと思いましたよ」
「私もだよ。実際に目にしても未だに信じられん」
後ろに控えていた副官の言葉に同意しながら、雲ひとつない空に浮かぶ奴の姿をじっと見つめる。
【天災】。
読んで字の如く『天から降り落ちてきた災い』、或いは『神々の試練』と呼ばれる程に強大な力を持つ魔獣に付けられる呼称で、特にあの《レリクス》と名付けられた個体は帝国と王国の国境上にある湿原の上空に百年近くもの間君臨し続けている正真正銘の化け物だ。
過去には両国共幾度となく討伐隊を差し向けたらしいが、その全てが返り討ち。
否、そもそもまともに交戦することすら敵わなかった。
その理由はただ一つ。奴の居場所だ。
観測記録によれば奴は常に地上から約五千メートル以上の高さに浮かんでいるらしい。
そんな場所にいる敵を攻撃する手段などありはしない。
魔法も魔道具の効果も届かず、逆に奴が放つ光線は一方的に地上を蹂躙する。
奴が移動した先ではそんな悪夢のような光景が広がっていたらしいが、何故か奴は百年ほど前にこの湿原の上空に移動してから全く移動しなくなった。
それ以来両国は奴の監視は続けながらも湿原への立ち入りを禁止し、何人も手を出さないようにと通達している。
下手に刺激して自分の側の領土に飛んで来られたら困るからだ。
そして今。長年の沈黙を破り《レリクス》が憎っくきアーマイゼ帝国へと進路を向けて進んでいる。
「一体どんな手品を使ったのやら」
どうやら我が国の作戦部は私が思っていたより遥かに優秀だったらしい。
このまま帝国内部へと進んだ《レリクス》がどれだけ暴れてくれるのかと思うと、思わず顔もニヤけようというものだ。
「いいか、欲は出すなよ。私たちの任務はあくまで湿原地帯の確保だ。《レリクス》の後ろについていって、湿原の端まで国境線を押し上げるだけでいいんだ」
《レリクス》が昔話に聞くほどの脅威なら、混乱に乗じて帝国の奥深くまで切り込むことも可能かもしれない。
しかし侵攻した部隊は決して生きて帰れないだろう。
そんなことをすれば例え《レリクス》の対処に回す人員を削ってでも、帝国はこちらを殲滅せんとするに違いない。
湿原地帯の確保まで。
これが帝国が《レリクス》を優先し、我々ポルトミ王国の行動を黙認する最大のラインだと作戦部は読んでいた。
「隊長、あれを」
部下の指し示した方に顔を向けると、《レリクス》の進行方向から空に向かって様々な色の光が空に向かって昇っては、途中で威力が尽きて消えていく。
「帝国の魔道士部隊だ。……やはり優秀だな」
我々同様、帝国側にも湿原地帯を挟んで《レリクス》を監視している部隊は存在している。
有事の際の連絡と、可能な限り《レリクス》を足止めするのが彼らの役割だ。
「さっきの火球を見たか? 二キロくらいは飛んでたんじゃないか、あれ」
「平野でこちらに撃ち込まれたらと思うとゾッとするよな」
悔しいが認めなければならない。
我々王国が帝国に対する前線基地を構築するために【天災】を利用するというのは、それだけの奇策を用いなければならないほど圧倒的な戦力差が両国の間に存在しているからだ。
今もなお我々の目の前に広がる、空を駆ける魔法の数々。
たかが一地方の防衛部隊にこれだけの魔道士を動員できるというのが、帝国の国力を物語っている。
「あれだけでもポルトミ王国中の魔道士をかき集めてようやく対抗できるかどうか、といったところだな」
やはり作戦部の見立ては正しそうだ。
余計な色目を出さずに、湿原地帯の確保のみに全力を尽くそう。
そしてそんな帝国の力でも【天災】は、《レリクス》は止まらない。止められない。
あまりの高度のせいで肉眼では単なる点にしか見えない《レリクス》にまで、攻撃が届いていない。
その全てが途中で威力を減衰させ、何の効果も得られないままに大気中に溶けて消えていく。
「おお!」
誰が上げた声だろうか。
不意に《レリクス》から赤い光線が帝国側に向けて放たれ、地上から飛び出した何かにぶつかると拡散して消えた。
「何だ今のは!?」
「魔法で迎撃したのか?」
「いくら帝国の魔道士部隊といってもあれに反応できるはずが……」
「落ち着け!」
ざわめく部下たちを小声で怒鳴りつける。
動揺するのも無理はない。しかしここはもう敵地なのだ。
その証拠にたった今我々が目撃したものは。
「あれはおそらく【騎士】だ」
【騎士】。
【氣力】と呼ばれる理外の力を操る、異常なまでに身体能力の高い人間を指す言葉だ。
ほんの数十年前までは戦争の勝敗は魔道士の数によって決まると言われていたが、彼らの台頭によってその定説は容易く破られた。
とある戦にて、数多の魔獣を屠り敵陣を蹂躙してきた精鋭の魔道士部隊がたった一人の【騎士】によって壊滅させられたのだ。
【騎士】は魔道士に勝る。
それは最早常識であり、覆しようのない事実だ。
当然どの国も躍起になって自軍の【騎士】の数を増やそうとしているが、彼らの数は非常に少ない。
魔道士の才を持つものは千人に一人と言われているが、戦場で役に立つレベルとなるとその十分の一。
そして【騎士】という存在はそれに輪をかけて希少なのだ。
「あれが【騎士】……」
「我が国でも二人しかいないとされる……」
「初めて見た……」
《レリクス》が再び光を放ち、再度飛び上がった【騎士】がそれを防ぐ。
部下たちが感嘆の声をあげているが、状況は最悪だ。
【騎士】が出てきたとなると、より慎重になる必要がある。
今でこそ《レリクス》の対処に追われているが、万が一その矛先がこちらに向いたらと思うと気が気でない。
「総員、私語を慎め。作戦を続行する」
今だけは。今だけはあの化け物を──【天災】を応援しよう。
願わくば、そのままあの【騎士】と魔道士部隊を殲滅し、帝国に災禍を齎さんことを。




