16.自分の事も分からないけど乙女心はもっと分かりません
学校の授業は色々あるけれど、その中でも将来役に立たない授業は何かと聞かれたら、僕はこう答えるだろう。
「体育の球技です」
考えても見て欲しい。
同じ体育でも陸上や水泳、武道であれば日常生活で走ったり泳いだり、危険に巻き込まれた時に対処したりと役に立つこともあるだろう。
しかしサッカーやバスケットなどの球技はどうか。
チームプレーや空間認識能力を高める事が出来ると言えばそうなのかもしれないけど、部活で大会優勝を目指す訳でも無ければ、間違いなくその道のプロ選手になることもない。
とすると将来あっても遊びで汗を流すかな、くらいのものだ。
「ボール行ったぞ~」
「おお~~」
なんて事を暇だったので考えていたら、ボールが近づいてきたようだ。
今は5,6時間目でA組との合同体育で試合形式でサッカーをやっているところだ。
僕のポジションはキーパー。
なのでこっちが攻めている間は暇だったんだけど、ずっとぼぉっとしてる訳にはいかないらしい。
「隔離、頼むぞ!」
「ふむ」
ディフェンスが抜かれて敵アタッカーと僕のタイマン勝負に持ち込まれた。
「くらえっ!」
気合も十分に振り抜かれたシュートは、しかし僕の手で止められていた。
まぁ運動は得意な方ではないけどこれくらいは誰でも出来る。
FPSで銃弾を避けるのに比べたら楽な作業だし。
「ナイスキャッチ、隔離。
こっちだこっち!」
「はいはい」
サッカー部所属の男子、前園が元気よく声を掛けて来る。
キャッチしたボールはをそいつ目掛けてロングパス。
センターラインは超えて行ったので、敵に奪われたとしても少しは時間稼ぎができるだろう。
それにしても。
フォワードを中心にみんなテンションが高い。
それもそのはず、男子はサッカーだけど女子は体育館でバレーボールだ。
グラウンドと体育館は併設されていて、解放された体育館の扉から女子たちがこっちの様子を見ているのだ。
つまり女子に良いとこ見せたい男子どもの見栄って奴だな。
僕には関係ないけど。
結局、試合結果は2-0で僕らB組の勝利。
負けるよりは勝った方が気分が良いしキーバーは終始走らずに済むので楽だ。
そうして着替えのために更衣室に向かう途中、後ろから前園が僕に絡んできた。
「やあ今日もナイスプレーだったな、隔離」
「あ、うん。おつかれ」
「それでさ。例の件、考えてくれたか?」
「いや、やっぱりお断りするよ」
何をと言えば、実は以前から前園にはサッカー部に入ってくれないかと誘いを受けているんだ。
なぜか彼はしつこく僕を勧誘し続け、その度に僕は断り続けている。
お陰でクラスの中でも唯一と言って良い程、僕が気楽に会話が出来る相手でもある。
「そうつれない事言うなよ。お前が入ってくれれば県大会優勝も夢じゃないんだって」
「めざせ両国国技館?」
「そうそう、どすこーいってそれは相撲だろっ。
じゃなくて。なぁ頼むよ。お前のキーパーとしての腕前はプロ級だ。
今日だって7本もシュート止めてたじゃないか」
「あれは所詮学生レベルのシュートだし」
「いや今日の相手、うちのエースなんだけd」
「あ、あの!」
「「ん?」」
懲りずに絡んでくる前園の相手をしていたら突然、女子から声を掛けられた。
声の方を向けば、どこかで見覚えのあるような、そうでもないような子が立っていた。
少なくともうちのクラスの女子じゃないはず。
僕は横を見て「前園の客?」と目で訊ねてみたところ、前園は彼女に心当たりがあるようでぱっと僕から腕を離し、にこやかに彼女に挨拶した。
「やあ風祭さん。俺に何か用かい?」
前園はサッカー部所属で運動が出来て顔立ちも整った陽キャだ。
きっと日頃から女子にモテているので、こういう風に声を掛けられるのも日常茶飯事なのだろう。
「あ、すみません。あなたではなく、そちらの人に話があるんですけど」
「なっ!?」
「え?」
あっさりと袖にされて固まる前園。
だけど固まるのは僕もだ。
陰キャぼっちの僕に女子から声を掛けられるなんてイベントが発生するとか、実はさっきの体育で頭にボールを受けて夢の中だったりしないか?
僕のそんなアホな妄想を無視してその女子は僕の顔をじっと見ると頭を下げた。
「あの、先日は助けて頂きありがとうございました」
「え、え?」
そんなことを急に言われても僕に心当たりはないけど。
と思ったところで改めて彼女の顔を見ると記憶の片隅に引っ掛かるものがあった。
「あ、もしかして兵器大全の?」
「そうですそうです」
思い出した。
そういえば何日か前に階段から落ちてきた女子がいたっけ。
兵器大全なんて珍しい本を読んでたお陰で何とか覚えてた。
あの時は確か、急に知らない女子が至近距離にいて、慌てて逃げたんだ。
それであの時はお礼を言う暇も無かったから、今改めて言いに来てくれたと。
凄い律儀な子だ。
「それであの、良かったら明日のお昼ご一緒しませんか?
