17.噛めば噛むほど味が出る珍味のような
昼休みを終えて午後は体育の授業です。
体操着に着替えて体育館に向かいます。
「今日の体育何だっけ?」
「バレーボールじゃなかったかな」
午後の体育はお昼ご飯を食べ過ぎるとちょっと大変ですよね。
それはともかく。
私はバレーは特段得意ということもないので程々に頑張ります。
1クラス3チーム出来るので2クラス合同の今、4チームがプレイして残り2チームは休憩になります。
休憩中に何をするかと言えば雑談と、あとは扉の外に見えるグラウンドに居る男子のサッカー観戦。
「なんというか、男子って馬鹿よね~」
「?なにがですか?」
「見てよあの張り切り具合。私達に良いとこ見せようと張り切ってるのよ」
「あぁ、なるほど」
確かに大声出しながら、ちらちらとこちらを意識してるのが見て分かります。
別に体育で活躍したから格好いいとか、まぁ思う人も居るのかな。
「お、シュート。って止められてるし。うちの男子はサッカー下手なのかな」
「え、でも。どっちかというと優勢っぽく見えますよ?
ほらまたシュートしました」
「点取れなきゃ優勢でも意味無いじゃない」
こうして見ているとB組は守備が弱いのかボールを奪われるとそのままゴール付近まで持って行かれ、ほぼフリーでシュートしています。
なのに得点にならないのは偏にキーパーの人が鉄壁なんだと思います。
「って、あっ! 多分あのキーパーの人です」
「なにが?」
「ほら、先日階段から落ちそうになった時に助けてくれた人です」
遠くて顔までは分かりませんが、両手を上げてボールをキャッチした姿。
あれは階段から落ちる私をキャッチした時と同じです。
じっと確認してみれば、髪型や背格好も記憶の通りなので間違いありません。
「見つかったからには授業が終わったらすぐにお礼を言いに行きましょう」
「あ、ちょっと待って亜美。
まさかお礼を言ってハイ終了ってことはないでしょうね」
意気込む私をなぜかみやびさんが止めました。
何かいけなかったでしょうか。
善は急げですよね。
「そのつもりですけど?」
「だめだめ。言葉だけの礼なんて何の価値も無いの。
ま、下心で近付いてきた奴にはそれでいいけど、今回はそうじゃないでしょ?」
確かにあの時の彼は下心とは無縁でしたね。
むしろ恥ずかしがって逃げていった感じでしたし。
「じゃあどうすればいいの?」
「そうね。うーん。よし!
亜美、あなた料理得意よね。
ならお礼言ったついでに明日のお昼に誘いなさい。
お礼にお弁当をご馳走してあげれば喜ばない男子はいないわ」
「なるほど、それなら私でも出来ます」
「よし。なら決戦は授業終わってすぐ。男子が校内に戻って来て着替える前にアタックするわよ」
アタックって。いつの間にか私よりもみやびさんの方が気合入ってるのはなぜでしょう。
そして私達は授業終了と共に片付けを皆に任せて急ぎ体育館を飛び出しました。
というのも、私達の話を聞いてたクラスメイトが面白がって片付けを引き受けてくれたんです。
それで例の彼は……居ました。が、他の男子と話をしてますね。終わるまで待つべきでしょうか。
なんて思ってたらみやびさんから突撃のGOサインと共に背中を押されました。
「あ、あの」
「やあ風祭さん。俺に何か用かい?」
あれ?
私の声に反応して振り向いてくれたのは良いのですが、関係ない方の人が返事をしました。
「えと、誰?」
「えっ!?」
しまった。これは流石に失礼な発言だったと私でも分かります。
「俺、B組の前園なんだけど。ほら、サッカー部の」
私の言葉を聞いたその人は慌てて自己アピールを始めました。
ってそういうのはいらないんですけど。
「あ、すみません。あなたではなく、そちらの人に話があるんですけど」
「なっ!?」
すごすごと横に避ける……前園さん?
それはともかく、例の彼の前に立って。おぉ、すごい挙動不審になってます。
ともかく、お礼をしないと。
「あの、先日は助けて頂きありがとうございました」
「え、え?」
もしかして、私の事覚えてないのでしょうか。
しかしそれも仕方ないですね。前回会ったのは極短時間でしたし。
あ、でも何か思いついたように焦点があいました。
「あ、もしかして兵器大全の?」
「そうですそうです」
よかった、思い出してくれました。
これで話が進みます。が、どうなんでしょう。
覚えてると言っても朧気のようですし、急に誘ったら迷惑にならないでしょうか。
(行け!そこよ!女は度胸。当たって砕けるのよ!)
後ろから物凄いプレッシャーを感じます。
まぁ、言うだけはただ、ですね。
「それであの、良かったら明日のお昼ご一緒しませんか?