お、お弁当作ってきますので!」
「え、いや。いいよ。そんなにしてくれなくて」
「ばっかおま。相手はあの風祭さんだぞ!
よく分かんねぇけど、こんなチャンス滅多にないんだから受けとけって!
ごめんね風祭さん。こいつ体育後で頭回ってないみたいで。
明日の昼は必ず君の所に送り届けるから」
「は、はぁ」
僕が断ろうとしたら何故か前園が首に腕を回してきて勝手に返事をしてしまった。
女子と2人でご飯とか、僕にどうしろと言うんだ?!
ともかくその場はもうすぐ帰りのHRも始まるし着替えないといけないので解散した。
明日になったらあれはドッキリでした~なんてならないかな。
放課後、エバテにログインした僕は改めてリアミンさんに連絡を取ろうと思ってたんだけど、リアミンさんはログインして来なかった。
ゲーマーじゃなければ当然ログインしない日もあるよね。
にしても僕は間が悪いなぁ
仕方ないので昨日から始まったイベントの様子を眺めてみたところ、僕の出る幕は無さそうだ。
1期生だけじゃなく、2期生の人達もパーティーを組んでモンスターを討伐している。
僕もリアミンさんと一緒に回れたら楽しいだろうな~なんて思うけど……あれ?
(そっか。なんだかんだで僕、リアミンさんと一緒にプレイ出来るの楽しみにしてたんだ)
これまではずっと1人でプレイしててそれで十分楽しいと思ってたし、他人の機嫌を確認しながらプレイするのは窮屈だろうなと思ってたけど、違ったんだ。
思い返してみればリアミンさんと一緒にプレイしてた時間はすごく楽しかった。
最初は僕の人見知りもあって上手く話せないし、すぐに嫌われるだろうなと思ってたけど、そんなことも無かったし。
僕が振り回しても嫌な顔せずに付き合ってくれたし。
阿吽の呼吸というか、テンポよくプレイ出来て気持ち良かった。
もし謝って許して貰えたら、毎日でなくても良いから今後も一緒に遊んでもらえるようにお願いしてみよう。
「とすると、元々許して貰えたら万々歳と考えてただけなのでハードルが上がった?!」
それに気づいた僕は改めて明日からの計画を練るのだった。
そして翌朝。
ガラガラッ
「「!!?!?!」」
「えっなに?」
教室に入った瞬間に集まる好奇と殺意の視線。
僕は一体何かしたかな?
「ようおはよう隔離」
「おはよう、前園。これは一体……」
「いやな。昨日の体育の帰りにA組の風祭さんと話してたの、見られてたらしくて」
「あぁ」
そりゃあ確かに普通に廊下の真ん中で話してたし、6時間目の終わりのチャイムが鳴った直後だったし周囲にクラスメイトも居れば他のクラスの奴らも見ててもおかしくない。
また最近は友達同士でグループチャットで会話なんて当然のようにやっているのであっという間に全員に情報が行きわたったようだ。
「やっぱり女子からお昼誘われるのって注目の的?」
「だな。しかも誘われた男子が普段目立たないお前だから」
「何か弱みでも握ったんじゃないかと思われてる訳か」
「そこまで行かなくても興味津々ってことだな」
言われてみれば、普段一切目立った所のない、成績も普通なら見た目も普通のクラスメイトで、何なら自分の方が上だと思っていたのに、突然激レアイベントを引き当てたとなったら何が起きたんだと気になって仕方ないか。
「しかも声掛けてきたのがあの風祭さんだからな」
「え、彼女そんなに有名人なの?」
「まあな。学年で5本の指に入ると評判の美少女だ」
言われて、思い返せば確かに綺麗な顔立ちしてたかも。
昨日の感じからして性格は間違いなく良いだろうし、男子からの人気が高いのは分かった。
「律儀な人っぽかったし、先日助けたお礼がしたいだけで、それ以上どうこうはないだろうな」
「そうかぁ?」
「そうそう。だって僕だよ?