お、お弁当作ってきますので!」
「え、いや。いいよ。そんなにしてくれなくて」
(ですよね~)
見た感じ人見知りする方のようですし、急に知らない人からお昼誘われても迷惑ですよね。
なんて思ってたら、さっきの人……彼のお友達?のフォローもあり、無事にお昼の約束を取り付ける事が出来ました。
この後すぐにHRもありますし、まだ着替えも済んでないのですぐに分かれて更衣室へ。
「やったね亜美」
着替えてたらみやびさんが私の肩を叩きました。
もう満面の笑顔です。
「う~ん、ですがやっぱり迷惑だったんじゃないでしょうか」
「そんな事無いって。女子に、それも亜美みたいな可愛い子にお昼誘われて喜ばない男子は居ないから」
「そうでしょうか」
……って、あれ?
この感じ、つい最近も同じような事がありましたね。
そう、ベルンさんです。
立場とかやってることは違いますけど、こちらの都合で振り回してしまっているのは変わらない気がします。
さっきのあの人ももしかしたらベルンさんみたいに表面には出さないだけで内心不快に思ってたのかも。
「ってそうです。私あの人の名前とか全然知りません」
「そこは任せて!
クラスと顔が分かれば調べるのは簡単よ。
今日中には調べて後でチャットで伝えるわ」
「分かりました」
こういうところ、みやびさんは凄いですからお任せしてしまいましょう。
それより成り行きとは言え、明日のお昼はお弁当を作ってくることになりました。
普段からちょくちょく自分の分は作っているとはいえ、家族以外の、それも男の子に手料理を食べてもらうのは初めてです。
お礼なのですから間違っても不味いものは出せません。今夜は気合を入れないと!
「という訳でお母さん。お知恵を拝借したいです!」
「あらあら」
家に帰った私は早速お母さんに協力を求めました。
「あの亜美にボーイフレンドが出来るなんて。時が経つのは早いわねぇ」
「ボっ、ただのクラスメイト、でも無くて隣のクラスの人です。
先日お世話になったのでそのお礼にお弁当をご馳走することになったんです」
「まぁまぁ、青春よねぇ」
うーむ、いつもながらおっとり系のお母さんです。
これで怒った時はかなり怖いんですけどね。
ちなみにお父さんはバリバリのエリート商社マンです。
お母さんとは全然性格が違うんですけど、バランスが取れていると言えば良いのか、夫婦仲は円満です。
「それでその、男の子が喜ぶお弁当ってどんなのでしょう」
「そうね。普通で良いと思うわよ」
「普通?」
「例えばそうね。もし仮に『らぶらぶ愛情弁当』を作って持って行ったらどう思われるかしら。
こう桜でんぶでハートマークとか書いたりして」
「絶対に引かれますね」
「そうよね。じゃあ、5段重ねの重箱弁当ならどう?」
「頭おかしい人です」
「うん、そういうこと」
なるほど。極端ですが分かりやすい例えです。
あくまで今回は先日のお礼ですし、私と彼はほとんど面識もない状態。
そこへ気合の入り過ぎたものを持って行けば逆に迷惑になります。
だから普通。
「あとはそうね。
男の子の方が沢山食べるからお弁当箱は大きめのサイズを使って、お肉系のおかずを多めにしておけば大丈夫よ」
「なるほど、さすがお母さんです」
「それと重要なのが卵焼き!」
「卵焼き?」
確かにお弁当の定番ですが、卵焼きって別に主役を張る程のメニューでも無いですよね?
「いい? 卵焼きは奥が深いのよ。
スクランブルエッグにするか、だし巻きにするか、甘さは控えめの方が良いのか。
ご家庭ごとに味付けも異なるし言わば『おふくろの味』なの。
それが合う合わないで今後の関係が決まると言っても過言ではないわ」
「わ、わかりました」
そういえば我が家はふっくらする程度の甘さ控えめですが、みやびさんは激アマな卵焼き派でしたね。
目玉焼きには『塩派閥』『醤油派閥』『ソース派閥』があってどれが至高か議論が白熱してると聞きますし人によっては重要な問題なのでしょう。
だけどこのお母さんの熱弁はちょっと危険です。
「お父さんも学生の頃にね。
『これからも君の卵焼きを食べさせてくれないか』なんて、まるでプロポーズみたいな事を言ってきたのよ。
あの時のお父さん、顔真っ赤でね。ほんっとかわいかったわ~」
あ、始まってしまいました。
もううちの両親は何かある度に惚気だすんですから困ったものです。
ともかくお弁当の方向性は決まりました。
後は今夜のうちにしっかり仕込みを終わらせて、明日は早起きです。
となるとエバテはお休みですね。
イベント中ですが、本番は明日ですし問題は無いでしょう。
一通り予定を済ませて部屋に戻ればスマホに通知がありました。
どうやらみやびさんからのようです。
『第1回調査報告書』
そんな文面から始まりましたが、いやいや。みやびさんはどこぞのエージェントでしょうか。
ともかく先を読み進めます。
『氏名:隔離 恭弥。17歳。
2年B組に在籍。
性格は温厚で物静か。基本的に教室では一人で居る事が多く、時々サッカー部の前園が話しかけているシーンが目撃されている。
成績は中の上。運動神経も悪くないが、一部突出しているとのうわさ有り。
1年生の時に行われた親睦会(強制参加で街に遊びに行くイベント)では特に誰とも話さず皆の後ろを歩いていたという複数の目撃情報あり。
またこの時立ち寄ったゲーセンでFPSゲーム【リビングでDEAD3】でノーミスノーダメージ最短最高得点記録を樹立し、今もその記録は破られていない』
って、本当に探偵みたいな詳細な報告書でした!
みやびさん、恐るべし。
ただその、名前が分かったのは嬉しいのですが、それ以外の情報を知って私にどうしろというのでしょうか。
『最後に、エバーテイルオンラインを1期生としてプレイしているという情報あり。
ただしプレイヤー名などは不明』
(!!)
まさかこんなところに同じゲームをしている人が居るとは驚きました。
明日会った時にそれとなく話題に出してみましょうか。
やっぱり共通の話題があると盛り上がりますからね!
そうして翌朝。
無事にお弁当作成ミッションを達成した私はいつもよりも大きいお弁当袋を持って登校しました。
「亜美、おはよう」
「おはようございます。みやびさん」
「よしよし、ちゃんとお弁当用意してきたね。
向こうの彼とはお昼休みは中庭で合流って連絡してあるから」
あ、そうでした。
お弁当の事ばかり考えて、どこで食べるかとか全然考えてませんでした。
彼の教室に呼びに行くって言うのもどこか恥ずかしいですし助かりました。
そして昼休みになり、チャイムと同時に私はお弁当を持って中庭へ向かいました。
待たせるのも良くないですし、先に行って待ってようかなと思ったのですが、彼は既に中庭のベンチで待機してました。
(ぷっ)
笑っちゃいけないと思うのですが、遠目で見てもまるで彫像のように固まっているのが分かります。
って、こんなところで見てないで早く行かないと。
「こんにちは」
「あ、は、はい」
私が声を掛けると視線がキョロキョロして、緊張してるのが伝わってきます。
まずは自己紹介しつつ、ゆっくり話をして緊張を解していくのが良さそうですね。
私は彼の名前を既に知っていますが、彼は私の事知らないでしょうし。
そうして少し落ち着いてきたところで、持って来たお弁当を渡します。
うーん、今度はこっちが緊張する番ですね。
「隔離くんの口に合えばいいんだけど」
「えと、いただき、ます。……わっ」
驚きの声を上げるその表情を見るに、少なくとも嫌がってはいなさそうで一安心です。
そして一目見て冷凍食品じゃないことを見破るとは中々の料理経験をお持ちのようです。
つまり味への評価も辛口ってことですか。
彼の箸が卵焼きへと伸びて一口パクり。もぐもぐ。
「この卵焼き、優しい味付けで好きかも」
ほっ。よかった~~~。
どうやらお口に合ったようです。
それに最初の緊張もだいぶ薄れてきたようで話し方も流暢になってきました。
そして話題は先日私が持っていた本からエバテへと移りました。
やっぱり好きな事の話題は話しやすいのか隔離くんも饒舌になってます。
……そういえばみやびさんの報告書で彼は1期生だそうですけど、それならベルンさんとのことを相談してみても良いかもしれません。
いやでもほぼ初対面みたいなものですし、急に相談なんかされても迷惑でしょうか。
葛藤する私の背中をやさしく押すように彼の眼差しが話を促してくれました。
「あったばかりの隔離くんに言うのもどうかと思うんですが」
「うん」
「実はエバテを始めてからすぐにお世話になっていた人が居るんです。
その人はすごく強くて、トッププレイヤーの一人なんじゃないかってくらいなんですけど、とあることから私からかなり強引に誘って一緒にパーティーを組むことになったんです。
私は2期生ですからレベルも低いですし行ける所も限られています。
でもその人からしたら、ずっと昔にクリアした場所に連れ回されてる状態だったと思います。
その人は嫌な顔一つせずに私のフォローばかりをしてくれたんですけど、思い返してみたら私の勝手な都合で、その人にずっとつまらない思いをさせてたんだろうなって思うんです」
「なるほどね」
ひとつ頷いた彼は、少しだけ考えて、あっけらかんと答えました。
「結論から言うと、風祭さんの取り越し苦労だよ」
「そうでしょうか」
「うん、間違いなく」
さっきのビクビクしていた彼とはまるで別人のように力強い言葉とその視線。
根拠も何も聞いてないのに信じて良いのかもしれないと思ってしまいました。
「その人はその人の意思で風祭さんと一緒に居るんだよ」
そういう彼の眼差しは力強さの中に確かな優しさがあって、まるでお父さんみたいだな、なんて思ってしまいました。
同級生でさっきまでオドオドしていた彼と、お父さんみたいに自信に満ちた彼。
そのギャップがおかしくてついつい笑ってしまいました。
ほんと、不思議な人です。
「もし良かったら今後も相談に乗ってもらっても良いですか?」
「うん、まあ僕で良ければいつでも」
「ありがとう」
私のお願いも嫌な顔一つせずに頷いてくれる。
別に私のお願いなんて聞いても彼には何のメリットなんてないのに。
どことなくベルンさんとも言動が似てる気がします。
「あの。エバテで今、イベントやってるの知ってますか?」
「うん、もちろん」
「じゃあ……」
だからつい声を掛けてしまったんです。