自分で言うのもあれだけど特にイケメンじゃないし持てる要素はないでしょ」
「いや男は顔じゃねえだろ」
「実際の所、顔と経済力らしいよ?」
本屋に行けば『顔が9割』なんて本が売られているくらいだし。
だからま、ありもしない期待はしない。
うん。
(ってそれとは別に、やっぱり緊張する~)
「えっと、急にお昼に誘って迷惑じゃなかったですか?」
「う、ううん。だい、じょうぶ、です」
昼休み。
中庭のベンチに並んで座ってる僕と風祭さん。
僕と彼女の距離は30センチもない。
当然僕はずっと挙動不審だ。
彼女もそれが分かっているだろうと思うと余計に緊張する。
そんな僕の緊張をほぐそうと彼女は明るい声を上げた。
「あ、そうそう。
まだ自己紹介もしてなかったですよね。
私はA組の風祭 亜美です」
「び、B組の隔離、恭弥、です」
「隔離くんって言うんですね。
改めて先日はありがとうございました」
「う、うん」
「それではい、これがお礼のお弁当です。
隔離くんの口に合えばいいんだけど」
「えと、いただき、ます。……わっ」
緑色の包みに入ったお弁当箱を受け取って蓋を開けてみれば、もうこれ見ただけで美味しいのが分かる。
レタスにプチトマト、ミニハンバーグに鳥の唐揚げ、卵焼きとオーソドックスと言えば聞こえは悪いけど、基本に忠実で何よりこれ。
「冷凍食品じゃ、ない?」
「はい。普段は冷凍食品も使うんですけど、今回はお礼ですし手作りの方が良いかなと思いまして」
「そんな気を使わなくて良いのに。ハンバーグはともかく唐揚げは油ものだし」
「あ、唐揚げは昨日の夕飯の残りです。
……もしかして隔離くん。普段から料理してます?」
「うちは両親共働きだから。
買い出しと夕飯と風呂の準備は僕の仕事」
「そうなんですね」
「この卵焼き、優しい味付けで好きかも」
だし巻き卵も嫌いじゃないけど、やっぱり一番は薄っすら甘みを付けたこれくらいのが好きだ。
そう言うと風祭さんは嬉しそうに笑った。
「でもよかったです」
「え、なにが?」
「隔離くんと普通に話が出来て」
「あっ」
お弁当の出来栄えに驚いて緊張してるの忘れてた。
お陰で距離感というか、話のペースは掴めた気がする。
「ごめんね。緊張するとその、上手く喋れなくて。
他にも喋り出そうとしたら声出なかったりとかあるし聞きづらいかも」
「いえ大丈夫です。時間はありますからゆっくりお話しましょう」
「うん、ありがとう」
こうして話をしていると改めて風祭さんは気遣いが出来る子なんだなって思う。
「そういえば、風祭さんはどうして『兵器大全』を呼んでたの?」
「あ、あれはその、今やってるゲームで参考になるかなって思いまして」
「風祭さんもゲームするんだ。なんてゲームか聞いても良い?」
「エバーテイルオンライン、です」
「おぉ!エバテかぁ。それなら僕もやってるよ」
「そうなんですね!」
まさかこんなところに同じゲームをプレイしてる人が居るとは。
これで僕を含めて3人か。
まだまだプレイ人数に制限掛けてるから日本全国で考えれば1つの学校で3人って凄い確率だな。
「あ」
「ん?」
どうしたんだろう。
急にテンションが下がってしまったんだけど。
もしかしてまた僕は知らぬ間に地雷を踏み抜いたのか?
話のタイミング的にエバテに関すること、だよね?
だとしたら僕がどうこうと言うよりも、プレイ中になにかあって、それを思い出したとかかな。
「えっと、何か悩み事? 僕で良かったら相談に乗るけど」
「ありがとうございます。えっと……」
この様子なら当たりみたいだ。
僕は急がせず風祭さんの次の言葉をゆっくり止まった。
「あったばかりの隔離くんに言うのもどうかと思うんですが」
「うん」
風祭さんの悩みというのはつまり、先日まで一緒にプレイしてた知り合いに、依存して迷惑を掛けてしまっていたんじゃないかって事だった。
風祭さんは2期生で、その一緒にプレイしてた人は1期生なので戦力的には1期生の方が上なのは当たり前だ。
だから一緒に狩りに出かけたのなら1期生が風祭さんのフォローに徹するのも当たり前だろう。
「結論から言うと、風祭さんの取り越し苦労だよ」
「そうでしょうか」
「うん、間違いなく」
こういう相手が不安に思ってる時は、こっちはハッタリでも良いから自信をもって答えてあげると良いって先日読んだ記事に書いてあった。
事実はどうあれ今の風祭さんは肯定して後押ししてくれる言葉を求めているはずだ。
「僕はその人じゃないから具体的な理由までは分からないけどさ。
ただ確かなのはその人はその人の意思で風祭さんと一緒に居るんだよ。
僕も1期生だし、先日まで2期生の人と一緒にプレイしてたけど、すごく楽しかったし、迷惑だなんて微塵も感じなかったよ」
「それは隔離くんが良い人だからじゃないですか?」
「ならその1期生の人も良い人なんだよ」
僕の言葉を聞いた風祭さんは、さっきまでの明るさを取り戻した表情をしていた。
かと思ったら何故かくすくす笑い出した。
「えっと、あれ。なにか笑うところあった?」
「ふふっ。ごめんなさい。
ただその、隔離くんっておかしな人だなって思って」
「えぇ~~」
頑張ってフォローしたのにこの仕打ちとは。
やっぱり乙女心は難しい。




